52.第二の試練 そのに
「っ!? おうっ!」
これまた言うなら電光石火。盾を拾ったラニくんが、あっという間に最前列へ。
「銀一さんっ! こっちです!」
「わ、わふっ!?」
ハルナさまの行動も早い。彼女は俺へと駆け寄って、抱き上げながらリルさんの後ろへと隠れていた。
「わ、わわ、わふんっ!?(な、なにが、なんでっ!?)」
驚いている俺を尻目に、子犬たちはさっと後ろへと駆けていく。その指示を出し、最前列を固めているのは、神の座からの英雄さんたち。彼らはきゅっと尻尾を下げて、警戒しながら前を見ている。
視線の先には大きな扉。試練をクリアすれば開く、そう思っていたんだけれど。
「……ッ!?」
まるでなにかがぶつかったような、大きく不快なにぶい音。何度もそれが響くたび、扉がきしんでズレていく。
「迷宮の奥から、無理矢理この部屋に入ってこようと……? いったいなにが……?」
「わかりませんが、先生は前に出ないでください」
「おれとリルでなんとかしますから……って、うおおおっ!?」
ついに扉が破られて、なにかが部屋に入ってきた。
それは突撃という勢いのままに、ラニくんへと体当たりをするけれど。
「団長の突撃のほうが……重いなあ……ッ!」
盾をかまえたラニくんは、それを受けてもビクともしない。そのまま盾で押し返し、弾き飛ばしてしまったくらいだ。
「ガウ……ギャウッ!!!」
そうして地面に転がったのは、大柄な猿のような獣。奇声を上げ、跳ね起きたそれは、体中に魔力の紋様をほとばしらせた魔獣だった。
「なんだこいつ!? こんな化け物、どの迷宮でも見たことないぞ!?」
「キアアっ!」
長い両腕を振り回し、ラニくんを襲う猿の魔獣。絶え間ない連打を、しなる打撃を何度もうけて、彼の構えが崩されていく。
「重いし速いしめんどくせえ! おいリル、まだかよ!」
「先生っ、これをお願いします!」
「……っ! わかりました!」
ハルナさまへと渡されたのは、手のひらサイズのちいさな魔石。それを受け取ったハルナさまは、俺を片手に抱き直しながら、魔石を地面に叩きつけて。
「わ、ふふふっ!?(ま、まぶしいっ!?)」
強い光を発したそれから、思わず顔をそむけてしまう。目を閉じようとしたその瞬間、ちらりと見えたのは黄金の弓を構えるリルさんの姿で。
「――――ギャワッ!? ガッ、ガガガッ……」
衝撃音と叫び声に、おそるおそる目を開ける。猿の魔獣は倒れていて、その体には何本もの光の矢が突き刺さっていた。
「……魔力の紋様も消えかかってるし、倒せたみたいだな。でも、なんなんだよこいつ。この部屋の試練は戦闘じゃなかったはずだろ?」
「あっさり終わったのも気になるわね。『陽光の要素』の魔石を使ったとはいえ、陽の光の届かない場所では威力が落ちるはずなのに」
構えを解き、弓をバングルへと戻しながら、倒れた魔獣に近づくリルさん。ハルナさまとラニくんも、それに続いて魔獣を囲む。
倒れ伏した魔獣の目からは、命の光を感じない。ぐったりとしたその体が、動くことはもうないんだろう。
「これは……切り傷、でしょうか。ここに来るまでに、かなりの傷を負っていたように見えますね」
「よっと……うわ、背中のほうはバッサリですね。深いし広いし、剣の傷じゃありませんよ、これ」
「必死に扉を叩いていたのは、部屋に入ろうとしていたわけではなくて……いえ、結果としてはそうなのでしょうが、『なにか』から逃げ出した結果、ここに……?」
「魔獣同士の仲間割れ……? そもそも、
魔獣の死体を囲みながらも、平気で話しているみんな。俺はといえばちょっとその……見た目もにおいもけっこうキツくて……
なんとかそれを見ないようにと、視線を遠くへさまよわせていたら。
こじ開けられた扉の奥で、小柄な影が動くのが見えた。
道の先は暗くて、人影であること以外はわからなかったけれど。
そのシルエットは、どこかハルナさまに。
――元宮に、似ていて。
「あっ、銀一さんっ!?」
「ダメですって! 奥にはなにがいるかわからないんですから!」
飛び出そうとした俺の体を、ラニくんの大きな手がはばむ。わんわんと声を上げるけど、この部屋じゃ意志が通じない。
「――すこしお時間よろしいでしょうか。こちらの不手際で申し訳ないのですが、皆さまにはここで待機をと、神からの言葉を預かっております」
ばたばたともがいていた俺に、かけられたのはそんな声。この場の誰のものでもない、落ち着いた老紳士の声だ。
「お察しの通り、この部屋のポメラニアンの中には神からの使者が混じっておりまして。
足下に駆け寄ってきた子犬たち、その中の一匹が立ち、人間らしい礼をする。声と体のそのギャップに、どうにも言葉が出てこない。
「は、はあ……ええと、こちらこそ。それにしても、なんだったんですか、こいつは」
「本来は出てくるはずのない異形、でしょうか。申し訳ございませんが、それ以上の答えを私は持ち合わせておりません」
「こじ開けられた扉からして、ここにいるべきものでは……この部屋の試練とは関係のないものだったと?」
「その通りでございます。扉はすぐにでも修復されますので、ご安心ください」
そう言い切らないうちに、壊れた扉が明るい光に包まれていく。その輝きにはばまれて、奥が見通せなくなって。
「わ、わわん!? わふ、わふふっ!?(あ、あの奥にいた人は!? 誰か、誰かがいましたよね!?)」
「…………?」
あっ言葉通じてない。犬なのは外見だけなのか、この人って。
「そうですね、先に本来の試練を終えてしまいましょう。いま抱いている子犬が琴吹銀一だと、それで間違いないのでしょうか?」
「はい、そうです。ここにいる彼が、銀一さんで間違いありません」
たかいたかいをするように、俺を掲げるハルナさま。正解だと告げるみたいに、降りてきたのは光の球――試練を突破した証だ。
「また勝手に胸の中に……って、喋れるようになってる!? ハルナさま、俺の言葉がわかりますか!?」
「ええ、はっきりと。心細かったでしょう、がんばりましたね」
「というか先生、迷わずギンチチさんを拾い上げに行きましたよね。もしかして、最初からわかってたんですか?」
「そう言ってくれれば、すぐに試練を終えられたのに」
「え、ええと……それはその……」
なんだかばつがわるそうに、視線をそらすハルナさま。それでも俺たち三人に、じいっと見つめられていれば。
「……はい、すみません。違うとはわかっていても、みんな本当にそっくりでしたから。たくさんの銀一さんに囲まれてるみたいで、なんだか幸せになってしまって。この場から離れたくなかったんです」
白状、という感じで、顔を真っ赤にしてしまう。その気持ちは嬉しいけど……どうやって……?
「おれにはまったく同じに見えますけど……例えば、いま足下にじゃれついてるこいつは?」
「目の大きさが違いますね。銀一さんのお目々は、この子より丸くて大きいんですよ」
「じゃあ……この子は?」
「お鼻が違うじゃないですか。ほんのりピンクがかっているのが銀一さんですよ」
「えっと、こいつは」
「まゆ毛の形が違いますねえ。銀一さんは2ミリほど縦に長いです」
「この子とこの子とギンチチさんなら?」
「この子は体重が20グラムほど軽いですし、この子はおひげの数が違いますが……」
さも当然と言わんばかりに、ハルナさまが指摘する。俺にもぜんぜんわからないけど、そう言うのならそうなんでしょうね……さすがだなあ……
「こいつじゃなかったかー。俺もまだまだですね」
「コーン!」
「だからそれはたぬき! たぬき……たぬきですよね?」
「それは我々の――神の使いではありませんから、私からはなんとも」
なにそれこわい。どうしてここにいるのこの子なにものなの。
「……おっと、修正が終わったようです。どうぞ先へとお進みください」
元に戻った扉が開き、先へ進めと促してくる。子犬たちも光に包まれ、いまにもふわりと消えちゃいそうだ。
「そ、そうだ! あの奥に誰かいましたよね!? 俺たち以外にも、この迷宮に挑戦してる人がいるんですか!?」
「その答えを申し上げるのは、神から禁じられております。迷宮を突破したのなら、おのずとわかることでしょう」
「例の人影が見えたんですか?」
「私は気がつきませんでしたが、ハルナ先生は?」
「魔獣に気を取られていましたから、すみません」
「ほとんど一本道ですし、誰かがいるなら会えますよ、ぜったい」
「……そう、だね。ありがとう、ラニくん」
今すぐ駆け出したいくらい、あの人影は気になるけれど。
「ここからは、もう少し慎重になりましょう。やっぱりこの迷宮は、ただの青級じゃないようですから」
リルさんのこの言葉通り、気を引き締めて進まなきゃ。
そうして。神の世界へと帰っていった子犬たちを見送ったあとで、俺たちは次の門をくぐる。
気になることも多くある、妙な試練ではあったけど。
第二の試練……突破!
※ ※ ※
「ちなみになんだけど、前に来たときと同じ試練って言ってたよね? いぬを見分ける試練だったの? それか、騎士団で飼ってる
「そうじゃなくて、ラニが増えました」
「ラニくんが」
「ちょっとずつ違うラニが、部屋いっぱいに。思い出したくもない地獄でしたね……」
「そういえば、お前も一発でおれってわかってくれたよな。鏡を見てるみたいだったのに」
「……っ! それはその、たまたまよ! たまたま!!!」
両片想いのふたり、異世界転生にて再会。でも俺だけもふもふ。 くろばね @holiday8823
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。両片想いのふたり、異世界転生にて再会。でも俺だけもふもふ。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます