3作目 騎兵隊は王子様

ひょんなことから私は、異世界へと飛ばされた。


・・・ただ、散歩をしてただけ。

今日も空が綺麗ね・・・・なんて思っていたのは、たった今のハズなのに。

次の瞬間、私は森の道に倒れていた。


・・・?


知らない森、知らない町、知らない空。

私は顔をひっぱたいた。・・・痛い。


頭は大丈夫かしら。

ほら、私の名前は?

・・・名前は、ユナよ。ユナ・リート。分かる、平気、頭はおかしくない。


「くせ者か!?」


その時、怒声が響いた。私は縮み上がった。

いつの間にか剣が、私に向けられている。

茶髪の、騎士のような男がいた。

男の後ろには、数名のお連れがいる。


「あの、わ、私は何も」


私はひっくり返りそうな声で、なんとかそう呟く。


「・・・捕らえろ」

「待って下さい!私-・・ここはどこ!?

ここは、ヒルラの町じゃないですよね・・・?!

でも私・・・!」


騎士の男は、怪訝そうに私をみた。


「・・・君は・・何者だ?」


問い詰められて、泣きそうになる。剣だって初めて見た。


「名前は・・ユナ。ヒルラの町の、ただの田舎娘。

・・・こんな世界、私は知りません・・・!」


男は剣を下ろした。


「すると君は、この国の者ではない、と?」

「ブラッケン隊長、こいつぁ、まさか・・・」

「お前達は先に、次の見回りへ行け。・・・王子には、俺が伝える」


ブラッケン隊長と呼ばれた目の前の男は、隊員達に指示をした。

他の男達は、短くハッと返事をすると、森の奥地へと消えて行った。


「・・・あの」


私は震える小さな声しか、出てこなかった。

ブラッケン隊長は、にこりともしない顔で私を見ている。


「・・・あの、あなたは国の兵隊さんか何かですか・・?」

「・・・王子付きの騎兵隊だ」


相変わらず、応えは堅い。


「・・・王子が、君を呼んだのだろう。ちょうど、明日の国立100年式典の踊り子が、怪我をしたから・・・君を代わりに呼んだわけだ」


頭にハテナが旋回する。

そんな私の前に、ブラッケン隊長は身をかがめた。


「・・ここは、君の知らない世界だ。

王子の求める人材があれば、"契約名簿"に名前がかかれる。

・・・王子が持つ、魔力のある紙だ。

名簿に名前がかかれた人物は、有無を言わさず・・・この世界に来てしまう」


隊長は、静かに私に説明した。私は言葉が出なかった。だって何を言えばいいのか・・・


「いきなり恐い思いをさせて、悪かった。

・・・混乱しているだろうが、もうそんなに怯えないでもらいたい。

・・・俺もかつて、別の世界からこの国に来た」


「あなたも・・・!?」


やっと、声が出た。


「君はツイている。・・・明日には、元の世界に戻れるチャンスがある」


私の心に、フワッと希望の花が咲いた。


「本当・・・!?」

「・・・あぁ。俺も、ずっと・・・もう10年、この機会を待っていた」


私はブラッケン隊長を見つめた。

私よりも少し大人な横顔。・・・強い目で見るその先には、大きなお城が見えた。


「一緒に来なさい」


私はブラッケン隊長に連れられて、町に出た。

城に行くのかと思いきや、私達は城のすぐそばの、汚らしい建物の前で止まった。

・・・牢屋、収容場、そんなところか。


「ここに君を監修する」

「えぇ!?」


ブラッケン隊長は声をひそめた。


「・・・いいか、明日の式典が始まるまではここで我慢していてくれ。

式典が始まれば、城内の警備は、薄れる。

皆の目がそれているすきに、俺は名簿を盗む」

「・・・それで・・・?」

「名簿の名前を消せば、元の世界に帰れるはずだ」

「でもどうやって・・?」


魔力のある名簿を、まさか消しゴムで消すわけ、ないよね。


「・・・分からないが、魔力よりも強い何かだ。

"火あぶりの魔女"の作った名簿だから・・・

水とか、それに関係するような・・・」


ブラッケン隊長は言葉を切った。


「たいちょ~お!王子がお呼びっすよ~!」


部下らしき者が、のこのことやってきた。


「すぐ行く。

・・・いいな、君の看守は俺だ。俺がここに迎えに来るまで、脱獄は許さない。・・・まぁ、出来ないことだがな」


ブラッケン隊長はその後、私を1番入口に近い牢に入れると、鍵をかけて行ってしまった。

去り際に、一言だけ会話をした。


「・・・もう一度、名前を」

「・・・ユナ・リート」

「分かった」


ブラッケン隊長は頷いた。

私は冷たい牢屋に、取り残された。


・・・信じて・・・いいの?

私、騙されて捕まったんじゃない?

色々な気持ちが、入り混じる。

しかし、私はただ待つしかなかった。


王子の部屋では、その大層な豪華な椅子の横に、ブラッケン隊長はいた。水色の輝く髪をした王子は、小さくて足が床につかない。


「ブラッケン、僕の踊り子はまだ見つからないのか?もう名前が書かれて、数時間経つぞ!」

「それらしき女はいたのですが・・・今取り調べ中です」


ブラッケン隊長は静かに言う。


「取り調べなんかいらん!早く連れてこないか!」

「しかし、田舎者の娘でして。礼儀もなっておらず・・・王子にご無礼をさせるわけにはいきません。式典には必ず間に合わせます。・・・ご心配なく」


王子はフンと鼻を鳴らした。


「ま、それならお前に任せる。もう、下がっていいぞ。・・・次、チーフを呼んでこい。今晩の夕食について話がある」


ブラッケンは一礼すると、部屋を後にした。

その瞳には、強く鋭い輝きがあった。

式典の朝、私は牢屋で目を覚ました。いつの間にか、眠ったらしい。

ファンファーレが聞こえ、空砲の音もする。


・・・ブラッケン隊長、本当に大丈夫なのかな。

私は不安なまま、時を待った。


「ブラッケン、踊り子は用意できたんだろうな?どこにいる?」


王子はブラッケンを呼び寄せた。


「ちゃんと整っています。あの美しさは、きっとお気に召されるはずです。

その最初の一目を、本番までお楽しみに取っておいて下さい。

彼女も、あなたに初めてお会いするのは、大衆の前で華々しく、とのこと」


王子はまたフンと鼻をならした。


「なら仕方ない。

ブラッケン、ハーブティーが無くなりそうだ。

持ってきてくれ」

「御意。・・・それから・・・是非とも、ご覧いただきたいものがございます。私からの、式典祝いでございます。

用意をいたしますので、少々お時間頂けますか?」


お祝いと聞き、王子の機嫌は高ぶった。


「かまわん。ゆっくり用意してくれたまえ」


ブラッケンは丁寧に一礼し、庭の式典から外れて城に入った。


・・・これからだ。

ブラッケン隊長は、静かな城内の最深部、契約名簿が置かれる部屋に向かった。

幸い、王子の右腕ともなれば、入ったこともある。ブラッケン隊長はすんなり暗号を入力し、部屋へ入った。


中には台座があった。青白く光る台座の上には、紙の束が・・・。契約名簿だ。


ドクン・・・ドクン・・・


ブラッケン隊長は、名簿に手を伸ばした。


「っ・・・!」


手が触れる前に、炎が名簿を覆う。・・・なるほど。ブラッケン隊長は意を決して、炎ごと名簿を引っつかんだ。


「・・・っ!」


・・・これしきのこと・・!


名簿が台座から離れると、炎は消えた。

途端に城内に、警報が鳴り響いた。

・・・まずい。

警報に気づいたのか、外の式典の騒ぎが止まる。


ブラッケン隊長は名簿を懐に入れると、部屋を飛び出した。


「なんだ?なんの騒ぎだ・・・?」


王子は城を振り返る。隣にいた国王は、顔を歪めた。


「まさか・・・契約名簿が・・・!!」

「まさか、父上!」

「この警報は間違いない!」

「でも、・・・あの部屋に入れる者は・・・。・・ブラッケンはどこだ?・・どこにいる?!」


式典の、祝いでない騒ぎが始まった。

ブラッケン隊長を見つけるようにと、放送がかかった。それが聞こえた私は、牢屋で膝立ちになった。


「嘘・・!!」


ブラッケン隊長は、城内を裏口から飛び出す間に、仲間を数名だけ倒さねばならなかった。

・・・無関係で、戦闘力のないコック・・・

掃除婦にウエイター・・・


だが、放送のせいで、皆自分を捕らえようと騒いだ。捕まるわけにはいかなかった。

ブラッケン隊長は裏口から飛び出した。


「開けて!!お願い出して!!誰か!!お願い・・・!!」


私が檻を揺らしながら騒いでいると、他の牢を見ていた騎兵隊がやってきた。


「あー君たしか、隊長が連れてきた子だろ。

なんでまたこんな少女・・・」

「出して下さいませんか・・?!お願いです・・!!」


私は懇願した。穏やかな顔つきの騎兵隊だ。・・・お願い、ここから出して・・・


「俺は看守じゃないからな。勝手に罪人を出すわけにはいかないんだ」

「罪人じゃないんです・・!無関係なの!この国には・・!!私は・・・私は私の世界に帰りたいの・・・!!お願いします出して下さい・・・看守のお叱りは、私が受けますから・・・!」


騎兵隊は、しゃがんで私と目線を合わせた。


「・・・君も・・・また異世界の者か・・・」


騎兵隊は、なんと黙って鍵を開けてくれた。


「・・・俺もだよ。・・」

「・・・!」


私は泣きたい気持ちを、ぐっとこらえた。

・・・行かなくちゃ。


「ありがとう・・・!」


御礼だけ、告げた。

・・・気持ちが色々溢れそうだったから。

それしか言えなかった。

私は明るい空の下、城に向かって疾走した。


「裏切ったな、ブラッケン・・・!!」


王子は怒りのまま、自ら白馬を出した。

ブラッケンは式典を避け、牢屋へ向かう。

・・・名簿さえあれば・・・あとは・・・・

ブラッケンは立ち止まった。

私も、立ち止まった。


「ブラッケン隊長!」

「何してる!?」


会った時よりも、恐ろしい怒声が飛んできた。

私はそんなの気にしなかった。・・・無事だった・・!


「名簿は・・!?」

「ここに・・・」


ブラッケン隊長が、名簿を取り出した時だった。馬の足音が聞こえて、王子が追いついた。


「ブラッケン、許さんぞ!!お前など隊長はクビだ!死人からやり直せ!!」


ブラッケン隊長は剣を抜いた。


「・・・地位などいらない・・。俺が欲しかったのは、ずっと・・・帰り道だけだ」


ブラッケン隊長は、名簿を私に投げてよこした。


「名前を消すんだ、ユナ!」


・・・どうしよう、手が震える。

・・・名前を消さなくちゃ・・・でもどうやって・・?水なんてどこに・・?!あぁ、もう誰か助けて・・・!


破ぶいてみたが、紙は元に戻る。

ブラッケン隊長と王子の剣が、はじき合った。


擦っても、叩いても・・・

どうして消えないの・・・!


「くっ・・・」


馬が暴れ、ブラッケンの肩を蹴り飛ばした。


「裏切り者は・・・死あるのみだ・・ブラッケン!」

「やめてーっ!」


ブラッケンは悪体制のまま、応戦している。


・・・やめて、待って、早く消えて・・・!

ブラッケン隊長・・・・

死んじゃうよ・・・!!


涙がこぼれる。

・・・水だわ。



ポタッ・・・



ポタッ・・・・ポタッ・・・



私の体が光りだした。

振り返ると、ブラッケン隊長も光りだす。

王子が驚いたそのすきを、ブラッケン隊長は見逃さなかった。

ブラッケン隊長は、王子を馬から払い落とし、留めをさした-・・・

いや、生きてはいるのかも。

・・・私の所からじゃ、分からなかった。



「ブラッケン隊長!!」


私はブラッケン隊長に走り寄った。

・・・いやだ、まだ消えないで・・・!!!


足が透け出した。

ブラッケン隊長も、私の元に来ようとした。

・・・消えていくー・・・・



「ありがとう、ユナ」

「ブラッケン隊長・・!!あなたまるで・・・まるで本物の王子様みたい!白馬もいるし!」


ブラッケン隊長が、初めて笑った。


「・・・私の町、"ヒルラ"!・・・会いに来て!」

「・・・魔力よりも強い力で・・・会いに行くさ」


他の人達も、戻れるかな。・・・


消え行く直前、私は、彼の手を握れた-・・・・




そんな気がした。

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優しい童話の短編集〜王子シリーズ〜 春瀬なな @SARAN430

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