全力小学校文化祭 全力門事件

ババトーク

全力小学校文化祭 全力門事件

 県立全力小学校校歌


 全力平野に日はのぼり 全力川の水清く

 全力湾を埋め立てて その地に建てた我が母校


 学びの道を全力疾走 壊れたブレーキ引きちぎり

 隘路悪路も全速前進 全力だけが燃料だ


 我らの学び舎 よじ登り(全力で)

 掲げよ我らの 錦旗(全力で)


 ああ 全力 全力 全力で

 絶てよ退路を 全力の子


 全力ヶ浦に日は沈み 全力の杜の野は薫る

 全力山を切り崩し その土に建てた我が母校


 学びの丘を全力疾走 うなれエンジン、最高馬力フルスロットル

 艱難辛苦に全身全霊 掴めハンドル全力で


 我らの学び舎 燃え盛り(全力で)

 消すな炎の 錦旗(全力で)

 

 ああ 全力 全力 全力で

 燃え尽きもせず 全力の子


 *


 県立全力小学校は、そこで学ぶ生徒も教える先生も、何なら地域住民の皆さんも、みんなみんな全力で学業に取り組んでいる学校だ。


 朝礼では毎回、上記の校歌を歌っている。もちろんみんな全力で歌う。生徒の2割、先生の6割が喉をつぶす。全力で歌った後に校長先生のお話があるのだけど、もちろん校長先生も喉が潰れている。何を話しているのかわからない。でも、全校生徒の前で、全力で何かを訴えかけようとしている校長先生のその情熱こそが、みんなに伝えたいことなんだ。全力を出すと声がガラガラになって喉が耐えられないんだ。


 全力小学校の授業風景も知りたいよね。

 チャイムとともに授業は普通に始まる。先生が質問すると、生徒は全力で返事をしてみんな挙手する。全力なので両手で挙手する。

 間違っているとか、問題が分からないとかは大した問題じゃない。全力で物事に取り組むことが大事なんだ。全力で間違えて、全力で赤面しよう!


 体育の授業も音楽の授業も全力だ。一日の授業を乗り越えた頃には、さすがにみんなヘトヘトだ。みんな疲れを知らない、有り余るパワーの持ち主だけど、「全力で燃料を使い尽くせ」がこの学校のモットー。だから、放課後になると全力を出し切った生徒は眠たそうだし、先生は抜け殻だ。ポイントは、全力を出し尽くすのは、決まった時間内に限るということだ。100パーセントの全力は出し切るけど、120パーセントの力までは求めない。それは命や休息を削っているからだ。全力を尽くすためには休息が絶対に必要だ。全力小学校は精神論、根性論を良しとしない。何故ならそれは全力で管理していないことの現れだからだ。全力小学校では、遵法精神に基づきつつ、科学的、医学的な見地からの学校運営を全力で行っている。


 *


 ある年。黄金週間が過ぎた頃の春。全力小学校では恒例の文化祭が開催された。


 全力小学校の文化祭では、全力PTA(ZPTA)の協力のもと、普通にチープなクレープだとか、割りばし鉄砲とかが販売されている。チープさと全力は矛盾しない。展示品も、風景画とか、リース飾りとか、多少凝った折り紙とか、そういうのだ。全力でそういうのを作っている。体育館では、演劇の桃太郎とか、創作ダンスとかが全力で披露されている。考えて欲しい、全力で演じても桃太郎は桃太郎だ。ダンスはダンスだ。喉はガラガラだけど、みんなが全力で頑張っている普通の小学校の文化祭だ。

 

 その年の文化祭も、小学生の全力を愛でるような催しで賑わうはずだった。


 でも、そうはならなかった。全力とは何かが、その日、試された。


 *


 文化祭当日の朝。3年4組の全力の展示物が早速みんなの注目を浴びていた。

 3年4組の展示物は、校門前に建てられる文化祭用の門(全力門)だ。例年であれば高さは2~3メートル、構造部分を段ボールで作り、色紙や絵具で彩色する。全力で作っても、小学生ならこんなものだ。全力にも限界がある。これは大事なことだ。


 でも、その年は違った。全力が小学生のクオリティを突き抜けていた。


 それは、過去に作られたすべての全力門を一笑に付すような出来栄えだった。

 その全力門は金属製であり、構造部分の鉄骨には緻密な溶接が施されていた。外観は凱旋門のよう。「全力文化祭」の文字はギラギラした電光掲示板となっており、とりわけ、「全力」の二文字がぴかぴかと輝いていた。高さは5メートル。上部のスピーカーからは、4組の学級代表のA君が、「全力文化祭へようこそ!」と、ガラガラの全力な声で、10秒おきにリピートしているのが聞こえた。


「見ろよ。4組のやつら、いつの間にこんな全力門を作ったんだ?」

「昨日の帰りにはなかったよねえ。全力で据え付けたのかなあ」

「あいつら、全力文化祭の準備、全然してなかったのに!」

「だるまさんがぜんりょくでころんだとかして遊んでたよな?」


 3年3組の僕たちは、こんな会話をしながら全力門をくぐって登校した。遠くから見ても、下から見上げても、それは実に全力な造形だった。僕は憤然として言った。


「これじゃあ、全身全霊賞が4組に取られちゃうな。僕ら、全力で頑張ったのに」


 文化祭では、閉会式に、すべての催事の中から一つだけ、一番全力だったクラスに「全身全霊賞」というものが与えられる。全力な、名誉ある賞だ。

 僕たち3組は、全力お化け屋敷をオープンする予定だった。毎年、高い評価を得ている全力小学校文化祭の名物企画だ。お客さんを怖がらせるのではなく、その全力っぷりで驚かせるのがこの企画のコンセプトだ。きっと今日も、「えっ、そんなに全力で叫んで大丈夫?声ガラガラよ?」「わっ、何でお化け役が汗だくなの?全力だから?」というお客さんのびっくりした声が、全力のガラガラ声とともに教室に響き渡ることだろう。全力だから汗をかき、汗の中にこそ青春があるのだ。

 昨年も、その前も、全力お化け屋敷を開いた先輩たちが「全身全霊賞」に選ばれていた。今年だって、僕たちが受賞するはずだったのだ。あの全力門さえなければ!


 全力門を抜けた先では、4組の生徒が集まって、門をくぐる生徒たちを眺めていた。その誇らしげな様子は、彼らが全力でこの門を作ったことを示唆していた。


 この全力門がどうやって作られたのか。それが気になった。


 僕は、4組の生徒たちにそれとなく聞いてみた。「どうやってこんな全力門を一日で作ったの?」誇らしげな態度とは裏腹に、彼らは全力で沈黙を貫いた。不自然だ。あんなに凄いものを全力で作ったのなら、自慢して然るべきだ。しかし、彼らの素振りはそうではなかった。全力で僕にそっぽを向いた。


 そもそも、あれはどう考えても小学生の作品ではなかった。だって溶接だよ?全力小学校は、全力だけど、子供に分不相応なこと、危険なことはやらせないのだ。だからあの作品はおかしい。全力小学校といえども、それは明らかにおかしいのだ。


 僕は、全力門をくぐる先生方が、その門の出来栄えに感心しつつも、躊躇しているのを見逃さなかった。先生方は、校庭で、腕を組み、輪になって、全力門を指さしつつ、困り顔で相談をしていた。でも、全力門を撤去することはしなかった。

 あの全力門は、全力小学校的にはグレーな代物なのだ。

 

 僕は、4組のA君の自信満々な顔を見た。A君は、同学年では全力で有名だ。つまり優等生だ。僕は、登校してから5分で、全力門の秘密が分かったような気がした。


 *


 僕と同じ考えの生徒がいたようだ。4組の前には人だかりができていた。全力で催事に挑む僕たちは、あの全力門の完成度の異様な高さ、高すぎるそれに、それはもう一言、全力で言ってやらなければ気が済まないのだった。


「お前らがあの全力門を作ったわけじゃないだろう!」


上級生の男の子が全力でそう吠えた。4組の生徒は押し黙る。


「あれは、A君のご両親が作ったんだよね。A君が全力でお願いして」


4組の生徒と上級生の間に立ち、僕は一触即発の雰囲気をごまかすように、全力でおどけてそう言った。A君が、利発そうな顔を出した。彼は、全力門のスピーカーから聞こえたあの声で、僕の全力の推理を肯定した。


「そうだよ。僕が全力でお父さんにお願いしたのさ。あの門を作って、設置してってね。そりゃあもう、全力でね」

「全力でお願いしたから、先生たちは何も言えないんだね」

「そうだよ。全力で作ってはないけど、全力でお願いはしたからね」


A君は力強い視線を上級生に向けてそう言い放った。その全力の主張に、威勢が強かった上級生も思わず後ずさりして、「全力でお願いって、何」と、小声で言った。


「家族に対して全力にお願いって、それは本当に全力なのかな?」


人ごみの中で誰かがそう言った。みんなは顔を見合わせた。全力小学校イズムとしては、それは全力とは言えないのではないかと、子供ながらにそう感じた。しかし。


「先生たちは、今のところ全力門を認めざるを得ないんじゃないか。つまり、A君のお願いは本当に全力なんだ」


僕はそう言った。A君は、我が意を得たり、と、全力でにっと笑った。


 僕が気になっていたのは、全力門の創作レベルの高さではなかった。あんなのは大人が作っているに決まっている。僕が気になったのは、先生たちが全力門を黙認していることだ。あれを作るには子供が大人にお願いするしかない。全力があるとすれば、そのお願いの中身だ。何かすごい強い条件を設けて、全力でお願いをしたのだと僕は考えた。僕たちは話を続けた。A君は、全力の全貌を教えてくれた。


「A君のウチは、建設業か何かなの? ご両親は全力小学校のOBだったりする?」

「ウチはゼネコンだよ。全力小学校の近所に事務所がある。お父さんがOBなんだ」

「ゼネコン? 全力、ネ、コン?」

「大きい建設業者のことだよ。全力のゼじゃないよ」

「それで、A君は、お父さんに全力門を作ってくれってお願いしたんだ」

「そうだよ。全力でお願いしたのさ」

「そうか。きっと、お父さんの会社を絶対に継ぐから、全力門を作ってとか、そういう約束をしたんじゃないかな、全力で」


 生徒たちはおおっと声を上げた。それは驚きというより、A君の全力っぷりに感心した声だった。小学校の文化祭ごときで自分の人生を担保にするなんて、全力だ。


「僕は三男坊だから、会社を継ぐ必要はないよ。そんな気もないしね。全力違いだ」

「あれれ、そうなんだ。じゃあ何が全力のお願いだったの」

「僕はね」A君は背筋を伸ばしてこう言った。「門を作ってくれたら、全力で東京大学に現役合格するってお父さんに約束したんだ。これが全力のお願いだよ」


 生徒たちはどよめいた。今度のそれは悲鳴のようでもあった。全力小学生と言えども、僕たちはまだ小学生だ。文化祭ごときでそこまで困難な、全力を要する約束をするものか。いや、全力を要するからいいのか?逆に?


「そんなのって許されるの?それも全力なの?」

「自分が今できることを全力でやるのが全力小学校の全力イズムじゃないのか!?」

「今できることの中に、将来の約束を入れてもいいの?全力違いじゃない!?」

「口で約束しただけで全力なの?それって違くない?」

「せめて一か月お手伝い全力で頑張るとかにしない!?」


 どよめく生徒たちの最前線、A君を前にして僕は、その全力っぷりに震えていた。

 異論はあるだろう。でも、これこそが、全力ではないか。全力という言葉を見たり聞いたりし過ぎたせいで、最近は全力のゲシュタルト崩壊が起こっていたほどだった。まるで、一行ごとに全力の文字を読まされて、脳みそが狂うかと思ったが、忘れかけていた。これこそ真の全力じゃあないか!


 僕はA君に右手を差し出していた。A君は、黙ってその手を全力で握り返した。


「痛い痛い痛い痛い!全力は痛い!」


 僕は全力でそう叫んだ。みんなは大声で笑った。


 *


 ちなみに全身全霊賞は、6年1組のクレープ屋さんが受賞した。以前から、全力で、この日のために、イチゴとベリーを学校の花壇で育てていたのだ。全力門は凄いけど、それはそれとして、3年4組の大半は何もしていないよね。全力なのはA君だけだったよね。それって全力じゃないよね。

 あと、やっぱり、将来を担保にして、何かを大人にやらせるのは、全力云々じゃなくて、教育上駄目だよね。全力小学校というより、小学校として看過できないよね。

 つまり、未来の成果のため、日々全力を尽くすのはいい。日々イチゴを育てて、文化祭でそれを使って全力でもてなすのは、いい。でも、目の前の成果のために、未来を後払いして、それを全力って言うのは違うよね、ということらしい。

 全力とは一体……


 *


 A君の後日談。彼は約束とおり全力で東大に現役合格、卒業後は海外の大学に学び、今は全力で火星に住居スペースを作る研究をしている。

 全力だけが燃料で、その燃料だけで人生はそんなとこまで進むものなんだ。


 そして、僕とA君は、あの日からずっと親友だ。僕も学者の端くれとして、全力で自分の成すべきことに取り組んでいる。近いうちに、僕が全力で書き上げた650ページの大著、『全力とは何か』という本が発売されるから、みんなよろしくね。

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