51.第二の試練、そのいち

 わんわんきゃんきゃんくぅんくーんと、かわいい鳴き声が吹き荒れる。あたりを見ればまるまるもふもふ、数十匹はいようかという、小型犬たちのパラダイスだ。

 そう、ここは第二の試練。かまって、遊んでと向かってくる子犬たちの誘惑を断ち切り、先へと進む血も涙もない非情な試練――


 ――ではなく。


「わ、わふっ! わんわわ、わんっ!(こ、こっちです! ここにいるのが俺なんです!)」


 その中に放り込まれたあげく、祝福の使用を禁止された――つまりはただの犬にされた俺を捜し当てるという、なんとも趣味の悪い試練だったのである……!


 広々としたこの部屋にいるのは、ポメラニアンの子犬たち。元気に駆け回る子、警戒して動かない子、我関せずでお昼寝する子……性格はそれぞれだけど、体つきや毛並みの色は、みんながみんな俺にそっくり。俺自身でも区別ができず、鏡を見ているような気分だ。


「これはまた、難しい試練ですねえ。銀一さーん! 私のところまで来られますかー!?」

「わっふ!? わんっ、わふわふ!(わかりますよね!? これが俺です、俺なんです!)」

「わふわふ!」「わう!」「きゃんきゃん!」「わっふ!」「どっふっ!?」


 神様によくしつけられているんだろう。ハルナさまへと駆け寄ろうものなら、子犬たちも負けじと走り出し、すぐに俺をはじき出してしまう。祝福を使えないからか、彼らと話すこともできない。


 とはいえそこは犬と犬。においとしぐさでなんとなく、考えは伝わってくるんだけど。


 その内容はなんというか「おしごと!」「がんばる!」「ママかな!」「パパかも!」「あそんで!」「ごはん!」「だっこ!」「ねむいね!」「たのしい!」みたいな、幼児感あふれるそれである。こうなれば強く出ることもできず……かわいいねえ……(ほっこり)(している場合ではない)(これでも迷宮の試練である)。


「いっぱい寄ってきましたけど……この中から見分けるのか……」

「すみません、おやつは持っていませんし、今は遊んであげることもできないんですよ」


 ハルナさまはお優しいので、足止めしようと駆け寄ってくる子犬たちを無下にはしない。じゃれつく彼らを払いのけることもできず、困った笑顔で優しく彼らを撫でている。


「ギンチチさんには悪いけど、見分けろって言われてもなあ。前の試練と同じなら、チャンスは一人一回だよな……すごく似てるしこいつか……?」


 足下の一匹を抱き上げながら、難しい顔で悩むラニくん。いやきみね、その子だけ明らかにポメラニアンじゃないからね。とがった鼻にしましま尻尾、どう見てもたぬきだからねそれ。なんでたぬきがここにいるのばかにしてるの。


「リルはどう思う? 体の大きさとか模様とか、よく見れば微妙に違うんだけどさ」

「そうね……うん、わかったわ。考えるまでもない、簡単なことよ」

「! わんわんっ! わふ!(やった! さすがリルさん!)」


 真剣な顔をしたリルさんが、ビシっと俺に視線を合わせる。さすがは頼れる隊長さん、臨時隊員の俺のことも、しっかり覚えてくれていて……あれ?

 そう思っていたんだけど、彼女は俺を通りすぎ、なにを思ったか部屋の中心に寝転んで。


「楽園はここにあったのね……私はもう……ここで暮らすことに決めたわ……わんわん……もふもふ……ふかふか……」


 へにゃあ、と表情を崩しながら、集まってくる子犬の、毛玉の海へとその体を埋めていった。


「あいつはもうダメですね。うーん、どうします?」

「言葉が話せなくなったとはいえ、銀一さんは人間なんです。子犬のみなさんとは違う、知性を持った、この中で最も賢いひとり……それが証明になるのではないでしょうか」

「なるほどたしかに。じゃあええと……おすわり!」


 たぬきを地面に下ろしたラニくんが、部屋中に響く声で叫ぶ。えっえっ、賢さの判定それなの? もう少しなにかあるでしょ?

 そんなことを思いながらも、反射でおすわりをしている俺。ピンと伸びたこの背筋、そこらの犬にはできませんよ……! だから早く俺を見つけて……!


 そう、自信満々で彼らを見上げた俺だけど。


「あらあらまあまあ、みなさん一斉にお座りをして。とっても賢く、かわいくしつけられていますねえ」


 一糸乱れぬ、といわんばかりに、子犬のみんなもピタッとおすわり。次の指示はなんですかと、表情がそう言っている。これは俺も……負けていられない……!


「ふせ!」「たて!」「おまわり!」「止まれ……からのー、バーン!」


 ラニくんの声に合わせて、子犬と俺が一斉にごろん。これは撃たれた……この顔……迫真の演技……ほかの犬にはできない顔のはず……


「かけ声が慣れていますけど、もしかしてラニくんも犬を飼って?」

「そうじゃないんですけど、騎士団で育ててる流水狼フロウテイルの訓練所によく行くんですよ。最初は暇つぶしだったんですけど、ついついハマっちゃって」

「一緒に行けばリルちゃんが喜ぶからですよね? あの子は昔から、ふわふわした動物が大好きですから」

「あいつのためとかじゃないですって。大きくて格好いいじゃないですか、流水狼って」

「ふふ、そういうことにしておきますね」


 ……ぜんぜん見てないな!? 仮にも迷宮の中で和まないでくれません!?


「それより見分ける方法ですよ。どうしましょう、計算とかさせてみますか?」

「この様子だとあまり意味がない気がしますねえ。みなさーん、3から2をひいたらいくつになりますかー?」

「「「「「わん!」」」」

「2かける1はー?」

「「「「「わんわんっ!」」」」」

「4ひく4はー?」

「「「「「………………(いっせいにだまる子犬たち)」」」」」

「『( 0.27×1/4+0.37×1/4)÷0.25』はー?」

「「「「わんっ!」」」」


 待って最後のやつわからない。本当に答えは1なの……? みんなかしこすぎない……? というかよくよく周りを見れば、子犬たちに指示を出してるひとがいる……?

 そう思って観察すれば、知性にあふれた顔つきをした、凜々しい子たちが何人か。フォルムは子犬なんだけど、雰囲気は大二郎さんたちにも似て……あっもしかしてこれ、子犬のふりしたお目付役――神の座からの英雄さんでは?


 ためしにとお辞儀をしてみれば、礼儀ただしく返してくれる。間違いないなこれ、中に人が入ってるやつだ。

 ハルナさまに近づかせまいと、とても的確にブロックしてくる彼ら。仕事なのですみませんねえと、伝わるのはそんな感情だ。


「こうなったらもう、外見で判断するしかないですね。おれとしてはこいつだと思ってるんですが……」

「コーン」


 ラニくんに抱き上げられ、嬉しそうな声で鳴くたぬき……たぬき? その鳴き声、たぬきか?


「まずは男の子か女の子かを確認しましょうか。次にお口の中を見て、歯が抜けている子を選びましょう。すみませんが、判別はラニくんにお願いしますね」

「ふたりでやったほうが早くないですか?」

「それはその……銀一さんは男の人ですから……人間と違って、顔を見ただけで性別を見分けるのは難しいですし……」


 てれてれと頬を赤くして、視線をさまよわせるハルナさまだけれど。


「普段からお尻の穴まで丸出しなギンチチさんですよ? 今さらなに言ってるんですか」

「わふっ!? わわん!? わんっ!?(丸出し!? 出してませんが!? 見えちゃってるだけですが!?)」


 冷静な突っ込みを入れられて、思わず声を上げてしまう。考えないようにしてたのに……今度からマナーパンツ履こうかな……

 そんな俺の葛藤も気にせず、次々と子犬を確認していくラニくん。とはいえ相手は元気な子犬、抱いたはしから暴れて走って、見分けるどころじゃないみたい。


「リルも手伝ってくれよ! 動物をなでて大人しくさせるの、お前の得意技だろ!?」

「見分けるなんてできない……もふもふは等しく尊いの……人間ごときが区別していい存在ではないの……すはー……すはー……」


 そんな彼女は寝転んだまま、甘え寄ってくる子犬たちを揉んだり吸ったり、キまった目つきで存分に堪能している。アレに近づかない理性を保っていることこそが人間の証なんじゃないですかね……だから気づいて……俺はここにいますよ……


 そんなふうに考えながら、なんとか気づいてもらおうとしていたら。


「……ん? どうした、急に立ち上がって」

「………………」


 すっくと立ち上がったリルさんが、鋭い目つきでラニくんを見て。


「……正面! 敵襲!」


 稲妻みたいに厳しい声が、部屋いっぱいに鳴り響いた。

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