第3話 失態
それからの俺は、かなり忙しい日々を過ごさなければならなかった。
なぜかと言うと……そう!
数週間後の大学入学を控え、手続き、新居探し、引っ越し準備、入学準備…。残り数週間でそれらをやり遂げなければならないからだ。
ヒメのことを忘れたわけではない。
むしろ忘れようと思ってもなかなか忘れられるものではないが……。
とはいえ、現実に入学の日付は迫ってくるわけで。
ヒメの話を聞いたからといって、はいそうですか、と簡単に入学辞退できるはずもない。
なにより俺は絶対にこの町から出て行きたい譲れない理由もあるのだ。
というわけで、俺は今隣県の不動産屋に来ていた。
「では残りの必要書類はお持ち帰り頂いて、親御さんにサインお願いしますね。返信用封筒もお渡ししますので。」
契約をとれてご機嫌な様子の担当者が笑顔で書類をまとめている。
すこし部屋探しの時期としては出遅れてしまっていた俺だが、なんとか良さそうなところを確保することができた。
一人暮らしにしては少し広めのところになってしまったが……。
家賃は気にせず選んでこいと言ってくれた父親に感謝。
部屋を決めるまでに数件見て回っただけだったが、思ったよりも時間がかかってしまったようで、外はもう暗い。
遅くなるようだったら現地のホテルに泊まって帰ってもいい、と言ってくれていた両親。
側から見ると優しいと思われるだろうが、俺はその真意を知っているため、少しだけ虚しさが込み上げてくる。
今日は、無事に大学卒業した兄が家に帰ってくる日なのだ。
だから俺の部屋探しにも同行できず、なんなら泊まって帰ってもいい、と。
いつも無意識に兄を優先させている両親らしい対応だった。
兄は、弟の俺から見ても完璧な人間だ。
顔もいいし、性格もいいし、運動も勉強もよくできる。話も面白くて、少し話せば誰でも兄を好きになる。
おまけに地域では有名な地主の長男というのもポイントらしく、昔からバレンタインには大量の贈り物が届く。
そんな兄の弟である俺は、兄ほど完璧にはなれなかった。むしろ普通以下。
弟がそんなだからか、兄が出来すぎているからか、両親はいつも俺より兄を優遇する。
しかも、恐らく無意識に。
俺がテストでいい点をとって、褒めてほしくて報告すれば、一応は褒めてくれる。
でもその次には「お兄ちゃんはね、」とはじまり、俺と同じ年頃だった兄の話を聞かされる。
同じ食卓を囲む時はいつも、兄が中心。
兄の話を両親が熱心に聞き、楽しそうに笑い、それでそれで?と話は尽きない。
兄が俺に話を振ってくれても、両親にとっては興味のない話なのだろう。あっという間に俺のターンは終わってしまう。
今回の部屋探しの件も、いかにも俺の両親らしい。
子どもの頃は、そんな両親に対しても健気に俺を見てほしいなんて思っていた時期もあった。今となってはそんな事微塵も期待することはなくなったのだ。
そんな中、兄が大学卒業、父親の経営する会社のうちの1つを兄が継ぐことが決まった。
兄が大学進学のために家を離れていたここ数年は、俺の心も比較的穏やかだったのだが、兄が会社を継ぐとなると、兄が家に戻るということになる。
そんなのは耐えられない!!
長年の生活の中で、俺は兄への劣等感を拗らせまくっていた。
幸運なことに、兄の卒業と俺の入学は同時期。兄が実家に帰るのなら、今度は俺が出ていけばいい!
兄への劣等感から逃れるだめだけに、元々そんなに良くない頭だが必死に勉強してやっと隣県の大学へ合格したのだった。
だからこそ、ヒメからどんなにお願いされようとも町を出る事は譲れないのだ。
まあ、なんとかなるだろ……。
それこそヒメは神様なんだし。
現実逃避的思考を働かせながら、俺はもう今日は泊まっちゃおうと、半ばワクワクしていた。
新生活の地、下見するのも悪くないよなあ……。
ひたすらスマホを操作して泊まるホテルを決め、近くに美味しそうなお店があったので迷わず入店。
たらふく食べた後は、急に映画を見たくなったのでナイトタイムで映画鑑賞。
ホテルにチェックインした後は、清潔なバスルームで優雅に入浴し、フカフカのベッドで気持ちよく入眠。
受験後の解放感も相まって、めちゃくちゃにエンジョイしてしまった。
そしてヒメのことも、その時ばかりはすっかり忘れ去ってしまっていた。
忘れようにも忘れられないなんて思ってたけど、普通に忘れてた俺。
そして、すぐにその事を後悔する事になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます