第36話 日曜日の告白
日曜の夕方。
とんとんかちゃかちゃと炊事の音が響くようになった頃、電話が掛かってきた。手が離せない母親に代わり、須美子が出る。元々、固定電話に掛かってくるのは、携帯端末をまだ持っていない須美子宛であることが多い。
「はい、もしもし」
「――須美ちゃん?」
寺沢の声は、どこかほっとしたようなところがあった。親が出た場合に備えていたらしい。
「うん。何?」
「これからちょっと話せない? 直接会って」
「会って? どうしたの、何か大ごとでも起こったみたいじゃない」
送受器を握り直し、耳に強く押し当てる須美子。寺沢はいつもに比べたらやや低いトーンで答えた。
「うん。それも会ってから話そうと思ってる。公園まで出て来られるかなあ?」
「大丈夫と思う。それに私も会いたいなって、考えていたところ」
「ほんと? じゃあ……七分後に○○公園でいい?」
「自転車を使えば大丈夫」
電話を切ると、須美子は母親に「クラスの友達と持ち物が入れ替わってたみたい。公園まで行って、交換してくる」と伝えた。
「気を付けなさいよ。それに早く帰ってきて」
母親はあまりいい顔はしなかったけれども、許可はもらえた。須美子はありがとうのあとに、「ちょっとぐらいおしゃべりするものよ」と小さな声で言って、外へ出る支度を簡単に済ませた。ダミーの手提げ袋を忘れずに。
公園に着いたのは、須美子と寺沢、ほぼ同時だった。自転車を押して、車止めのある出入り口を通って中に入る。さすがに暗くなり始めていた。もう外灯が点っている。
「それでお話って」
空いているベンチに腰掛けながら促した須美子。公園には二人の他には誰もおらず、虫の鳴き声が断続的に聞こえてきた。
「えっと、その」
隣に座った寺沢は揃えた膝頭に両手を乗せ、やや俯き気味にしている。話しにくいことのようだ。
(この様子だと、私が先に話をした方がいいかも。なるべく気安い調子で話したいし)
そんな考えがよぎった矢先、寺沢が口を開いた。
「実はね。あの紙切れを置いたのは私なんだ」
「――? え、紙切れって、早川君の靴入れに入っていたメモ書きのこと?」
「そう。ああ、やっぱり、早川君の方に入れちゃってたんだ」
気まずそうにしていた寺沢だが、表所に苦笑が混じった。
「最後、ぎりぎりまで迷って、うわーってなって。早川君か須美ちゃん、どちらの下駄箱に入れたのか、分からなくなってたんだよね」
「ちょ、ちょっと待って。直美が? 何で?」
「それはもちろん、あれを見てしまってから……」
「……そうだよね、メモを書いたんだから。ごめん、今まで黙っていて」
なるべく寺沢の方を向いて、頭を垂れる須美子。寺沢の方も恐縮したように首を振った。
「こっちも謝らなきゃいけないから。私、本当は最初から分かっていた。早川君の目が須美ちゃんの方ばかり見ているって」
「そんなことは」
「ううん。そばから見てる方が分かることもあるんだよ。ぜーったいに、早川君は須美ちゃんを気にしてた。だけど、須美ちゃんの方にその気がないなら、私にもまだチャンスあるかなって思って、気付かないふりをしてた」
「……びっくりした。けど、謝られるようなことじゃないわ」
「違うの、まだなの。転校してきた日以降も、早川君は須美ちゃんを気に掛けていて、須美ちゃんも段々と早川君をいいなあって感じるようになったでしょ?」
「……うん」
認める。認めざるを得ない。
「それでも私は気付かないふりを続けて、須美ちゃんを試すようなことをちょっとしてみた。須美ちゃんが言葉にして認めないから、どうしようって考えてた。そんなときに、あの地震が起きて」
「直美ちゃんが目撃したのは、たまたまなの?」
「それも違う。あの日、須美ちゃんと早川君が先生の指示で、急に日番のペアになったでしょ? 私は前から気になっていたから、須美ちゃん達が二人きりになったらどんなことを話しているのか、聞いてやろうというつもりでいたの。立ち聞き、盗み聞きしようと思ったんだよ。だからごめん」
勢いよく頭を下げる寺沢。須美子は友達がそこまで思い詰めていたのかと、驚き、感心するとともに、「謝らなくていいよ」と応じた。
「そうしたら、予想以上にショックなことが起きて。隠れながら見ていたから、全部を最初から最後までは見ていなかったのもあるけど、地震のせいでハプニング的にああなったんだなってことぐらいは、私でも想像が付いた。ただ、その時間がとても長く感じられて……最初はハプニングでも、そのあとは本気だったんじゃないかって、見えてきた」
「そんな」
口元を指先で押さえながら、須美子はぷるぷると頭を左右に振った。
寺沢は一つうなずき、「結局、早川君が声を上げるまで見ていて。あとは見ないで帰ったの。家でしばらく考えて、すっごく悩んだんだけど……聞いてみるのが一番じゃないかって思えてきて、それであんなメモを書いた」と舌足らずな言い回しで説明した。
「あとは早川君と須美ちゃんが、偶然かどうかは別にして、キスの形になってしまったことをみんなの前で言ってくれたら、私は須美ちゃんもライバルだと思って競争するつもりだったんだ」
だったんだ、と過去形なのが引っ掛かる。須美子はその点を寺沢に尋ねた。
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