2作目 怪物の王子様

子供の頃から、大好きな物語。

絵本の始まりは、こう。




昔むかし・・・ではなく、遠い未来の王国。

そこには大きな金色の羽が生えた、王子様がいました。

俗にグリフィンと呼ばれるその類は、夜になると狂暴な鳥類へと変化してしまうのです。



王子様は、毎晩自ら牢屋で過ごして、自分から皆を守っていました。


そんな優しくて強い王子様は、皆の人気者でした。



王子様には願いがありました。



「私は、この世で1番心美しい者を、私のたった一人の姫にしたい」



「私の姫よ、今どこにいるのか・・・今すぐにでも、この羽を羽ばたかせて、君のもとに飛んで行けたら」



しかし王子様には願いと共に・・・願いがあるが故に、一つの悩みがありました。

それは・・・姫が自分を見た時、この羽のせいで怯えないだろうか。

グリフィンだと分かれば、恐がるのではなかろうか。

・・・そんな、悲しい悩みでした。



パタン。



私は絵本を閉じた。

いつの年になっても、物語は好き。

だって、その時だけは、夢見てもいいんだもの。



・・・王子様、心配いらないわ。

あなたみたいな素敵な人を、姫はきっと嫌わない。

姫もきっと、あなたを探しているわ。


私は絵本を閉じた後、続きを読む前に出かけることにした。

だって確か、今日のお昼の材料がないもん。

ニンジンも玉ねぎもなくちゃ、カレーが作れないから。


カラットおじさんの畑へ行けば、新鮮なのがもらえるから、ちょっと行ってこよう。

お礼に、昨日作ったいちごジャムを持って。



私は花柄のバッグにジャムを突っ込み家を出ると、のどかな道を鼻歌と共に、スキップして進んでいった。



・・・しかし、そんな途中にとんだ事件が起きた。




・・・迷った。



おかしいな。近道しようと思ったのに、失敗したみたい・・・

山道に入っちゃったよ・・・



よし、引き返そう。

私は不安になって、引き返そうと振り返った。

その時ー・・・



「うわぁぁああああっ」

「えっ・・・」



ドーーーーンッ



・・・山の斜面を、誰かが転がってきた。

そしてなんて運が悪かったか、私に正面衝突。

あまりの勢いに、軽く数メートル私は吹っ飛んで・・・・目が・・回っ・・・て・・・・



誰か近づいてくる・・


「ぉぃ・・・」



え・・・なに・・?聞こえない・・・




私が次に目を覚ましたのは、山小屋の中だった。



「よっ、気分どーだ」


びっくりして部屋を見ると、グレーのツンツン髪の男が、目玉焼きを運んで来るところだった。

私は床に布切れを引いて寝かされていた。

まだ頭がぼーっとする。



##IMGU30##


「大丈・・・」


そこまで言いかけて私はギョッとした。

男の肩には、金色の鳥が止まっていた。


「こいつか?グリフィンっつー名前だ。かっこいーだろ」


男はニカッと笑った。

・・・・違う。私は、とっさに浮かんだ絵本を、頭から振り払った。


「ほい、飯。」

「・・・!怪我してる!」


私はお皿を持つ男の手から、血が流れているのを見た。



「さっき、木にすってな。なーに気にすんなよ」


私は鞄から、ハンカチを取り出す。こんな時、女らしく持っといてよかった。

私は男が驚いて見つめる中、黙って手を巻いてやった。



「・・・すげぇ・・・。決めた!決めたぜ!お前、オレの姫になれ!」

「はぁ?」



思わず、ドン引きした声が出た。・・・頭おかしいの、この人。



「オレ、ビヤンド王国の王子、ビリップだ!

オレはずっと世界1心がキレイな女を姫にするって、決めてたんだ!

お前がそうだ!

名前はなんてんだ?!」



・・・世界一?


「大袈裟な」

「あ?」

「・・・いや、何でも・・・名前は、フィナ・・」


ビリップ王子とか言う人は、ニッコリ笑った。



「大体何者ですか?山を転がってきて、山小屋に暮らす王子なんて」

「・・・オレ、実は国追い出されてんだよね。

色々やらかしたっつーか、なんつーか」

「・・・へぇ・・そう」


私は大きく深呼吸をした。

「・・・一つ聞いていいかな。・・・あなたまさか、夜になったら化け物に変身できる、なんてジョークをしらないわよね・・?」


ビリップの代わりに、肩の鳥が鳴いた。


「・・・知らないってよ」


男が通訳する。


・・・ふぅ。分かってる。聞いてみたかっただけ。



フィナが気を失っている間に、かなり時間がたったらしい。

もう夕方を過ぎていた。


・・・今夜は、嵐の夜になりそうだった。



風が小屋を鳴らす音や、色々考えて眠れなかった。

私は眠ったと思ったのだろう。

ビリップと鳥が、暖炉の前で話している。

・・・いや、鳥は鳴いているだけだ。

あのヘンテコ王子が、一人で話しているのだ。


「・・・オレ、あいつを呼ぶよ。

・・・やっぱり、このままじゃいられない。

オレ、嫌われてたけど・・・国には帰りたいからさ」



鳥は答えるように鳴いた。



「・・呼んで来てくれ」



バサバサ バサバサッ



鳥が飛び立つ音がした。

・・・何だろう?誰かくるの?

そのうち、ビリップが私に近づいてくるのが分かった。私はぐっと目をつぶっていた。



「・・・ごめん、オレの姫。

オレは嫌われ者で弱いやつだけど・・・きっと勝ってみせる。

・・・自分のにな。

その時は・・・本当に、オレの姫になってくれるかな」



・・・何、言ってるの?

・・・っていうか、まだ姫とか言ってる!

たかがハンカチで!

・・・でも・・・どうして、そんなに真剣なの・・?

さっきまでの、バカっぽい笑顔はしてないの・・・?



その時、外から鳥の鳴き声がした。


「・・・来たか・・」


ビリップが小屋から出ていくのが分かった。

私は我慢できなくなって、こっそりと後を追った。



しげみに隠れて見た先には、ビリップと、女がいた。・・・暗くてよくは見えない。鳥が女の肩に止まっている。

女の、気味の悪い氷のような声が聞こえてきた。


「相棒を手放すことに決めたのね。

・・・何の心変わり?強くなりたいと言ったから、与えたグリフィンの力・・・

今度はその命を削ってまで、要らないと・・・?」



私は思わず息を飲んだ。

会話が止まった。

・・・まずい。


「でてきなさい」


女の声が静かに言った。

私は意を決してしげみから出た。



「フィナ・・・!」

「ごめんなさい」


私はとっさに謝った。

それしか言葉が出ない。


「・・・そういうこと。」


女の声が、今度は嫌な甘さを放った。


「・・・いいわ。私に"寿命"を50年くれるなら・・・

グリフィンの力、消し去ってやるわ」

「・・・分かった」

「待って!」


・・・あぁ、私なんで止めたの・・・


「分からない・・・何の話・・・?」

ビリップは答えない。代わりに女が口を開いた。


「私は魔女さ。数年前こいつに、グリフィンの力を与えた。

こいつは・・・夜になるとー・・」

「言うな!!」


ビリップが怒鳴った。

昼間のちゃらけた雰囲気は、どこかに行ってしまっていた。


「あらら・・・知らなかったのね・・・可哀相に・・・

国でも無意識に人を傷つけ、嫌われ、追い出されて・・・

力が怖くなったというのか。・・・勝手なものよ」


魔女は冷たく言い放った。



「50年の寿命なんてくれてやるよ!!

オレには・・・信じてみたい出会いってのがある!

ずっと夢だったんだ!」

「待って待って!」


私はまた止めた。

・・・何この人。待ってよ。


「50年の寿命なんて・・・何言ってるの・・・!そんなのダメ!命でしょう・・・!?」

「命より・・・オレはずっと欲しかった・・・"姫"に会えない方が辛い・・!

お前じゃなかろうと!誰だろうと!こんなオレは嫌われるだけだ!」

「そんなこと・・・!」

「時間よ」



もう暗い。夜だ。


「う゛っ・・・」


ビリップが横でうずくまり始める。

まさか・・・!


「早く・・やってくれ・・!」


魔女は手を挙げた。



ダメ・・・!!

私は、無我夢中で・・・

わけもわからず、そばにあった石や、木の板を魔女に投げつけた。


「邪魔を・・・する・・・・な!」

「きゃっ!」



ビリップが私の腕を掴んだ。

・・・遅かった。私が振り返って目にしたのは、巨大な金色の鳥だった。

ひづめが腕に食い込んだ。



グリフィンが天に吠えた。


「ちっ」

魔女は舌打ちをして、消え去った。

後にはビリップと、私だけが残された。

・・・嘘。



ギャアアアアアッ

ギャアアアアア



鳥のつんざく鳴き声と共に、ビリップはそのヒヅメで、自身を引っ掻き始めた。


「ダメ!!」



私は・・・もう、恐さなんてなかった。

何も、なかったの。

ただその血走った目が・・・血の流れる腕が・・・

鳴き叫ぶ声が・・・



愛してほしいと

言ってるようだった・・・



「やめて!!お願い!!」


私は暴れるビリップの後ろから、抱き着いた。

止めたかった。だから、目一杯腕を広げて、力を込めた。

・・・嘘みたいな、今だから。

私の大好きな、物語・・・



王子様の願いは、一つだけ・・・



「ビリップ・・・!私・・・!怖くなんかない・・!!

怖くないよ!」


暴れないで・・・お願いだから。



私は投げ出された。

・・・やだこんなの。

涙が、溢れる。

なんて悲しいの、ねぇ王子様・・・



私は涙を拭った。

今度は、正面に立った。



ギャアアアアアツ



ヒヅメが飛んでくる。


っ・・・!!


避けなかったのは、我ながらアッパレ。

突き出した両手で、それを止めた。

・・・痛い。痛い。



「・・・痛いよ・・・嘘つき・・!変身しないって言ったのに・・・!

・・でも聞いて!聞いて、王子様!」



ビリップの動きが止まった。



「・・・もっと自分を・・・大事にして下さい・・・!

私が・・・悲しい・・・!!



・・・・・ヒヅメに、涙がぽろぽろ落ちた。

・・・・

・・・・・・・



グリフィンは、静かになった。私はビリップを見上げた。

・・・

「聞こえてるの・・・?」



シュウウウウ ウウウゥゥ




グリフィンの姿は縮んでいった。

私が手を握ったまま、ビリップ王子はそこにいた。


「ビリップ・・!」


思わず飛び込んだ腕の中が、とても居心地がよかった。



「・・・やっぱり・・・お前しかいねぇ。・・・間違って、なかったろ」



ビリップが息を切らしながらも、笑顔でそう言った。



・・・ねぇ王子様。

お姫様の願いは、一つだけ。

嘘つきで、格好悪くて・・・

世界一愛してくれる王子様と

一緒にいたいです。

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