トロンボナンザ
「はあい」
ベルを鳴らすと、ショウコちゃんのお母さんが出てくる。
緊張しながら、彼女と話をさせてほしいと伝える。
すると、意外にもあっさりと部屋に通してもらえた。
「ショウコ、入るわよ」
ぬいぐるみや小物がたくさんあって、ショウコちゃんのイメージ通りのかわいらしい部屋。よく考えたら、女の子の部屋に入るのは初めてだったと思い出す。
ボンヤリ立っていると、お母さんから座るように促された。
「……誰か来てるの?」
ベッドで布団に潜り込んでいたショウコちゃんが、モソモソと顔を出す。
「や、久しぶり」
彼女は僕の顔を見て、見たこともないくらい口をあんぐりと開けて固まった。
「せせせせせ、センパイっ!?」
真っ赤になって、慌てて布団を被る。お母さんがクスクス笑った。
「この子ね、家ではいつも先輩の――」
「お母さんっ!?」
焦った様子でショウコちゃんが顔を出し、笑っているお母さんを追い払う。ついでに机の上の何かをすごい勢いで掴んで、また布団に潜り込んだ。
「思ったより元気そうで、良かった」
「……部活、休んでごめんなさい」
布団の中から声がする。
「学校、来れそう?」
返事は、ない。
「学校も部活も、頑張らなきゃいけない時はあるけど。でも本当に辛かったら行かなくていいし、辞めてもいいと思う」
僕はテーブルの上に寄せ書きの色紙と、演奏会の曲の楽譜、それとマウスピースを置いた。
「僕は嬉しかったんだ。小中でブラスやって、初めて自分から『トロンボーンやりたい』って言ってくれた人がいて」
僕自身は、特別トロンボーンが好きな訳じゃない。何なら小学校の時は、あまり好きじゃなかった。
「ショウコちゃんが楽しそうに練習してるのを見て、僕も少しだけトロンボーンが好きになった。出来たら定期演奏会は、ショウコちゃんと、それと二年生も合わせて四人で、トロンボナンザをやりたいなって思う」
中学で、このメンバーで演奏出来る最後の機会だから、みんなでやりたい。そう伝えた。
布団がモソモソと動く。彼女は悩んでるみたいだった。もしかしたら無理かもと、僕は思った。
「……先輩が迎えに来てくれたら、頑張れるかも」
だからショウコちゃんの返事に、僕はとても驚いた。
次の日から朝の七時半にショウコちゃんの家に寄って、一緒に学校へ行くようになった。
彼女が手を繋いできて、何だか小学校の時みたいで。同級生に見つかって冷やかされたり、バシバシ叩かれて「爆発しろ」なんて意味不明な事を言われたり。
放課後、音楽室で「ごめんなさい」と頭を下げる彼女を、部のみんなは温かく迎えた。遅れを取り戻すように練習のピッチが上がり、部の雰囲気も盛り上がる。
二年生の二人が、定期演奏会は僕とショウコちゃんで1stをやってほしいと言ってきた。
「私達は来年最上級生なので、先輩みたいにバンドもパートもしっかり支えたいです」
嬉しい言葉だった。ちょっとニヤニヤしてるのが変だったけど。ショウコちゃんは顔を赤くしていた。
定期演奏会は大成功。
リベンジしたい、とショウコちゃんが強く希望したコンクールの曲も、今度はバッチリ決めて。
お母さんと一緒に見に来たお父さんが立ち上がって、「アンコールお願いしまーす!」なんて言って笑いが起きて。僕はすごく恥ずかしくて。
サンタの格好をしたトロンボーンの四人がステージの前に出ると、すごい拍手をもらって。トロンボナンザを演奏してまた拍手をもらって。
ショウコちゃんも笑顔で。僕も笑顔で。トロンボーンやってて、ブラスバンドやってて良かったって、心からそう思えた。
◆
受験が終わった、二月十四日。
帰宅してダラダラしていると、ショウコちゃんがやって来た。
鈍感鈍感と言われるし、モテる方でもない僕でも、さすがにこれはわかる。これで勘違いだったり嘘告だったら立ち直れないけど、そんな心配は無用だった。
「先輩、大好きです。小学校の時から、ずっとです」
顔をリンゴみたいに真っ赤にした彼女は、それでもチョコと組紐のミサンガを差し出し、ハッキリ言ってくれた。
小学生の時、彼女は他人と上手く話せなくて友達も少なくて。僕は嫌がらずに手を繋いでくれたり、助けてくれたから嬉しくて、それで好きになったんだって。
「別にトロンボーンは好きじゃなかったけど、先輩と練習して好きになりました」
まるで僕みたいな事を言う。やっと彼女がトロンボーンをやりたがった理由がわかった。
僕の返事なんて決まってるよ。また二年会えないのは寂しいもの。
「僕も、ショウコちゃんが大好きだよ」
僕の顔も熱くて、鏡で見たらきっと、彼女みたいに真っ赤になってたと思う。
トロンボナンザ〜小さな彼女とノッポな僕のアンサンブル〜 風間浦 @vkazamaura
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