第78話 スタンピード5
「むっ……しまった。証人を殺してもうたわ」
困惑の声をあげて、振り向いたアリナリーゼさん。
幼女然とした困惑の表情は、庇護欲を唆られるが。
しかし、そのお手々からは元アンドレさんだった臭い液体がポタポタ――と。
少し離れた場所いるのにもかかわらず、強烈に臭うことドブの如し。
それをたっぷりと返り血を浴びた当のアリナリーゼさんは、気にしていないご様子。
やまださんとしては、それを指摘することが憚られる。
昔、仕事帰りのよしえさん(女装をはじめた叔父)に言ったとき、すごく悲しそうな顔をしていたもの。
今でも汗で化粧が滲んだ、よしえさんの顔が忘れられない。
「むむっ……」
小さく唸って見せたかと思うと。
伏した元アンドレさん(胴)と、お手々の間で目線を行き来するアリナリーゼさん。
すると、どうだ。元アンドレさん(臭い)をやまださんに向けて、
「……いるかえ?」
えっ、いらない、いらない。……そんな臭いもの。
さすがにそこまでは頭のネジは外れていない。
逆にどうして、その発想に至ったのか教えてほしいくらいだ。
もしかすると、スタンピートの犯人を現行犯逮捕するどころか。
ハイテンションで頭部を破裂させてしまったアレやコレやが、頭の中で駆け巡ってしまった結果かもしれない。
元アンドレさんには悪いけれど、そんなバッチイものいらないわ。
「犯人を捕縛することが出来なかったことは大変残念なのですが。こうしてスタンピートの原因は無事に止めることが出来たので、ひとまずは良しとしませんか?」
などと、適当に諭してみたところ。
苦い表情を浮かべていたアリナリーゼさんの表情が、幾分か和らいでみせた。
「うむ、そうじゃな! 仕方ないよなっ!」
心なしか、機嫌が良さそう。もしかして、この幼女チョロイかもしれない。
なんてことを考えていたら、
――パチパチと。まばらに手を打つ音が、ひんやりとしたダンジョンに響く。
物影から姿を現したのは、一人の少年だった。
見た感じ、中学生なりたてを思わせる幼い容姿。
さらり、艶やかな金髪をボブカットに揃え。
まだ性別がどちらにも着地できていない、思春期真っ只中そんな感じ。
しかし、その見た目に似つかわしくない。
黒を基調とした仕立ての良い軍服を着こんでいるあたり、どこぞのご子息がまさか。
ダンジョンで迷子にでもなってしまったのだろうか。こんな騒動の中、なんて運がないのだろう。
だとすれば、早々に保護して安全な場所まで送り届けなければ。
スタンピートが収まったとはいえ、ダンジョンの中で迷子とか心休まらないだろ。
「さすが噂に聞く通り、見事な手際です。この程度の罠など、自らの手を下さすまでもありませんか?」
声変りを迎えていない、高い声が耳をつく。
そして、向けられた目線の先にいるのはやまださん。
ええっと、どちら様でしょうか。
あちらさんは自分を知っているようだが、心当たりなどあるわけもなく。
平民の最下層を地でいくフリーターとしては、心苦しいばかりだ。
「てっきり、お一人で来られるものとばかり考えていましたが。まさか、あのアリナリーゼさんを従えて乗り込んで来るとは……さすがにこれは、驚きを隠せません」
と言いつつも、驚いた様子はどこにもない。
やまださんだけではなく、アリナリーゼさんのこともご存知のようだ。
横目でチラリ見てむると、苦虫を潰したよりも更にしょっぱい顔をしていた。
くうううっ、不味い。もう一杯! みたいな。
これはどうにも、あまり良い関係を構築できていないらしい。
ならば、突っつくのは
しかし、これはアレだ。どうやらこの少年、どこぞのご子息でも迷子でもないようだ。
会話から推測するに、このスタンピートとも深く関わっているのだろう。
だとすれば、することは一つ。
カモン、セイ。ステータスウィンドウさん。
名前:リアム・セイブル
性別:――
種族:人間
ジョブ: 帝国軍人
レベル:41
HP:690
MP:669
STR:255
VIT:152
INT:578
DEX:270
AGI:670
今まで見た中で一番の高ステータス。
おっとマジか、強敵じゃん。
帝国軍人とか読んでいるラノベでは大体が、悪役と相場が決まっている。
それに幼い容姿に騙されてからの、手痛いしっぺ返しは黄金ルートだろう。
あぶない、あぶない。
まさか、まだ負けてはいないと思うが。
……どうだろう、ちょっぴり心配になってきちゃったぞ。
お願いステータスウィンドウさん、セイッ。
名前:ヤマダ タケシ
性別:男
種族:人間
ジョブ: 冒険者
レベル:59
HP:5500
MP:6140
STR:3100
VIT:2650
INT:2820
DEX:2650
AGI:1970
ストックHP:10
スキルポイント:100
アクティブ:スキル
HPストック:LvMax
フルスイング:Lv1
火属性魔法:Lv20
水属性魔法 Lv1
回復魔法:Lv2
パッシブ:スキル
アイテムパック:LvMax
成長速度アップ:LvMax
マップ:LvMax
言語:LvMax
我が軍は圧倒的だった、ステータスの数値がもう別ゲー域に達している。
これもそれも、ダンジョンの壁さんから頂いた膨大な経験値のおかげだろう。
ネトゲだってあんなに美味しい狩場など、そうそうとお目にかかれないからな。
そして、さらに2レベルあがっているのは、ダンジョンから溢れかえっていたスタンピートをファイヤーボールで焼きつくしたからだろう。
あれをファイアーボールと呼んでいいのかは、さておいて。
それ相応に美味しい経験値を頂けたようだ。
「ふふ……」
思いがけない高ステータスに思わず、笑みがこぼれちゃう。
「余裕ですね、ボクでは役不足ですか?」
その瞬間、リアム君の姿がブレる。
だからといって焦る必要はない。
だって意識を集中させればこの通り、やまださんには丸見えだ。
どんなに素早く動いたとしても、意識を集中させればまるでスローモーション。
そして、君の抜いた剣の切っ先がやまださんの喉元へ向かう。
おっとと、あぶない。
それを身を後ろへ下げ紙一重、剣を
やまださん一押しのカッコいい避け方だ、マイブームが到来しちゃったかも。
「フッ」
で、この「フッ」である。どう血迷ったら、このアラサー野郎がのたまうのか。
客観的に見た姿は、さぞかし悲惨なものだろう。
しかし、やまださんは調子に乗っていた、自身の圧倒的なステータスに裏付けされて。
だからか、そんなのは全然気にならないのだぜ。ふふん。
避けられたのが予想外だったのか固まるリアム君。
その細首に掌を上に向けた手刀を、僅か一センチで止めて見せる。
当てようと思えば、いつでも当てられるのだぜ。そんな感じのアンニュイ。
そもそも手刀を当てたところで、どうにもなるわけではないのだけれど。
それでも最高に、大物感を演出している気がする。
堪らないな、ちょっと良い気分。
しかし、今しがた見せた行動を見るに。これでアンドレさんと共謀関係にあったのは間違いないのだろう。現行犯ってやつだ。
「はっはは、これはすごい。参りました、降参です」
手にしていた細めの軍剣を収め、両手をあげて見せる。
あまりにもアッサリと負けを認めたせいで虚を突かれた感じだ。
まさか白旗をあげた相手に手刀を向け続けるわけにもいかず、やまださんも同じように下げて見せる。
「よし、首をその斧で刎ねるのじゃ」
突然アリナリーゼさんが、物騒なことを言い出した。
……えっ、マジっすか? ――いやいやいや。
「捕縛して連れ帰るのは面倒じゃ、首だけあれば事足りるじゃろう。ほれ、サクっと」
ご丁寧に、手刀で首を切る真似をして見せる。
この幼女マジだった。サクっとなんだよ、やまださんちょっとドン引き。
モンスターならまだしも、相手は人間。それもショタである。
さすがにそれは、ちょっと抵抗があるじゃんね。
しかし、よくよく考えてみれば、このアリナリーゼさん。
初対面で人間の首を刎ねて見せたあたり、結構ハードボイルドなのかもしれない。
これが世にいうギャップ萌え、というやつなのか。
だとすれば、やまださん。完全に術中にはまっているのかもしれない。
恐るべし、異世界幼女。色々とブッ飛んでいる。
「ははっは、ご冗談をアリナリーゼさん」
「負けを認めたくせにしては、随分と尊大ではないか」
確かに、リアム君の様子は追い詰められた者が見せるそれではない。
どこか自信に裏付けされた余裕のようなものを感じさせるのはきっと気のせいではないのだろう。
「これは手厳しい……でも、ゆっくりしていていいのですか? なにやら、迷宮都市のほうが騒がしいようですが」
それはそうだろう、今や迷宮都市はスタンピートで大わらわだ。
まさに蜂の巣を突っついたとはこの事をいうのだろう。
しかし、此処はダンジョンの中だ。入ってすぐとはいえ、街の喧騒が聞こえるとは思えない。
「むっ、不味いぞお主」
アリナリーゼさんからのお問いかけ。
「……そのようですね」
何がマズいのだろうか、わからない。
スタンピートが街に溢れているのだら、一大事だろう。
現在進行形で平和なシティライフが危機に陥っている。
しかし、アリナリーゼさんの表情を見るにそれとは違うご様子。
だけれど、雰囲気的にそれを聞き返すわけにもいかず、それらしく返してみるテスト。
「やはり気がついておったか……これは帝国がよく使う手じゃ、すぐに街へ戻るぞ」
おう、マジかよ……全然知らなかったわ。
やまださんが知らないうちに、迷宮都市がマズい事になっているようだ。
この幼女、色々とブッ飛んではいるが、ここで変なウソをつくとは思えない。
となれば――
「わかりました、すぐに戻りましょう」
という事になった。
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