50.第一の試練 そのさん

 ピン! とアイデアが浮かんできて、すぐに四本足で駆け出す。足下のブロックと同じくらい、俺の抱えられる重さと大きさの石がまだどこかに……よし、あった!

 それを抱えて胸に抱く。石は狙い通り、ズブズブと俺の胸毛に――収納空間にしまい込まれていく。スキル『収納【胸毛】』の効果である。

 足場にしていたブロックも、同じくしまって準備完了。少し下がって助走をつけて……ジャーンプ! からのー!


「……はぐっ!」


 がきん! と鎖をしっかり噛んで、口の力でぶら下がる。口も首もつらいけど、我慢しながら胸に手をやり……まずは石を出して……!


「はぐぐ……ふぐぐ……」


 それが胸毛から飛び出たとたん、がたん、とちいさな手応えがあった。だけど扉は動かない。だめだ、もう少し力が……重さが……!


「ふんぬっ! ぬぬぬ……!」


 ゆっくりと石を下ろしていき、股のあたりに押しつける。そのまま膝で石を挟んで……空いた前足でブロックを出して……!


「んぎぎ……はぐ……わふう……!」


 前足でブロックを抱えながら、股の間にも石を挟む。これが今の俺の全力……たのむ……これで足りてくれ……!


「……! わぐ、わふんっ!?」


 なにか機構が動いたような、がちん! と強い音が鳴る。それと同時に歯が滑って、俺は尻もちをついたけど。




 てれれれーん!




 と、間違いなく前世で聞いたことのある、なんだかごまだれを舐めたくなるような音が鳴り。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。




 そんな重たい音とともに、細かく震えていく扉は。


「はがが……やった……って、そっちに上がっていくの!?」


 そのまま上へ上へと――お店のシャッターみたいな感じで開いていった。


 なんだか気が抜けてしまって、尻もちをついたまま、扉が開いていくのをながめる。奥にみんなの姿が見えて、ほっと安心するけれど。


「……は?」


 ちょうど俺の真正面には、地面につくほど大きな大きな弓を構えたラニくん。まぶしく光る矢をつがえた彼は、まさにそれを放つ直前といった様子で――


「やめ……ほんぎゃあああああああああああっ!!!?」


 ストップ! と叫ぶ間もなく、引き絞った矢が放たれる。頭の上をぶっ飛んでいったそれは、そのまま通路の奥へ奥へと進み、どこかに当たって大きな音を立てていた。


「ぎ、ギンチチさん!? 大丈夫でしたか!?」

「あばばばば……あたま……あたまのけが……ちりってけずれた……」


 思わず頭を抱えたまま、ぶざまにひっくり返る俺。お腹もお尻も丸出しだけど、腰を抜かして動けない。


「すみません……ギンチチさんが戻ってこないから、もう扉を壊すしかないなって。タイミング良く開くだなんて、まさか思ってもいなかったんです」

「ハゲた……これはぜったいにハゲた……」

「大丈夫ですよ。禿げてなんかいない、かわいいお顔の銀一さんのままです。泥だらけではありますけれど、たくさん頑張ったんですねえ」


 あわてて駆け寄ってくれたあと、ひょい、と俺を抱き上げて、胸元に寄せるハルナさま。ハンカチで泥をぬぐいながら、優しくふんわり笑ってくれる。


「でも、迷宮での勝手な行動は、めっ、ですよ。危ない目に遭うどころか、命を失うこともあるんですからね」

「はひ……重々承知しました……こわい……弓矢こわい……」


 そういう意味ではないんだと、ハルナさまも苦笑い。いやいや、これはトラウマになりますよ……ラニくんには悪いけど、彼には当分近寄りたくないです……

 そんなふうに震えていたら、ぽわん、と明かりが降ってきた。野球ボールくらいの光の球が、俺の鼻先でピタリと止まり。


「あ、それが試練突破の証です。集めれば最後の鍵になるので、なくさず持っていてください。というか、どうやって扉を開けたんですか? やっぱり鎖を引っ張って?」

「ふぇい……そうなんだけど、詳しいことはあとでね……」


 ラニくんの声を避けるみたいに、顔をそむけて腕を伸ばす。ほんのりあたたかな光の球は、なにもせずとも俺の胸毛へと吸い込まれていった。


「それじゃあ、先に進みましょう。見覚えのある景色だけれど、当然油断は禁物だから」

「はいはい、俺が前に出るよ。お前はハルナ先生の後ろな?」

「あ……少しだけ待ってもらえませんか? 銀一さんのお口がちょっと」

「はひ? 俺の口がなんですか?」


 アゴがだるくて喋りにくいけど、それは無茶をしたからだろう。なんだか痛む気もするし、口の中が切れちゃったかなあ。

 んー、と口元を覗きながら、指を当ててくるハルナさま。ぐいっとくちびるをめくられて、はががと思わず抵抗すれば。


「やっぱり。前歯がなくなっちゃっていますね」

「ほがが……ふえ、そんな……いくら鎖を噛んだからって、まさか折れちゃうだなんて……もしかして虫歯が……」

「そうではなくて、きれいに抜けているんですよ。新しい歯も見えていますし、頑張って試練を突破した、神様からのご褒美なのかもしれませんね」


 地面にしゃがんだハルナさまが、きょろきょろ見回すこと数秒。つまんで見せてくれたのは、確かに俺のちいさな前歯だ。


「どれどれ……ほんとだ、前歯がないですね。まぬけさが増していい感じですよ、ギンチチさん!」

「それは褒めているつもりなの……? でもたしかに……かわいいかも……」


 豪快に笑うラニくんと、へにゃりと表情を崩すリルさん。いやあの、抜けた本人はけっこうショックなんですけどね……? 前歯がぜんぶなくなっちゃうと、どうしてもアホな顔になるので……


 そんなこんなで、大事なものを失いつつも。

 第一の試練……突破!

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