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インターホン越しに話すのも何だから、と、彼は私を家に上げてくれた。何だかいい香りのする家。清潔感に溢れ、おしゃれな家。ああ、私今、西ヶ崎麗子の住む家に居るんだ……!
「はぁ、はぁっ……」
「? どうされました?」
「いえ、持病の息切れです」
私を待ち受けていたイケメンお兄さん(松葉杖で歩いてる)に、私は適当にそう返す。彼は私の発言に頷いて、特にそれ以上言うことなく、ただキッチンに向かった。そして、高そうなカップに紅茶を入れて、松葉杖と共に少し危なっかしい足取りで、私に持ってきてくれる。
「あ、いえ、お構いなく……!」
「これね、麗子が好きな紅茶なんだ」
「有り難くいただきます」
前言撤回。西ヶ崎麗子を構成するものの一つなら飲むしかない。
一気に紅茶を飲み干す私の様子を見て、そんなに喉が乾いていたんだね、と彼はケラケラ笑った。違うんです。ただのキモいファンなんです。すみません。
「それで君は、み……じゃなくて、麗子の、ファンの子?」
「あっ、はいっ! あの……西ヶ崎麗子さんが亡くなったと聞いて、居ても立っても居られず……」
「ああ」
彼はニコリと笑う。なんて綺麗な笑みなのだろう。二次元からそのまま飛び出してきたってくらいの美貌だ。はぅ……目が眩んじゃう……って、違う違う。この人の妹は、亡くなったばかりで。この笑顔は、その悲しみを隠して……!
「ちょっと待っててね」
「……?」
涙ぐむ私をよそに、彼は松葉杖で近くの階段へ向かう。そして、よいしょ、よいしょ、なんて掛け声を出しながら、ゆっくり昇っていった。何だろう、と思いながら私は近くに置いてあったティッシュを拝借する。あ、これ高級なやつだ。すごい! 鼻かんでも全然痛くない! もう一枚、もう一枚!
「お待たせしました〜……あれ、そんなにティッシュ使って……どうしたの?」
「いえ、持病の鼻炎です」
大変だね、と彼が私を心配するように眉をひそめる。イケメンで人を気遣えて……良い人だ……。
そこで私は気がついた。彼の後ろに、一人の女の子が立っていることに。
私の視線に気づき、私にその女の子の全身が見えるよう、彼が少し横にそれた。そして。
「紹介するよ。妹の、西ヶ崎麗子」
「……は? 突然呼んで何かと思えば……何バラしてんのよ、バカ兄」
「…………………………」
彼の言葉を、私の頭は受け付けなかった。
ERROR! ERROR! 情報過多です! 今すぐデバイスを冷まし、再起動してください!
フラァ、と私の体が傾き、そしてそのまま、私は気絶した。
──
「大丈夫?」
「はいっ、もう平気です! ご心配をおかけしました!」
やけに柔らかくフカフカなベッドの上で目を覚ました私は、天使のようなスマイルとともに、彼にそう尋ねられた。そんなの、YES以外に答えることがあるだろうか、いや、ない (反語)。
「大丈夫? ほんとに?」
「ほぁっ!? だっ、だだだだ大丈夫ですっ!!」
「え、何その反応、キモ」
「こら、そんな言葉使わないの」
「はわわわわわ……神がこの世に存在してる……!」
「うっわ喜んでやがるコイツ」
キッモ、と、彼女は……西ヶ崎麗子は、私に蔑みの瞳を向けてきた。
しかししばらくして、私の頭上に「?」が浮かび始めていた。だって、西ヶ崎麗子は死んだ。SNSでそう言ってた。だから私はここまで来たわけだし。
でも目の前にいる彼女は、西ヶ崎麗子らしくて。
どちらも発言者は、彼……西ヶ崎麗子の兄だ。
どういうことです? と聞いたら、私は西ヶ崎麗子に外に連れ出された。ごゆっくり〜、というのんびりとした彼の声に見送られて。ゆっくり……なんて、神とそんな長時間同じ空気吸ってたら供給過多で死ぬんですが!?
辿り着いたのは、彼女の家の近くの海岸。彼女は靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、押し寄せては引く海水を足で掬い投げながら歩いていく。その背中は小さく、脚は細く、綺麗な体のラインで……ああああ鼻血が出そう……さっきの高級ティッシュ持ってくるんだった……!!
「私は
「ほぇっ!?」
「アンタは?」
突然推し絵師から名前を聞かれた私はどうすればいいのか。彼女の耳を私の名前なぞで汚していいものか……! いやしかし、聞かれてる以上答えないと。
「ひ、
「ふぅん」
聞いた割に、西ヶ崎麗子……いや、澪さんは、興味が無さそうに視線を前に戻した。当たり前だ。こんな神が私に興味なんて抱くわけがない。知ってた。でも後ろ姿は堪能させてハスハス。
「瑠璃子」
「ひゃい!?」
「……。どうやってここまで来たの」
「ど、どう? 電車に乗って……」
「そうじゃなくて。どうやって家を割り出したのか、って話」
突然名前を呼ばれるだなんて、私は前世でどんな徳を積んだのか。そうは思いつつ、私は澪さんの質問に答えていく。
「え、ええ……SNSの投稿から……」
「……ストーカーじゃん。キッモ」
「ですよねキモいですよねすみません!」
私は勢い良く頭を下げる。澪さんから返事は無かった。知ってた。
「……私ね、絵を描くことに飽きたの」
「……え」
「っていうか正確に言うと、こうやってSNSに載せて、そりゃ褒めてくれる人めっちゃいるけど、叩いてくるやつもいるし、あー、なんか、めんどいな、って思って。だからすっぱりやめることにしたの。後悔はないわよ。絵は趣味として続けていくつもり」
だから、と言って、澪さんは振り返る。そして、私を見つめる。
「西ヶ崎麗子は死んだ」
神絵師、西ヶ崎麗子は、死んだ。
「私が殺した」
もう、その絵は誰かに見せられることは無いから。
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