肝試し その1
肝試しについてきてくれない?
その言葉を聞いたときの鮫島の本心は「なにいってんだ、このバカ女」であった。
そんな内心に反し、幼い頃から作り上げた強固な外面はきょとんとした表情を浮かべる。突然の状況に理解できずに戸惑う優等生。そうとしか見えなかった相手は鮫島の本音に気づくこともなく言葉を続けた。
「今度、みんなで肝試しいこう。って話になったんだけど、私達だけじゃ心配で。鮫島くんも一緒にどうかなと思って」
同じ講義をとっている関係で、そこそこ話す女が両手をあわせ、首を傾げている。自分の容姿に自信があるのか、わざとらしく上目遣い。
そんなんに騙されるバカ男だと思ってんのか。なめてんのか。と内心激怒しつつ、鮫島は苦笑した。
「ごめんね。僕、怖がりで」
さらりと嘘を付く。小さい頃から鮫島は幽霊が見えた。今更怖いなどとは思わない。どちらかといえば通行の邪魔だと怒鳴りつけ、幽霊の方に怖がれる側だ。
それでも鮫島は大人しくて品行方正な優等生を演じているので、困った顔をする。日頃から礼儀正しく優しい好青年を演じているので、男らしくない。なんて非難されるようなポジションにもいない。これで面倒くさい案件は無事回避。
そう鮫島は思っていた。
「私だって怖いんだけど、断れなかったの。一緒に行くのが……」
そういって女は肝試し参加メンバーをならべたてた。鮫島が知っている奴もいれば知らない奴もいる。知っているのは大学に学びに来ているというよりは遊びに来ているパリピども。この分だと他のメンバーも似たようなものだろう。
それにしても気になるのが男女比。ちょうど男女半々になっているようだ。人数も肝試しに行くにしては多い。十数人となればもはやイベントだ。
なに肝試しにかこつけて合コンしようとしてやがる。お前ら全員祟られろ。と鮫島は思ったが、鮫島の優秀な表情筋はそのくらいではビクともしない。善良な青年を作りあげ「それは多いね……」と困惑した表情を見せた。
「そんなに人がいるなら、僕が行く必要なんてないんじゃないかな?」
「人数は多いけど、まとめてくれそうな人がいないの。メンバー聞いてて不安にならなかった?」
パリピのバカどもしかいないなと思ったがそんなことは鮫島には関係ない。そんなに不安なら肝試しなどいかなければいいだけの話である。これを切っ掛けに彼氏を作りたい魂胆は見え見えだし、目の前の女が自分を狙っていることも予想がつく。誰がお前みたいなバカ女になびくかと鮫島は心の中で舌打ちをした。
「僕じゃ力にはなれないと思うな。そんなに親しい人もいないし」
女がわざとらしくショックという表情を浮かべる。「私、ほんとに怖くて」と目に涙を浮かべ始めたのを見て、思ったよりもウソ泣きは上手いなと冷静に分析した。この様子では今まで何人もの男を偽装涙で陥落させているだろう。使い古された訳あり物件に用はない。
緊急の用事があると告げて離れようとしたところ、背後から声がかけられた。
「そんなに不安なら、俺たちがついていこうか?」
女の目が輝く。先程まで鮫島に向けられた視線が背後のターゲットに移動した。関わったら面倒くさいことになりそうな女に興味はないが、堂々と目移りされると腹も立つ。誰だ首を突っ込んで来やがったのはと振り返った鮫島は、その人物を視界にいれて思わず顔をしかめそうになった。
後ろにいたのは今どきの大学生にしては珍しく染めた様子のない黒髪の男が二人。鮫島と同学年であり、講義がかぶることもあって知っている。というかなにかと目立つために、嫌でも目につく相手。
「鳥喰くん、高畑くん!」
女の喜色の浮かんだ声に内心イラつきつつ、鮫島は
「鳥喰くんと高畑くんが肝試しに興味あるなんて意外だね」
どっから湧いて出てきやがった。と思いつつ、さわやかな笑顔を浮かべると鳥喰がにっこりと鮫島に笑いかけてくる。鮫島の偽装百%の笑顔と違って天然だ。といっても、どことなく違和感もある。作り笑いというわけでもないのだが、なにかがズレている気がする。その違和感が引っかかって、鳥喰を相手にするのは苦手だった。
「俺、怪談好きなんだよねー。ホラーとかも結構見る。なー」
「生悟さん、都市伝説とかも好きですよね」
鳥喰が笑いかけると隣にいる高畑が相槌をうつ。基本的には無表情。クールで素敵と女子から評判の高い高畑は離れたら死ぬのかというほど鳥喰の隣をキープしていることで有名だ。笑みを向けるのも鳥喰に対してのみ。幼馴染ということだが、それにしても距離が近すぎるため付き合っているのでは。という憶測が飛び交っている。
真偽の程は鮫島には関係がない。同性愛者だろうが異性愛者だろうが、自分に迷惑をかけない限りはどうでもいい。
しかし、自分を厄介事に巻き込んでくるのであれば話は別だ。
「二人が参加してくれるなんてうれしい〜」
案の定、いい男が釣れた女は喜んだ。顔よし、性格も良いらしいとはいえ、同性で付き合っている疑惑が立っている二人を肝試しという名の合コンに参加させる神経が分からない。あくまで疑惑で真相はわからないから、距離が近すぎるただの幼馴染説にかけるつもりなのか。それほどまでに男に飢えてるのかコイツ。と内心引くが当然女には伝わらない。
そして鳥喰と高畑があっさりオッケーしたことにより、鮫島は断りにくくなってしまった。ここで鮫島が断ったら、付き合いが悪いという印象を相手に持たれてしまう。こういう輩は自分の都合の良いように事実を捻じ曲げるから、緊急の用事があったなんて言い訳も周囲に伝わるかは分からない。
なにより、自分より鳥喰と高畑を取られたのが気に食わない。もはや俺に興味を失ったらしい女に怒りがフツフツと湧き上がる。
「二人が参加するなら、僕も参加してみようかな」
「えっ! ほんと!? 鮫島くんも参加してくれるなら、ちょー嬉しい!」
鮫島の返答に女がテンションをあげる。それは作りではなさそうだったので少しだけ怒りが収まった。が、今度は意味深な表情を浮かべる鳥喰が視界に入った。
「怖いもの苦手なんじゃなかったの?」
コイツ、話最初の方から聞いてやがったな。と鮫島は苛つきつつ、「男としてかっこ悪いんだけど」と苦笑してみせた。そんな鮫島を鳥喰はじっと見つめている。
その探るような視線が鮫島は苦手だった。隠したこちらの本音をすべて見透かすような圧を感じるのに、瞳はガラス玉のように感情が伺えない。
なにを考えているのか全く分からない。それは己を偽っている鮫島にとってはストレスでしかない。
「それじゃ、連絡先交換しよ。いつ行くの?」
歯を見せて笑った鳥喰がスマートフォンをポケットから取り出した。まるで警戒心なく女と連絡先を交換する様子を見て鮫島は内心首をかしげる。やはり自分の考えすぎだったかと高畑に視線を向ければ、高畑の方は眉間にシワを寄せ女と連絡先を交換する鳥喰……いや、女の方を睨みつけていた。
二人は付き合っている。その噂はもしかしたら本当かもしれないと鮫島は思いつつ、それとなく高畑から距離を取る。女よりこちらの方がよほど面倒くさそうだ。
「当日、よろしくなあ。鮫島くん」
にっこり笑った鳥喰に鮫島は柔らかな笑みを返した。一時期の感情で面倒事に付き合ったのは失敗だったかもしれない。そう思いつつ、この得体のしれない相手を間近で観察出来る機会はちょうどよい機会とも考える。
複雑な気持ちのまま、鮫島は肝試しに参加することになった。
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