肝試し その2

「なぜ、妾たちが下見に駆り出されておるのじゃ」


 大学のバカどもが肝試しするという廃墟を見上げていた鮫島は後ろから聞こえた不満たっぷりの声に「あ?」と柄悪く返事をした。

 振り返れば鮫島よりもでかい図体のくせに無様に震えている桜庭と、その背後に隠れて震えているくせに一丁前に文句を言っている桜花の姿がある。


「仕方ねえだろ。五条さんは忙しいんだよ。俺だって本当は五条さんと来たかった。お前らなんて足手まといでしか無い」

「じゃあ、来なければ良いじゃろうが!!」

「てめぇら、自分の仕事忘れたのか!! 俺と違ってバイトじゃねえんだから、キッチリしやがれ社会人とそのおまけ!」


 鮫島の一喝が聞いたのか桜庭の背筋が一瞬伸びた。しかしすぐに吹き抜ける風におびえて縮こまる。見た目は強面なのにどうしたらこんな気弱な人間が出来上がるのだろうかと鮫島は神妙な顔で桜庭を見つめた。桜庭の方は恐怖のあまり鮫島の視線に気づいていない。


「お前らだって知ってんだろ。巡回は最低二人。一人で出歩いてケガレにうっかり遭遇して取り憑かれましたなんて洒落になんねえんだよ」


 ケガレは場所や小型の小動物に取り憑くが、成長すると人間にも取り憑くようになる。成長すればするほど知能があがるため、隠れるのもうまくなる。

 霊感持ちはケガレにとって餌。ケガレへの対抗手段を持つ霊能力者も不意打ちで取り憑くことが出来れば餌。しかも、そこらへんの一般人よりも栄養価が高いため、学習したケガレが霊能力者ばかり狙った事例もある。夜になったらケガレを退治するべく、自ら夜の街を徘徊しているわけだから探さなくて良いというのもケガレにとってはポイントだったらしい。


 その事例が起こったのは霊能力者が単独行動をしていた時代だった。今のように組織立っておらず、個人が個人から依頼を受けて活動していたために、知らぬ間に霊能力者がたくさん取り憑かれて大惨事になったと記録されている。


 過去の失敗から学んで対策課は最低でも二人一組で行動することを義務づけた。これによって一人の様子がおかしくなってももう一人が対応出来るし、ケガレに不意打ちを食らうリスクも大幅に減ったと言われている。


「じゃが、そなたが言う通り、新人に毛が生えたような妾たちよりも瑞希の方が適任じゃろ」

「自分で新人に毛が生えたとかいってんじゃねえよ」


 普段は自信満々で生意気なのにケガレが関わったとたんに桜花は気弱になる。ケガレを退治するために造られた刀だというのに契約主と出会えずに眠りこけていたのが影響しているのだろう。実戦経験はほぼないくせ存在している年数だけは長いため妙に大人ぶる。ハッキリいって面倒くさい。


「心霊スポットっていっても、ガチでヤバいところは対策課で管理してんだよ。こんなホイホイ一般人が入り込めるわけねえだろ」

「言われてみれば……」


 鮫島の言葉に桜庭がほっとした顔をした。途端に安堵で緩んだ顔を見て、気抜きすぎだろおっさん。と鮫島は呆れた。落差が激しすぎる。


「では、なおさら妾たちが来る必要なかったじゃろ! 安全は保証されておるなら!」

「ガチでヤバいところはって言っただろうが。対策課に全部の心霊スポット見張れるほどの人員はいねえよ。それにケガレは人の出入りや噂で発生率が上がるっていうのも教えただろうが」


 鮫島の言葉に桜庭が「そういえば」という顔をして、桜花が不満そうに頬を膨らませた。桜庭と一緒に話を聞いていたので知らないと突っぱねることもできなかったのだろう。


 ケガレは人の負の感情によって生まれる。人の出入りが多い場所はケガレが発生しやすく、噂などで一定数の人間の興味が集めることで発生する場合もある。

 

 今回の肝試し会場は噂が広まるにはうってつけの環境だ。対策課で調べたところ過去に血なまぐさい事件などは一切なかったが、経営者が破産した結果、当時ホテルとして使用されてた建物がそのまま放置されている。それが長い年月を経て劣化し、いかにもなにかいそうな場所へと変貌を遂げた。


 実際になにか存在しているか、過去に事件があったかどうかなどケガレには関係がない。その建物や場所を見た人間が「幽霊が出そう」「なにか事件があったのかも」そう思っただけでケガレは発生する。


 ケガレが発生してしまえば幽霊や悪いものを呼び込み、それに当てられて実際に事件が起こる。そうするとそこは本当の心霊スポット、事故現場になってしまいケガレが成長、増殖する。

 この状況に陥る前に対処する。それが対策課の仕事だ。


「肝試しなんてケガレの発生条件を上げるだけなのに、なんで止めなかったの……」


 桜庭がうらめしそうな顔で鮫島を見た。桜花も「そうじゃ、そうじゃ!」と桜庭の後ろに隠れながら文句を言っている。どっちかというとお前心霊現象側だからなと口元まででかかったが鮫島は優しいので飲み込んだ。


「これだからコミュ障は。楽しいイベントの計画立ててる奴らに、そこ幽霊一人もいねえから、ただの合コンになるけどいいのか? もう合コンすればよくね? とか言わねえだろ? あまりに空気読めねえだろ?」

「ぬしの口に出さなければ問題ない精神はどうかと思うぞ」


 桜花が呆れきった視線を鮫島は軽く流した。心の中で何を思っていようと、たとえ口とは反対のことを考えていようと相手にバレなければ問題ないのである。


「それに俺は性格が良くて容姿も良くて、将来有望の大学生で通ってるんだよ。そこに霊感持ちなんて履歴書に書けねえ個性はいらねえの」

「そなたの一番の個性はその溢れ出る自信じゃと思うぞ……」


 桜花にはとても微妙な顔をされたが自信が個性の一つなのは事実なので否定せずに受け取っておいた。その態度にも桜花が納得いかない顔をしたが興味がないので無視する。


「霊感持ちっていうのは、広まっても大変そうだもんねえ……」


 桜庭が納得した様子で頷いた。顔が怖いという自分にはどうにもできないマイナスイメージで散々苦労してきた桜庭は神妙な顔をしている。そこまで真面目に受け取られるほど気にしてもいなかったが誤解されて困ることもないので放っておく。


「当日になにかあっても面倒だし、人が集まることでケガレが発生しても面倒。ってことで本日は事前に廃墟を巡って幽霊がいたらぼこり、ケガレが発生しそうな悪い空気の場所を発見したらお祓いする。わかったか新人共」


 桜庭は緊張気味に桜花は未だ納得していない顔で渋々頷いた。二人とも真面目な性格なのでサボりはしないはずだ。怖がって逃げそうになったら自分が捕まえればいいと鮫島は敷地内に足を踏み入れる。


 長年放置されているため雑草が生い茂り、老朽化した建物はたしかに出そうな雰囲気である。元々はホテルだけあって立派な造りをしているのも雰囲気を増長させていた。

 実際は少ない予算を建築に費やしすぎたわりに立地がイマイチで人を呼び込めず、あっさり経営破綻したというバカすぎる理由で廃墟になった建物だ。しかし、知らない人からみればこんな立派な建物が廃墟になるなんて、なにかあったに違いないとなるわけだ。はた迷惑な話である。


 桜庭は懐中電灯を握りしめて、恐る恐るといった様子で敷地内に入ってきた。長身の強面男がビクビクしながら歩いている様は滑稽すぎる。

 ビジネスマンを装って所持しているビジネスバックの中には桜花の本体である短刀が入っている。そのことを考えれば、この場において一番真っ当な武器を持っているのだが、本人に自覚はないらしい。

 桜花といえばそんな桜庭の背中にピッタリくっついている。もはやおんぶお化けである。


「ビビリども、サクサクいくぞ〜」


 一人と一柱を待っていると仕事が進まないのでさっさと無駄に立派な玄関扉を開いた。背後から「待って!」「心の準備が!!」という悲鳴が聞こえたが普通に無視した。

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逢魔時対策本部第十七班活動日誌 黒月水羽 @kurotuki012

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