第37話 偶然と運命と

「この間の金曜日、学校で須美ちゃんと早川君に注意を向けていたら、放課後、会うっていうのが分かってさあ……また立ち聞きしちゃったんだよね」

「また……忍者になれるよ」

 驚きを通り越して呆れた須美子は、思わず冗談を飛ばした。空気が弛緩したのを感じ取ったのか、寺沢も軽口を叩いた。

「大変だったんだよ。ばれないように後を付けて、聞こえる場所に隠れるのって」

「でしょうねえ」

「――それから、聞いていたら、何故だか知らないけど、早川君の思い出話になっちゃって。どうなってるのと混乱しかけたんだけど、はくちょう座のバッジが話に出て来たときに、はっとしたわ」

「え、どうして」

 真顔で聞き返した須美子。寺沢は信じられないものでも見たかのように、目を見開いた。そして実際に口でも、「信じられない!」と叫んだ。

「むかーしだけど、須美ちゃんが言ってたよ。『前の夏休みに迷子になりかけたんだけど、どこかの男の子に助けてもらっちゃった。格好よかったなぁ』って感じで」

「え? え? 本当に? 私そんなことを」

 誰にも言っていないつもりだった。だけど寺沢が今はっきりと話したくらいだから、一度は一年生時の夏休みにおけるエピソードを打ち明けているのは間違いない。

「はくちょう座のバッジをくれた男の子が好きだとは言わなかったけれども、頼もしいとか優しいとかベタほめだったよ。ああ、好きなんだろうなって誰にでも分かるくらい」

「あ、そっか。夏休みの思い出みたいな感じで喋ったんだ。好きな男子とか、“十字星の男の子”なんて言い方はしなかったのね、私」

「何それ、“十字星の男の子”って。星の王子様みたい」

 軽く吹き出す寺沢。まあ、笑われても仕方がない。今は腹も立たない。須美子は肩の力を抜いて、「そうよ、王子様よ」と開き直って答えた。

 寺沢は「はいはい」と適当感あふれる相づちを打って、それからほーっとため息をついた。

「でね、その王子様の話まで結び付くんだったら、これはもうだめだなあって思った。早めにあきらめないとつらくなるし、早川君にも須美ちゃんにもうまく行ってほしいし、何より、須美ちゃんとずっと友達でいたいし。だから決心したの、会って全部話そうって」

「そうだったんだね……」

 ここに至った怒濤の経緯をかみしめる。

「やっぱり、私の方が悪いわ。直美はこうして全部話してくれたのに、私はそれに乗っかって話しただけだもの。今日、こうならなかったら、もうちょっと先延ばしにしていたかもしれない」

 再び頭を下げた須美子。その肩に寺沢の手が伸びてきて、半ば強引に起こされた。

「どっちもどっちってことでいいじゃん。それよか、あの放課後の話、あれからどうなったの? 途中で急にやめて帰っちゃったでしょ。理由が分からなかったから、ほんとに急用を思い出したのかと」

「違うわ。最後まで聞くのが怖くなって、逃げたの」

 しゅんとなった須美子に、寺沢が悪気のない口調で追い打ちを掛ける。

「ああ、それは早川君、ショックだったかも。避けられているように感じてさ。けど、家に帰ってから、すぐに電話したんでしょう?」

「ううん、その日は何もしなかった。メモという謎の怪文書もあったしね」

「もうそんなにいじめないでよー」

「いやいや、そんなつもりは全く」

 どうにかこうにか、深刻な雰囲気にはならずに、須美子と寺沢の大事な話は終わりを迎えたようだ。

「それでね、昨日のことなんだけど」

 須美子は早川がはくちょう座のバッジをくれた彼だったと分かったことを、短くまとめて話した。

 聞き終わった寺沢は感嘆することしきりで、「運命の恋ってあるのね」と憧れる口ぶりでぽつりと言った。


 結局のところ、須美子が早川の母親と対面を果たすのは一週間後になった。

 それまでの間、須美子と早川の仲が急速に進んだかというと、それほどでもない。学校ではいちゃいちゃできないし、どちらかの家を訪れたにしても似たようなものである。

 ならばせめて電話で話せばよいと考えるものだが、こんな大切な思い出について電話で話すなんてもったいない。二人ともそんな意識が働いた。

(だいたいさあ、中途半端なのよね)

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