第4話 サイアクの始まり

家に帰るのは気が進まなかったが、ホテルで朝食を済ませた後はもう帰るしかない。


仕方なく自宅の前に帰り着いた俺は、なぜかもう既に居心地が悪くてコソコソと扉を開けた。


「ただいま……。」


リビングへ顔を出すと、くつろいだ様子の兄が目に入った。


「お!カナデ。合格おめでとう。頑張ったな。」


にこやかに話しかけてきた兄は、相変わらず完璧人間オーラがすごい。


都心の難関大学に通っていた兄。

一方、国立とはいえ地大学の俺。

おめでとうと言われて素直に喜べないのも、だいぶ拗らせているとなと我ながら思う。


「うん、ありがとう。兄さんこそ、春から社長?」

「いやいや。そんなすぐには継げないよ。しばらくは勉強も兼ねて平社員で働くことになってる。」

「そっか。大変だね。」


「あら、カナデ帰ってたの?おかえり。部屋は決まった?」

奥のキッチンで何やら作業していたらしい母がやっと俺の帰宅に気づいたようだ。

「うん。あ、親のサインがいるらしくて。書類よろしく。」

「はいはーい。」


母親が書類を確認しながら、しみじみと話し始めた。


「はあ〜。カナデもこうやって家を出ていく時が来たのねえ。もう私の子育ても終わりが近いわ〜。

思い返せば、カナデは昔からお兄ちゃんに比べて色々心配なことが多かったのよねえ。」


またか、と俺の中で心が凍る。

兄と比べて出来損ないの俺は、よほど親を心配させていたようだ。


「何だよ心配って。」

兄は何でもなさそうに笑って、しなくてもいい追求をする。


「そうねえ。

例えば、赤ちゃんの時は歩くのも喋るのも遅くてね。お兄ちゃんの時は周りの子たちよりもずっと早く成長してたもんだから、カナデはこんなに遅くて大丈夫なのかしらって、ほんとに心配しちゃって。

大きくなってからも、勉強だったり運動だったり、やっぱりお兄ちゃんには敵わないのよねえ。」


「いやいや、そこは比べる所じゃないだろ。」

「うーん、そうなんだけどやっぱり親としては心配するのよね。」


兄は昔からこうやってさりげなくフォローを入れてくれることも多いが、俺はどうしても兄から同情されているような気がして素直に感謝できないでいた。


「あ!!そうそう。1番心配したことがあって。カナデ覚えてるかしら。

幼稚園くらいの時なんだけど、黒いのが視えるとか、ピカピカ綺麗なのがどうとか、話し始めた時があってね。」


ああ、はっきりと覚えてる。

それは、兄ばかり構う両親に対して、まだ希望を捨てきれなかった時。

みんなにも当たり前に視えていると思っていた光や黒いもやのこと、何気なく両親に話していた時だった。

両親の反応から、それは普通ヒトには視えていないものなのだと気づいた。


「そういえば、ウチのご先祖様がそういった、普通には視えないものが視える不思議な力を持つ人だったと聞いたことがあるぞ。

なんでも、この町の神社を建てた時にもかなり貢献したとか。」


父親にそう言われた時、まだ幼かった俺は勘違いしてしまった。

自分には特別な力があるんだ!

兄さんだって持ってない、僕だけの力だ!

これで僕だって父さんと母さんから認められるんだ!


盛大な勘違いのもと、光やもやが見える度に両親に報告するようになってしまったのだ。


幼い俺がそういった話をする時、両親は「そうかそうか。」と否定せずに話を聞いてくれて、それがまた俺の勘違いを加速させた。

やっぱりこの力を持っている俺は特別なんだ!と。


だけど、ある時両親と兄が、俺に隠れてコッソリと話しているのを聞いてしまったのだ。


「もう。あなたがご先祖様のお話なんか聞かせるから、あの子嬉しくなっちゃって嘘が止まらないじゃない。

小学校に上がってもあんな調子じゃ、周りから変に思われるわよ。お友達ができないかも。」

「いやあ、まさかこんな事になるとは思っていなくてね。すまんすまん。」

「もう〜。ほんとに、どうしましょ。」

「父さんも母さんも、最近は僕にかかりきりで、あまりカナデのことを気にかけていなかったでしょ。カナデはきっと寂しいんじゃない?それで、きっと嘘をついて……。」

「……うん、そうね。そうかもしれないわね。」

「そうだな。本当にカイトはよく気がつく優しい子だ。」


そうやって「みんなでカナデに優しくしよう。」と話がまとまっていくのを、小さな俺は息を殺してじっと聞いていた。


信じてもらえていなかった。

特別なんかじゃなかった。

特別だと思っていた力も、誰にも信じてもらえないのなら無いのと一緒だった。


両親に振り向いてほしくて、必死で嘘をつく滑稽なピエロ。それが家族からみた俺の姿だったのだ。



翌日からやけに優しく構ってくる両親のことはよく覚えている。

反対に俺は、視える力のことは何も話さなくなったし、"兄よりも"とか、"俺を見てほしい"とか、そんな無駄な期待をすることは徐々に少なくなっていった。


いつの間にか嘘を言わなくなった俺に、きっと両親は「カイトの言う通りだった。」と思ったことだろう。両親の不自然な優しさも、自然と無くなっていた。


「そんなことあった?」

フラッシュバックする記憶を押さえ込み、とぼけたフリをする。


「えぇー!覚えてないの。お母さん、すっごく心配したのよ。

このままずーーっとなにか視える!って言われ続けたらどうしよう〜って。周りのお友達からいじめられたりしないか心配で。」


いや、まあ今も視え続けているわけですが。


「はは、母さん、ほんとにカナデのこと心配ばっかりしてたんだな。」

「そうよー!お兄ちゃんに関してはほとんど心配することはなかったけどねえ。」


そこからも、楽しそうに(主に兄の)思い出話に花を咲かせている二人。


余計な事を思い出してしまったせいで、気分が悪くなってしまった俺は早々に自室に行く事にした。



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ベッドにドサっと腰掛けて一息。

はあ。疲れた。


ゴロンと寝転がり天井をながめた。


はずだったのだが。


「?!」


「おかえり。」


目の前10センチの距離に顔面。


「なななななんだ?!」


反射的に飛び起きる。


「びっくりしすぎ。」


驚いてビビりまくっている俺とは対照的に、すごく冷静で落ち着いた声の主は。


「ヒメ……。」


柔らかそうな銀色の髪。

透けるような黄金色の瞳。


出会った時と同じ姿のヒメが、そこに浮いていた。


ん?


浮いている……??


てかヒメってこんなに小さかったっけ?

いやいや、さすがにこんな手乗りサイズではなかったぞ。

そして、心なしか体に対して頭の比率大きくないか?

なんかのゆるキャラか??



「……えと、縮んだ?」

「縮んでない!省エネ!」

「省エネ?!」


神様にも省エネ機能があるのか!?


「カナデが出てったから、力が減った。だから、省エネするために小さくなった。」

「そんな家出したみたいな言い方しなくても。」

ははは、と軽く笑った俺に対し、ヒメは真剣な表情で話してきた。


「カナデ、分かってない。

カナデがいない間、わたしの力は弱くなって、邪神が力をつけだした。」


「え?いない間って、たった1日で?今までだって旅行やら何やらで、いなくなる時もあったけど。」


「それとは訳が違う!

これまでは、どれだけ遠く離れても、カナデの帰る場所はこの町のこの家だった。だから数日いないくらいは平気だった。


だけど、今回カナデはここから遠く離れた、新しい帰るべき家を探しに行くために町を出た。

この時点で繋がりは危うくなるのに、途中あろうことかわたしの存在まで忘れていた!!


繋がりが薄れるのも当然!」


「えぇ…。そんなこと言われても…。」 


凄い剣幕で怒っているが、どうも手乗りサイズの可愛いゆるキャラがプンプン怒っているようにしか見えない。


「どうしたらいいんだよ。あ!ほら、俺もう戻ってきてるし、力回復できないの?」

「そんなすぐには無理。充電式だから。」

「まじかよ!!」

「とにかく、もうすぐ有象無象の邪神たちが悪さをしてもおかしくない。

わたしは力を取り戻すために、カナデの側にいる。」

そう言って、小さなヒメは俺の腕に抱きついてきた。


あれ、これなんか前もあったな。


出会った時、ベンチでピッタリくっついてきたヒメを思い出す。

あ!これって俺に近づいて力回復するためだったのか!!


……純粋にドキドキしていた俺の気持ちを返してほしい。


「カナデは、何か起こった時、わたしと一緒に邪神のところへ行ってほしい。

あとはわたしが何とかする。」


ぎゅっとより一層強く抱きついてきたヒメ。

その顔を見ると、瞳が不安気に揺れていた。


「大丈夫。」

「……カナデ。」


何が大丈夫なのか?

どうすればいいのか?


ヒメにも分からないことを、俺がわかるはずもないのだが、どうしてもヒメを安心させたくて自然と小さな頭を撫でていた。




そしてその時はわりとすぐ訪れた。



それは父親も仕事から戻り、家族四人で夕食を取ったあとのことだった。


ヒメの姿は他の人には視えないらしく、俺が気を抜いてヒメに話しかけない限りは一緒にいても問題ないようで、夕食中からずっとヒメは俺にひっついていた。


主に俺を除いた家族3人で話が盛り上がっている時。


プルルルル、プルルルル。


と自宅の電話が鳴った。

いつものように母親が対応に向かい、父親と兄は話を続ける。


「え?ほんとに?!……えぇ、えぇ。わかったわ。とにかくこっちの方面も探してみます。えぇ。分かりました。」


母親が何やら焦った様子で話し始めた。

ヒメと俺は嫌な予感を感じ、顔を見合わせる。


電話を切った母親がこちらを向いた。


「あのね、岸田さんところの末っ子の春くんが、近くの日の丸公園で遊ぶって言ったまま帰らなくて、どこにもいないんだって。

しかも、春くんだけじゃなくて、その公園で遊んでた子たち、5人くらい家にまだかえってないらしいの……。


今警察にも連絡して地域の人みんなで探してるみたいで、こっちの方も探して欲しいって言う連絡だったんだけど。」


嫌な予感は的中した。


「なんだって?!大変じゃないか!

カイト、カナデ、行くぞ。」


父親がすぐに立ち上がり捜索に向かいながら、携帯で色んな人に電話をかけ始めた。

おそらく知り合いに協力を頼んでいるのだろう。


父親は先祖から続く土地の地主として、不動産業に成功し、いくつか会社を経営するにまで至っている。

地元の友達もツテも知り合いも多いのだ。



「みんな無事でいるといいけど…。」

兄は険しい顔をしながら早足で外にでる。


俺も続いて外にでると、予想外の光景に言葉を失った。


「………。」


薄暗い視界の中。

けれど、はっきりと視えた。


そこら中に揺らめく、いくつもの黒いモヤが……。

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ある日、いきなり銀髪の可愛い神様から告白された話。 ゆみまる @yumimaru0903

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