私は二度恋をしたらしい
柚木 潤
精霊の恋
それはどのくらい前のことだろう。
何も無い大地から、一つの芽が顔を出し少しずつ育ち始めた。
その世界には、これまでこれといった生き物がまだ存在していなかった。
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私は一本の若木として立っていた。
まだ自我すらなく、私は生きることに執着し、土、水、光・・・生きるために必要なたくさんの物を吸収して大きく育っていった。
私はいつの間にか大木となり、たくさんの枝や葉を茂らせ年を重ねるたびに大きくなったのだ。
その頃には私だけでなく、同じような仲間も周りに育ち始め、私を中心に森が作られたのだ。
そして他の場所でも、同じような森がいくつも出来始めた。
いつの間にか私は自我を獲得した。
森という仲間ができ、私はその仲間達とつながる事が出来るようになったのだ。
そんな中、見たこともない生き物が森の近くに現れるようになった。
この世界には長らく私たちのように、自由に動く事が出来ない生き物しか存在していなかった。
だが、その見たこともない生き物は自由に動き回り、時には空高く飛ぶことも出来たのだ。
ここから動くことのできない私たちにとっては、羨ましい限りであった。
どうもその生き物は別の世界からやってくるようだった。
時折、私たちの森に入る事はあったが、特に害を及ぼす事はなかった。
私達は静かにその生き物達を眺めるだけであった。
だが、それからしばらくしてのことだった。
今まで現れた生き物と違い、私が全身で危険を感じる黒い影の集団がこの世界に現れたのだ。
それは動けない私達に寄生してエネルギーを吸い取って行くのだ。
多くのエネルギーを吸い取ると、その集団は満足したのかどこかへ消えて行ったのだ。
成す術のない私達は生命力を吸い取られ、弱ったり消滅する物もいたのだ。
私もエネルギーを吸い取られはしたが、ある程度の年月をかけて、何とかまた元の大木に戻る事が出来たのだ。
だがその時から、数百年に一度その黒い影の集団による襲撃を受ける事となった。
それも段々とその侵食によるエネルギーの消失は、大きなものとなっていったのだ。
私は他の皆が消滅しないようにエネルギーを分け与え、森の命をつなごうとしたのだ。
しかし、ついに私のエネルギーは簡単には復活する事が出来なくなっていたのだ。
何年か経っても元に戻るどころか消滅の一途を辿っていたのだ。
私が消滅するという事は、この森の消滅を意味するのだ。
どうにかそれだけは避けたかったが、この時の私は何もする事が出来なかった。
しかし、私のエネルギーは少なくなってはいたが、長い年月と共に色々な知恵、感情という物が私には備わってきたのだ。
そんな時、私がまだ見た事がない生き物がこの世界に現れ、私の森に入った事に気付いた。
私はその生き物の中に、とても心躍るような気持ちにさせる者を見つけたのだ。
その者は私の枯れかけた大木を見て、優しく抱きしめてくれたのだ。
今までも他の生き物がこの森を訪れる事はあったが、そんな事をしてくれたのはこの者が初めてであった。
抱きしめられると、その者のとても暖かく優しい感情が全身に伝わってきたのだ。
その者はそれから何回も森に現れては、私の根元に何やら土のような粉末を振り撒きに来たのだ。
初めは驚いたが、それが私にとって生命エネルギーを減らすものであったとしても、すでに消滅に向かう私にとっては何も変わらないと思ったのだ。
それにその者が来るたびに、心が暖かくなって、また会える事がどんどん楽しみになっていったのだ。
だから、その暖かく優しい感情を持つその者のする事であれば、どんな事でも受け入れても良いと思うようになったのだ。
もちろん、動けない私では何の抵抗もする事は出来ないのではあるが。
しかし驚く事が起きたのだ。
何回かその者が来ては色々な物を振り撒いていくうちに、私のエネルギーが徐々に回復している事に気付いたのだ。
その者の世界ではその振り撒いた物を『薬』と言うらしい。
私はその優しい者のお陰で、エネルギーを回復する事ができ、森全体にエネルギーを分け与える事まで出来るようにまでなったのだ。
そしてかつてと同じ、いやそれ以上の生命力溢れる森に復活したのだ。
その者は私の回復した姿を見ると、また優しく抱きしめてくれたのだ。
それからも何回かその暖かく優しい者は私を抱きしめに来てくれた。
私の根元で本という物を読んだり何かを食したりする時は、葉や枝を少しだけ使い強い日差しを遮りその者を守った。
ある時は気持ちよさそうに目を閉じて休んでいたので、私はまた葉や枝を使い心地よい風を送ったのだ。
私はその者を見ているだけで、とても幸せだったのだ。
しかし、パタリとその者は姿を現さなくなったのだ。
しばらくして、また見たこともない生き物が現れる事はあったが、二度とその暖かく優しい者が来ることはなかった。
私は会えない事をひどく寂しく思ったが、やはり私には何もする事は出来なかったのだ。
そして生きながらえた私は、今まで何かを伝える術が無かったのだが、いつの間にか自分の意志を他の生き物に伝える事ができるようになったのだ。
そして、実体を作り出す事もできるようになり、この森の中ではあるが自由に動く事が出来るようになったのだ。
あの暖かく優しい者にいつか会えたら、私の姿を見てもらい、ありがとうと伝えたかったのだ。
その後、私はさらに知恵や感情、この森を守る為の力も備え始めたのだ。
そんな時、ある者が森に現れたのだ。
それは懐かしいあの者を思い出す姿をしていたのだ。
同じように暖かく優しく、そしてその者の心はとても強かったのだ。
以前私を助けてくれた者の面影をもつ者に会えて、私はとても嬉しかったのだ。
そんな時、黒い集団がまた現れたのだ。
以前よりも強力で意志を持つ集団に変化しており、あっという間に森は侵食されてしまったのだ。
自分も強くなったと思っていたが、相手もそれを上回る変化をしていたのだ。
私は何とかこの森を守りたかったが、徐々に侵食され私の力ではどうすることも出来なくなったのだ。
今度こそ消滅する運命なのかもしれない・・・
諦めかけた時、あの暖かく優しく心の強い者が森に現れたのだ。
その者は以前助けてくれた者と同じような『薬』を使い、私はその者にも助けられたのだ。
今の私は以前と違い、自分の意思を伝える術があるのだ。
私はありがとうと感謝を伝える事が出来たのだ。
そして、その者を見るとあの時と同じ心躍る気持ちや幸せな気持ちになっている事に気付いたのだ。
私はこの者をずっと見守る事を心に決めたのだ。
私は今になって気付いた事がある。
昔助けてくれた暖かく優しい者に対する気持ち・・・
多くの知恵や複雑な感情を身につけた私は、あの時感じた気持ちが『恋』という物に似ていると知ったのだ。
そして今、同じような気持ちになっているのだ。
私はそれを伝える術を今は持っている。
しかし・・・伝えるつもりは無かった。
何故なら、その者が恋する相手が別にいることを知っているからだ。
だから、その者の幸せのために私はずっと見守る事にしたのだ。
それで十分と思っていたのだ。
そして、私はまた複雑な感情をたくさん獲得し、成長したのだ。
すると、色々な疑問が出てきたのだ。
私の役目は本当にこれだけで良いのだろうか?
もしも、その者の恋する相手がいなくなる事があれば、私はどうするだろうか?
最近になり、私は何かチクリとしたものを感じるようになったのだ。
これは一体何なのだろう?
また時間が経てば、私はその感情を理解する時が来るのだろうか?
私は二度恋をしたらしい 柚木 潤 @JUNMM
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