3rd トロンボーン
体育祭が終わり、十月のコンクールに向けて遅くまでの練習が続いて、帰る方向が同じ部員は毎日一緒に帰っていた。
途中からは家が遠い僕とショウコちゃんの二人だけ。普段は口数の少ない彼女が、恥ずかしがりながらクラスの事や家の事を話す。
並んで歩く彼女の頭は、百八十センチの僕の胸くらい。
少し背が伸びて、スライド紐も調整した。同じ紐がいいと彼女が言って、二人で雑貨屋に買いに行った。
私服姿の彼女はとても可愛かった。最近では三年生の男子に告白されたりしてると聞く。何故か断ってるようだけど。
最近はこうして帰るのが少し楽しみになっている。だけど、それももうすぐお終い。
中三の僕は年明けに高校受験が控えてる。最上級生の吹奏楽部員は、十月のコンクールと十二月の定期演奏会に参加して引退するのが通例。
受験勉強は大変だけど、僕もそこまでは頑張ろうと思っていた。まずは一年の大目標であるコンクールに全力投球だ。
「先輩、また明日」
「またね、ショウコちゃん」
ショウコちゃんの家の前で手を振って別れる。彼女は玄関の前で振り返り、笑顔でもう一度手を振った。
十二月まで続くと思っていたそんな日々は、十月のある日、突然終わった。
◆
コンクールの日、1st トロンボーンに抜擢されたショウコちゃんは、かなり緊張していた。
他の部員が声をかけると、ぎこちない笑みを返している。
ステージの裏で待機して、他の中学の演奏を聞く。丁度僕達の前の学校の番だった。
毎年上位に来ている人達の演奏はやっぱり上手い。客席からの大きな拍手で、ショウコちゃんはビクッと肩を震わせた。
係の人の合図でステージに出る。
「練習の成果を出せるように頑張ろ」
僕が声をかけると、ショウコちゃんは硬い表情で頷いた。
演奏の準備が終わり、ホール全体が静まり返る。
先生が指揮棒を振り下ろす。スタートはバッチリ。
部長のトランペットソロも調子が良いみたい。
グッと音量を落とす場面。
トロンボーンの四人が足下に置いてあるミュートに手を伸ばす。ここからクライマックスに向かう、大事な所。
事件はそこで起こった。
カラン、カラカラ。
ホールに演奏とは違う音が響く。
何があったか、すぐにわかった。ショウコちゃんがミュートを上手く掴めず、倒してしまったんだ。
彼女は血の気が引いたような顔で固まっている。
バンドのみんなは演奏を続ける。
ショウコちゃんを気にしながらも、僕は咄嗟に1stで吹き始めた。
大丈夫、全部覚えてる。他のパートは二人いる二年生がやってくれてる。
フィニッシュで客席から温かい拍手が送られる。でもショウコちゃんに笑顔は無い。
二年生に連れられステージ裏へ行くと、彼女は号泣してしまった。
次の日から彼女は、学校に来なくなった。
一週間経っても、ショウコちゃんは部活に来ていない。学校も休んだままだと、一年生の部員が教えてくれた。
部の誰も、彼女のミスは気にしていなかった。彼女が真面目に練習していた事も知っていた。
彼女の事を気にかけながらも、十二月の定期演奏会でやる曲の練習を進めていく。時間に余裕は無い。
帰りがけに彼女の家に寄っても部屋に閉じこもったままで、彼女のお母さんは申し訳無さそうな顔をしていた。
このままだと、彼女が戻ってこれなくなる。
そう思った僕は、パートの二年生や他の部員達、先生にも相談した。みんな、僕のわがままな提案を快く受け入れてくれた。
好きだった女の子に振られた時でさえ休まなかった部活を、中学で初めて休んだ。
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