3
「……」
「で? アンタは何をしに来たの? 冷やかし? 私が本当は生きてるってSNSで晒す? 別にいいけど」
澪さんは美しく、クスクスと笑う。ああ、綺麗だ。震え上がっちゃう。えっと、えっと。何か言わなきゃ。えっと。
「……好きです!」
「…………は?」
「えっと、好きです! 大好きです! 貴方の描くもの全てが好きです! ほんとこの世に存在してくれてありがとうっていうか、貴方を生んだご両親にも後光が差しているに違いないっていうか、あっ、この前の漫画も本当にすっごく良くて、主人公とヒロインとの関係がエモエモというか、ヒロインもただ守られるんじゃなくて、主人公のことを叱ってそうやって励まして、支え支えられの関係が最高って感じで……! あっ! あと! この前の誕生日一枚絵も本当に良かったです秒速保存しました印刷して額縁に飾ってあります! 後は……」
「ちょっ、ちょっと、ちょっと止まりなさい!」
「はい止まります!」
澪さんの言葉に、私はすぐさま反応して背筋を伸ばし、口をつぐむ。澪さんは、少しだけ慌てているようだった。あ、ちょっと可愛いかも……。
「アンタ……何て言うか、本当、気持ち悪いわね……」
「はい! キモいです! 自覚あります!」
「堂々と言わないでよ」
澪さんは頬を仄かに赤く染め、クスクスと笑っていた。そんな表情も可愛くて、私の胸は、きゅう、と小さく音を立てるようだった。
何て言うんだろう、こう、慌てた姿を見れるのもいいなー、って……やっぱり私変態だねごめんなさい知ってましたぁ!!
「わ、私、ほんとに、西ヶ崎麗子さんの、貴方のイラストが、漫画が、大好きな、ただのキモオタです!」
「……」
「ぶっちゃけ毎日一枚漫画の続き見せてくれないかなぁって思って来ました」
「本当にぶっちゃけるわね」
ばっかみたい。澪さんはそう呟き、ため息をついて、長い髪を優雅に後ろに払う。そこにもう先程までのあどけない少女のような笑顔はない。でも、雰囲気は柔らかかった。
澪さんは身を翻し、家の方まで戻っていく。もう話は終わった、ってことなんだろう。
「……何してるの」
「え?」
立ち止まってボーッとしていた私に、澪さんは小さく笑いながら言った。
「見るんでしょ? 漫画の続き」
「……!!」
私の表情が燦々と輝くのが自分でもわかる。読める……読めるというの!? あの神作を!? その続きを!? 私だけが!?
……私だけでいいのかな!?
「私は前世でどんな善行を積んだのかな……神だったのかな私は……」
「……キッモ」
澪さんがドン引きしたような視線を私に向ける。うーん、そんな表情も眼福!! そして私はキモい!!
前を歩く澪さんに、私は駆け寄る。そして恐れ多いけど、横に並んで、歩いて。
「あの投稿って、お兄さんがしたんですか?」
「まさか。あのバカ兄にそんな器用な嘘つけるわけないでしょ。自分でやったのよ」
「へぇ〜……」
「……アンタ今、何考えてる?」
「ひぇっ。……その、やっぱり、私だけ漫画の続きを見るというのは、あの、恐れ多くて……せめて漫画だけでも、何とか皆さんに見せてあげられませんか? なんか、西ヶ崎麗子のデータに描き上がった漫画があったから、予定通り公開していきます〜、的な……。皆さん、あの漫画を楽しみにしていましたから……」
「…………」
「アッ、すみませんですよね私みたいなキモオタが何を言ったところで……!」
「……いいけど」
「……え?」
「まあ、確かにアンタだけに見せるのは私の漫画が可哀想」
「うぐっ」
「……仕方ないから、その案に乗ってあげる」
「……はい」
「まあとりあえず、早く戻るわよ。寒い」
「あっ、私の上着をお貸しします!」
「いらない。何か付いてそうで怖い」
「何かって何ですか!? 私のこと何だと思ってるんですか!?」
「粘着ネットストーカー」
「返す言葉もございません……」
「……まあ」
「……?」
「………………ありがとね」
「……え? 今何て言いました?」
「キモい、って言っただけよ。ほら、もっと早く歩きなさい」
「は、はいぃ……っ」
──
西ヶ崎麗子が憎かった。
その名だけが独り歩きし、勝手に崇められ、称えられ、そして吊るされ、叩かれる。その事実に疲弊していた。擁護派も擁護派だ。皆が"西ヶ崎麗子"に夢中。誰も知らない。
高峰澪のことなんて、知らない。
それがどうしようもなく、虚しくて。
だから私は、西ヶ崎麗子を殺した。
西ヶ崎麗子が、醜くて、憎らしくて。……羨ましかったから。
でも。
「……好きです!」
あんな真っ直ぐな目で、私を、見てくれる人がいるなんて。
私を。
高峰澪を。
雲雀瑠璃子。私を神格化してるらしいけど、それでも、あの子は私を見ていた。なんか、何故か、そう思って。
少しだけ、救われてしまった。
粘着ネットストーカー。キモくて、ウザい。警察に突き出せば、たぶん私は余裕で勝てるけど。
……まあ私の絵の良さがわかることに、免じてやろうかな、なんて。
こんなこと、絶対直接は言ってやらないけど。
「あっ、漫画見せる前にちょっと一回体を清めたいんですけど……! シャワーを借りる……は烏滸がましいので、さっきの海に戻って飛び込んできていいですか!?」
「……やっぱアンタ、キモいわ」
【終】
好きな漫画家が死んだらしい 秋野凛花 @rin_kariN2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます