2nd トロンボーン
「わ、わたしの事、覚えてますか」
トロンボーンのパートリーダーとして入部説明会に参加していた僕は、一年生の女の子から声をかけられた。
全く覚えてなくて、ごめんって言ったら泣かれた。それで思い出した。
僕の家から小学校までの途中に人気のない道があって、狼人間の絵が描かれた「ちかんにちゅうい」って看板が立っていて。
電灯も少ない暗い道で、吹奏楽部で同じ方向の児童は一緒に登下校してて、その時にいた二歳下の女の子。名前はショウコちゃん。
すごく怖がりで、暗い帰り道でよく泣いて、手を繋いで歩いたりして。犬に吠えられてやっぱり泣いて、動けなくなっておんぶして帰った時もあった。
吹奏楽部で一緒だったのは一年だけだし、小学校四年生だったショウコちゃんが二年後、中学生になってセーラー服を着て現れてもわからないと思う。
そのショウコちゃんは、トロンボーンがやりたいと言った。
元々彼女はパーカッションをやっていた筈だけど、吹奏楽部は中学から始めた初心者が多い。違う楽器がやりたいならそれも構わない。
ただ――彼女は小柄だった。
中学一年生といえば、少し前までは小学生。その一年生の中でも、彼女は小さい部類。
トランペットやホルンといった金管楽器の中で、トロンボーンだけはスライド管を前後に動かして音を変える。
想像以上に重い楽器を肩に乗せる形で支えるから、ある程度の手の長さと身体の大きさが必要になる。もちろん肺活量も。
フルートやクラリネットや、パーカッションのパートリーダーをしている女子達が説得したけれど、ショウコちゃんはトロンボーンがやりたいと言い張った。
頑として譲らなくて、昔の大人しくて、おどおどしている印象の彼女とは全然違っていて驚いた。
パートリーダー達も説得を諦め、彼女はトロンボーンをやる事になった。何でかみんなニヤニヤしていて、ショウコちゃんは顔を真っ赤にしていた。
顧問の先生に相談すると、小柄だったり腕が短くてもスライド紐というものを使って、遠くのポジションに合わせるやり方があると教えてくれた。
早速貯めていた小遣いを持って雑貨屋に行って、店員さんが奨めてくれた組紐を買って。
ショウコちゃんに楽器を持ってもらって、他のトロンボーンの部員と何回もやり直して紐の長さを合わせて。
七ポジションまで届くようになったショウコちゃんはとても喜んで。
僕はそんな彼女を、かわいいなって思った。
彼女はすごい努力家だった。あっという間に二年生の先輩と変わらない演奏をするようになって、夏休みの終わりには2ndトロンボーン担当になった。
僕や二年生達のお手本を聞くと一生懸命練習して、出来るようになった時に笑顔になる。先輩達にもかわいがられている。
各パートの担当は、パートリーダーが決めている。トロンボーンのリーダーは僕だ。
小学校の吹奏楽部は、上手い人や先輩が1stをやるような雰囲気があった。クラリネットやトランペットと違って、トロンボーンに楽曲の中で注目が集まる時、つまりメロディーラインを演奏する機会は少ない。
要は地味。だから1stをやりたがる人もいたし、自分が1stだからと他の部員を見下す人もいたし、希望通りにならなくてギスギスする事もあった。
僕はそういうのが嫌いだし、別に1stにこだわりも無かったから二年生に任せて、自分は3rdを担当していた。頑張って練習してもらうけれど、後は曲ごとに交代なら、誰も嫌な気持ちにならないと思った。
出来るだけ楽しくやりたくて、パート練習に軽快で明るい曲調のトロンボナンザを取り入れてみたりもした。スラーやグリッサンドがあるし、トロンボーンだけのアンサンブルもあるから。
みんな前向きに受け入れて、熱心に練習に取り組んでくれた。
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