第38話 未完の恋
早川の家に自転車で向かいながら、須美子は考えていた。前かごにはお土産にと買った有名店のお菓子が入っている。なのでなるべく揺らさないように、ゆっくりとしたペースで走っている。
(私と早川君、思い出が重なることを確認しただけで、どちらかも告白していないんだもの。私は早川君が好きだし、早川君も私が好きなんだと思うけど……はっきりとした言葉で聞きたいよね)
もうひと品、前かごのスペースを占めているのは、あの突然の雷雨の日に借りた服だ。もちろんクリーニングに出して、きれいにして返すところだ。
なお、須美子が服を借りたいきさつを話したら、須美子の母は大笑いをしたあと、恥ずかしくないだけのご挨拶とお返しをしなさいよと言ってきた。
(こういうときって、お母さんが一緒に来て、申し訳ございませんて言い添えてくれると思ってた)
だから直接、母に言ってみたのだが、返ってきた答にまたびっくりした。母が言うには、我が娘が服を借りたと知ってすぐに先方へ電話を入れ、一応話はついているらしい。あとはあなた次第よというわけだ。
「はあ。どきどきしてきた」
早川家の入るマンションのてっぺんが、視界に捉えられた。
(早川君は早川君のお母さんに、私のことをどんな風に言ってるんだろう? まさかいきなり彼女だなんて言うはずないから……一年生のときに偶然会ってたんだ、ぐらいかな。それなら私もまだ話をしやすいかも)
いよいよマンションの全景が視界に入る地点まで来た。一旦、自転車を止めて深呼吸をする。
最終リハーサルをしておこう。『和泉君にはとてもお世話になっています、同じクラスの柏原須美子と言います。先日は雨の日に服までお借りして』云々かんぬん。
二度目のチャレンジで淀みなく言えて、最後の踏ん切りが付いた。さあ行こう。ペダルに置いた足に力を込めたそのとき。
「――もしかして、あなたが須美子ちゃん?」
すぐ横に赤系統の乗用車が停まったなと思う間もなく、話し掛けられた。
「は、はい?」
振り向くと、薄い茶色のサングラスを掛けたスーツ姿の女性が、運転席から反対側のドアへと身を寄せようと頑張っている。
須美子は一時停車の車に近付き、改めて「はいそうですが」と言った。
「どうやらそうみたいね。私、早川
ええっ、予定外だよ!
パニックを起こし掛ける須美子だったが、それではみっともないと踏みとどまった。
「はじめまして! 私は和泉君のクラスメイトで、柏原須美子です。あのっ、先日はお洋服を勝手にお借りしてすみませんでした」
「ああ、あれ。いいのよ~。着てくれて本当にありがとう」
運転席から降りてきた早川の母は、満面に笑みをたたえながら須美子の手を取り、ぎゅっと抱きしめた。
「あ、あの?」
「サイズが合うんだったら、全部持って行ってくれてもいいのよ、須美子ちゃん。それにね、リクエストがあったら言ってみて。私、腕によりを掛けて作ってあげる。こんなに作りがいのあるかわいい子だなんて、うちの息子の見る目は確かだったわ」
「えっ」
家庭の中ではかわいいと言ってくれてるのだろうか。それは嬉しいような恥ずかしいような。
須美子が目の下辺りを赤くしていると、斜め前方の頭上からさらに声が飛んできた。
「遅いと思ったら母さん、何やってるのさ!」
マンションの一室から様子を見ていた早川が見付けたらしい。
(見付けてくれたのは嬉しい。けど、大声で反応しなくたって)
須美子はこれから早川とお付き合いをしていくことに、たっぷりの楽しみとちょっぴりの不安を覚えるのだった。
(ひとまず)おわり
※ご愛読感謝!
アイドルのエピソードが宙ぶらりんのままじゃないかというご指摘があると思います。後から付け足した迷走パート故、消化しきれなかったのが実情でして、申し訳ありません。
なお、アイドルのエピソードを含めて、構成を新たにした別作品があるにはあるのですが……須美子たちではなく、拙作『そのサンタ、トナカイに逃げられた?』に登場する二人(の小中学生時代)を中心としたキャラクターで書いております。同作をカクヨムにUPする意志はあるのですが、キャラを置き換えるべきか否かの判断に迷っていることもあり、先の話になる見込みです。思わせぶりで、すみません。
二人の交差点、その名は“初恋” 小石原淳 @koIshiara-Jun
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