異界へと続く旅の途上で―人と人ならざるものたちが交わる地へようこそ!―

七柱雄一@今までありがとうございました!

異界へと続く旅の途上で―人と人ならざるものたちが交わる地へようこそ!―

 今私は鳥取県米子市とっとりけんよなごしにある、とある神社の鳥居の前に立っている。

 車で日本全国を旅行することを何よりの楽しみとする私が、神奈川県Y市にある自宅を愛車で出発したのは、つい数週間ほど前の話である。

 それ以来神奈川以西の各地を車で巡ってきた。

 それぞれの土地で楽しい思い出を作り、米子市にある皆生温泉かいけおんせんの宿に着いたのは昨日のこと。

 その日の晩はゆったりと温泉につかり、旅の疲れを癒した。

 そしてその日は宿の一室ですぐに眠ってしまった。

 そのためか、今朝は実にすっきりと目を覚ますことができた。

 そうしてすぐに宿で出された朝食を取ると、いてもたってもいられず、すぐに車を飛ばしてこの神社までやってきたのである。

 ゆえに今はまだ午前九時前である。



 目の前にある神社は名を粟島神社あわしまじんじゃといい、少彦名命スクナビコナノミコトを祭神として祭っている。

 スクナビコナはかつてオオクニヌシとともに国づくりを行ったとされる小人の神である。

 『伯耆国風土記ほうきのくにふどき(逸文)』によれば、かつてスクナビコナはこの地であわをまいて、実ってはじけた粟の穂に乗って常世とこよの国へと渡り、そのために粟島と呼ばれている、とのことである。

 なおこの神社がある場所の地名は“彦名ひこな”というが、それはスクナビコナに由来するものである。



 私は石づくりの鳥居をくぐって歩みを進める。

 すると目の前には石段が現れる。

 石段の続く先を見上げてみるが、その終点は見えない。

 それは日ごろ運動不足の私にとってはげんなりするような光景である。

 だが神社の本殿にたどり着くにはこの階段を登るより他はない。

 私は意を決して、石段を登り始めるのだった。



「…フーッ……」


 石段を登り終えて、私は大きく息をつく。

 すでに石段を登り始めてから数十分もの時が流れている。

 全部で百八十七段あるという石段はやはりなかなかの歯ごたえである。

 さすがに弾んでいる息を整えるために、私はしばしその場に立ち尽くす。

 そしていくらか落ち着くと、周囲を見回してみる。

 山頂はいくらかの木が生い茂っているが、基本的には見渡しはよさそうである。


「…これならこのあたりの風景が色々と見れるかもな…」


 そう思った私はさらに少しの休けいのあと、まずは山頂の東側へと回ってみるのだった。



 東側から周囲を見渡してみると、遠くにひと際大きく目立つ山がそびえ立っている。

 その山は名を大山だいせんと言い、地元では伯耆富士ほうきふじの名でも親しまれている。

 標高は1729メートルを数え、中国地方では最も高い山として知られる。

 またかつては山岳信仰の聖地として賑わった霊峰でもある。



 さらに私は山頂の西側へも回ってみる。

 するとそこからは北西に向かって伸びる弓ヶ浜半島ゆみがはまはんとうが見える。

 その名の通り、“弓”のように反りながら伸びている半島である。

 『出雲国風土記いずものくにふどき』によれば、かつて八束水臣津野命やつかみずおみつぬのみことという神が大山を杭、弓ヶ浜半島を綱として、隠岐おきの島(島根県)とこしの国(北陸地方)から、弓ヶ浜半島の先にある島根半島の一部を引っ張ってきたという。

 これがいわゆる“国引き神話”である。



 また弓ヶ浜半島の先端部には境港市さかいみなとしがある。

 境港市は昨年亡くなった『ゲゲゲの鬼太郎』の作者として有名な漫画家水木しげるの出身地として知られる。

 境港の商店街は『水木しげるロード』と呼ばれ、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターをモチーフとした銅像が多数あるなど、妖怪関連のオブジェ、施設が集結している。

 いわば境港は“妖怪の町”としての側面を持ち合わせているのである。

 またJR米子駅と境港駅の間には『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターが車体に描かれた、いわゆる“鬼太郎列車”が運行しており、我々の目を楽しませてくれる。



 それから山頂の中央にある神社の本殿へのお参りを済ませた私は本殿の裏手へと回ってみる。

 するとそこからは眼下に日の光を浴びて水面をキラキラと輝かせる湖の姿が。

 その水面には多くの白鳥も優雅に舞っている。

 さらに湖を挟んで遠くを見やると、そこには陸地も見える。

 湖はその名を中海なかうみと言い、弓ヶ浜半島と島根半島に囲まれている。

 また美しい錦のように輝く水面から別名として錦海きんかいとも呼ばれる。

 遠くに見える陸地は島根県であり、中海はいわば鳥取県と島根県にまたがっている湖なのである。

 この陸地、つまり“島根県”とはかつて“出雲”と呼ばれた地域のことである。

 出雲といえば出雲大社をはじめとする神話の時代以来の歴史と由緒を持った多くの神社、多数の銅剣などが発掘された古代遺跡を抱える“神の国”である。

 南西の方角に見える安来市やすぎしの地名安来は神代の昔、須佐之男命スサノオノミコトがこの地に来て、「吾が御心は安平やすけくなりぬ(私の心は落ち着いた)」と言ったことによるという。(出雲国風土記より)

 さらに遠く西のほうに見える松江市まつえしは『怪談』などの著書がある小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が愛した町である。



 私は車に戻るために、石段を降り始めながら思案する。

 東に行けば“神の山”。

 北西に行けば“妖怪の町”。

 中海沿いにう回するようにいったん南東に向かったのち、西へと足を伸ばせば“神の国”。

 私には豊富に選択肢がある。

 何しろ今はまだ昼前。

 どこに向かおうとも色々な場所を回る時間は十分にある。

 今私はまさに“異界”への入り口に立っている。


「…さて、これからどこに向かおうか…」


 私は軽やかな足取りで石段を駆け下りていくのだった。

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