第79話 スタンピード6

「しかし……まぁ。お主も、ほとほと変わり者のようじゃな」



 ブッ飛んだ幼女こと、アリナリーゼさん(臭い)が呆れた声をあげた。


 本来であれば、反論の一つでも浮かぶのだが。

しかし、今回ばかりはやまださんに分がわるい。


 なにせ、肩に米俵よろしくリアム君を担ぎ走っているからだ。


 傍から見れば、完全に誘拐犯のそれだろう。

現実世界じゃなく、こちらの世界であっても逮捕案件である。


 アラサーのフリーターがショタを誘拐してしまうなんて、業が深すぎるだろう。



「……このほうが納まりが良いかと」



「なにが納まりが良いじゃ、その首を跳ねてしまえば良いだけではないか」



 どうにもこの幼女、リアム君の首を跳ねてしまいたいようだ。


 殺〇鬼かな? 臭いクセに。


 アリナリーゼさんが良くても、やまださんはよろしくないのだよ。

異世界人とはいえ。人の、それも、ショタの首を落とすなどちょっと出来そうにない。


 それ絶対にトラウマになるやつじゃんね。


 快眠をしたい系フリーターとしては避けたいところだ。



「あはははっ、アリナリーゼさんは冗談がお上手ですね」



 肩に担がれたリアム君が返す。


 無理やり担ぎあげたやまださんが言うのもなんだが。

この状況でその返しが出来れば、大したものだと思う。きっと将来大物になるよ。




「ちっ……」



 おいおい今、舌打ちをしたぞこの幼女。






 ダンジョンを抜けると当初の大騒ぎは鳴りを潜め、冒険者たちが後始末に追われているのが見てとれた。


 それでもやまださんが放ったファイアーボールが、大地を抉った跡が生々しく残っているのを見て、再度やらかしてしまった感がやばい。


 ちょっとこれは、人に向けて放つのはよろしくない。

いざという時は、躊躇なく撃たせていただく所存なのだが。


 そもそも、そのような修羅場はできれば御免頂きたいものだ。



「これをやったのは貴方ですか?」



 肩越しに、リアム君からのお問いかけ。


 抱えあげている都合上、その表情は伺え知ることはできないのだが。

少しばかり、驚きを含む声だった。



「ええ、まぁ……何分、数が多かったのでファイアーボールをちょっと」



 本当にちょっとのつもりだった。違っていたのは、発注書の桁だけ。


 そして、出来上がったのがこの参事だ。


 まさか損害賠償など来ないとは思うが……どうなんだろう。



「ちょっと!? ……ああ、なるほど道理で、彼女が素直に従うワケですね」



 なにやら勘違いしているご様子。


 なぜなら、アリナリーゼさんが付いてきたのは、走っているものをつい追いかけてしまう犬の習性みたいなものだろう。ただの偶然に他ならないのだ。


 きっと、お団子が転がっていても追いかけていくに違いない。


 わんわん。



「……っ」



 などと考えていたのが、顔に出てしまっていたのか。


 アリナリーゼさんから、ジト目を頂いてしまった。



「ふん、くだらぬ戯言などよいわっ! 急ぐのじゃっ!」



 のじゃ、だって。ノリで走りだした手前、どこへ向かっているのかわからないが。


 とりあえず、やまださんも急ぐのじゃ。






 迷宮都市の外壁にあふれ返っていた屋台街は、瓦礫の山と化していた。


 なんてことだ、あの初めて食べた異世界飯。


 一角豚の串焼きを売っていたあの屋台も、今はもう見当たらない。

名前も知らないあの親父さんも無事だといいな、あの味は絶品だった。


 出来ることなら、熱々で肉汁がたっぷりのあの串を――もう一度食べたい。



「やまだ殿っ! おおっ、あっ……え? それは一体っ!?」



 肉汁の妄想からやまださんを引き戻したのは、豊穣のたわわこと迷宮都市きってのエース、マリエル・ホワイトシープさん。


 冒険者として名うての彼女のことだ。現場の指揮をしている途中にでも、やまださん一行を見つけて声をかけたのだろう。


 その形の良い瞳は、やまださんに釘づけだ。


 と、いっても、正確にいえば肩に担いだショタことリアム君に。


 犯行現場を見られてしまっているせいか、その視線が少し怖い。


 できれば、後ろめたさがないときに見つめてほしいと犯人は切に願うばかりだ。



「あっ、あとで、この事は説明しますので」



 だからか、犯人やまだは現場から逃げるように去ることにした。



 屋台街を走り抜けて、迷宮都市入ると想像以上に酷い有様だった。

いくつもの燻ぶった黒煙が立ち、道には瓦礫や商品であったであろう物が散乱していた。


 その脇には、手当を受けている者も少なくない。


 もしかしたら、中には犠牲者がなんて……嫌な想像が浮かぶ。



「……ぬし、浮かない顔じゃな」



「ええ、まぁ。来て間もない街ですが、少なからず気に入っていたもので」



「うむ……たしかに、この街の飯は美味い。亡くすには少しばかり惜しい気がするのう」



 そういえば偶然、再会したとき屋台でなにか食べていたからなこの幼女。

もしかしたら、やまださんよりも屋台グルメは詳しいのかもしれない。



「ボクもここの、ご飯は嫌いじゃないですよ」



 肩に乗った推定容疑者であるリアム君が声をあげた。


 そして、やまださんはそれを無視することにした。



「ちっ……」



 アリナリーゼさんの二度目の舌打ちが、心ばかり大きく聞こえた。





 ややあって。やまださん一行が駆け抜けた先に辿り着いた場所は、屋台街から見て反対側のもう一つの入り口、名前がつけられているのかはわからないが、そんな感じの場所だった。


 果たして、どちらが正式な入口かはわからないけれど。

やまださん的には、こちらを出口として推していきたい。



「ぬうっ……思った通りじゃ。こやつらのやりそうな手だとは思っていたが、随分と手際が良いのう」



 これはまた……。のじゃさんが言った通り、手際が良い。


 やまださんの推しぐちこと、冒険都市を囲う外壁の門から十数メートル離れた場所に、統一された武装兵がざっと、三百兵ほど綺麗に並んで整列しているのが見てとれた。


 これはきっと、スタンピードを聞きつけてやってきた救助隊のみなさん。


 物々しい武器やなにかは、溢れ出た魔物に対処するためだろう。

さすがに丸腰では色々と心許ないからな。



「リ、リアム様……!?」



 救助隊の偉い人らしき大柄な男が、やまださんの肩に担がれたリアム君の姿を目にして、驚愕の声をあげた。


 統一されたデザインでもひと際ゴージャスな感じが、それを演出しているのだから間違いない。


 遠目からもわかるバブリーさだ、一人ジュリアナ状態である。ウィーウィー。



「やぁ、タル・タロス。待たせてわるかったね」



 肩に担がれたリアム君が答えるのを聞いて、やまださんは理解してしまった。


 自身が犯した大きな過ちを。


 なんてことだ、状況証拠からリアム君を犯人と断定してしまったていたが……。

 

 それがまさか、救援隊の一員だったなんて。

しかも、公然の目の前で誘拐してしまっているのだから救いようがない。



「……主よ、良からぬことを考えておるようじゃが、きっとそれは大きな間違いじゃ」



 なにもわかっていないのは、のじゃさんだった。


 ……さて、これは困ったぞ。


 

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【コミカライズ】現実世界にダンジョン出現!? ~アラサーフリーターは攻略を目指す~ 私は航空券A @bravoyamada

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