優しい童話の短編集〜王子シリーズ〜

春瀬なな

1作目 星の王子様

キラッ・・


「あっ、ママ!流れ星よ!」


星が降り注ぐような夜空は、魔法にかけられたように輝いていた。

小さな女の子と母親が、窓辺からそれを見上げている。


「お願い事、ちゃんとできた?」

「間に合わないわ。あんなに早くちゃ・・・」


ママは優しく笑うと、私の髪をそっと撫でた。


「もう寝ないと。ママはパパのご飯を用意するわ」


私は小さく頷くと、布団にもぐりこんだ。


「いい夢を見てね、アイラ。・・・消すわよ。・・・おやすみ」

「・・・おやすみなさい」


フッと明かりが消えて、ピンク色のドアが閉まった。

・・・そんな、昔の夢を見ていた。子供の頃の、小さな記憶・・。

しかしそんな夢も、私が物音で目を覚ましたことで、終わってしまった。私は耳を澄ませて、起き上がった。

一人立ちをして早1年、ある日の夜のことだった。


聞こえたのは、物音ではなかった。

神々しい、光の音。・・・いや光に音はない。


「あれは・・・?」


窓の外に見える森に、まばゆい光を見つけた。

音などないはずの光が、キラキラと光って聞こえるのは・・・・気のせいだろうか?


私は窓ガラスに鼻をくっつけて、まだ光になれない目をこすった。


「・・・人がいるわ・・・」


猟師のランプの明かりじゃない。光の中で、人の影がうごめく。

夢・・・?

私は目をぱちくりさせたが、自分に言い聞かせた。

・・・夢だわ、きっと。夢なら、何でもいいわよね?


恐怖心は消え去り、私はベッドから足を下ろすと、昔から変わらないうさぎのスリッパに突っ込んだ。

素敵な夢ならいいな。


電気も付けず、私は部屋を飛び出すと、玄関からそろりと家を抜け出した。

冬の空、星々瞬く夜のこと。



森に一直線。庭の花を避けながら、胸を高鳴らせて走った。

やはり、音など聞こえない。



・・・何かしら。


光に近づくと、光の中心にはやはり人がいると分かった。木の影から、そっと顔を出して、見てみる。


・・・おかしいわね。人が光ってる。

・・夢って、何でもありなのね!


人は、男だった。細身で、光っているせいか色白な、髪も白く見える。

・・・まるでお伽話の王子様ね。白馬があったら、完璧。

私はじっとしていられなくなり、木陰からゆっくりと離れた。

こんな時、自分の好奇心の強さと、勇気は物語の主人公にピッタリだと思える。



「あのぅ・・」


私が声をかけると、王子・・・男は予想以上にビクッと肩を震わせ、飛び上がらんばかりに振り返った。


「あ、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったの」


私は慌ててそう言った。

男は不思議そうに私を見つめると、光がだんだんと縮んで行った。木々を照らす光はなくなり、男の体だけが光っていた。


「あなた、何故光っているの?」


私は唐突に聞いた。男ー・・・こうみると、まだ若い。少年といったところか。・・・私と、同じくらいかしら・・・

少年は、何も答えなかった。


「・・・あなたは人間・・?夢の中には、人間じゃない人がでてきても不思議じゃないわ」


私はゆっくり彼に近づいた。


「・・・怖がらないね」


少年はやっと口を開いた。透き通った、穏やかな声がそう言った。


「・・・えぇ。・・・だって、怖くないもの」


私は正直に答えた。だって、何もナイフや銃をもっているわけじゃない。


「・・・花を、ね。見たかったんだ」


少年は再び言った。ポツリとした話し方だった。


「あら。あなたの家に、お花はないの?」


少年は首を振る。少年の足元に、季節はずれのたんぽぽが咲いているのを、私は見た。


「・・・美しいね」


少年はたんぽぽを見下ろして、静かに笑う。キレイな顔立ちだった。


・・・ずいぶんと、優しく笑うのね。


「そうね。・・・地面には花があって、上を見れば・・・ほら!星がキレイ!」


私は夜空を見上げ、うれしくなった。

今日も一段と、星は輝く。


「・・・素敵。私、昔から星が大好きなの」


少年は、そんな私の横顔をじっと見つめていた。私は、はっとそれに気づいて、少年を見た。


「・・・あなた、星みたいね」


そういうと、少年は少し驚いたように目を見張った後、再び微笑んだ。


「そう・・・僕は、星だよ」


私は夢ながら、さすがに少し驚いた。


「・・・だから、光っているのね」


少年は静かに微笑んだ。


「でも、どうしてお星様のあなたが、ここにいるの?」

「・・・いつも空から見てる世界、小さすぎて見えない、美しいものを見るためにね。・・・

僕が流れ星になる前に、一度きたかったんだ」

「流れ星に・・・?」


そう聞くと、今度は寂しそうに笑う。何だろう。この人の表情って不思議。なんだかとても、切ないのはなぜかしら・・


「僕は明日、流れ星になるんだ」

「素敵ね!」

「・・・そう、だね」


少年は空を見上げる。


「・・・みんな、僕の仲間達だ。・・・星はね、自分が1番輝いているその瞬間に、流れ星になるんだ。

地上の人間に、最高の輝きを見せるためだよ。

明日が、僕が最高に光れる日・・・自分で分かる。今日も、調子がよかったし」


星の少年は、私に顔を戻す。


「人が流れ星になることを、なんと呼ぶのかな」

「・・・分からないわ。私達は、流れ星にはならないもの」

「そうだね。・・・でも多分・・・"最後"って・・・呼ぶんじゃないかな」


少年の目は寂しげに光った。そう、この感じ。この切なさ。


「あなた、とても寂しそうだわ」

「・・・」


少年は下を向いてしまった。

・・・だって、本当なんだもの。


「・・・本当は・・・心配なんだ。・・・僕が流れる、そのたった一瞬を・・・

その生涯をかけた一瞬を・・・

誰か、見てくれる人はいるのかな・・・って。」


・・・分かったわ。

この切なさは、はかない命の輝き・・・。


「・・・私が、見るわ」


私はすぐに答えた。少年は、じっと私を見た。私はその目を、同じくじっと見つめ返す。

・・・吸い込まれそうな、お星様の瞳


「・・・あなた、とても綺麗よ・・。大丈夫。私が、必ず見るって約束する!」

「・・・本当・・・?」


私は笑って見せた。

そうすることで、励ましたかったの。

私達のために、輝こうとするこの星を・・・。


少年の顔からすーっと、不安が引いていくのが分かった。


「・・・分かった。僕は、明日君のために光るよ。

それなら、何も心配はない。・・・僕の1番の輝きを・・・見ていてくれるね」


私は強く頷いた。本当は、よく分かっていなかったの。だってまるでお伽話なんだもの。

でも、いいの。私は、お星様と約束をした。


「・・・明日の、12時。

オリオン座の真ん中を走るようにする」

「・・・オリオン座の真ん中ね」


星の少年は頷いて、ゆっくり私に近寄った。


「・・・君、名前は何て?」

「・・・アイラ」

「・・・アイラ・・・素敵な名前だね」


少年は再び光だした。

「僕は、もう行く」


光る両手が、私の手を握った。・・・暖かい?冷たい?・・・ううん・・・なんだか・・・


「私も星になったみたいだわ」


少年はまた笑った。なんだか、涙が出そうだ。

・・・行かないで、とっさに浮かんだ、そんな言葉を飲み込んだ。


「・・・また会える・・?」

「・・・いや・・・最後だよ」


寂しそうな声が告げる。私の手を握ったまま、少年の両足が浮いて行く。


「待って・・・流れ星は・・・流れ星になったら、どこへ行くの・・・?!」

「・・・さぁ・・どこだろうね・・。海の向こう・・・かな」


私は、限界まで腕を伸ばして、その手を握っていた。


「・・・お星様・・・私・・・私、昔からお星様のこと、大好きよ・・・!あなたと会えてよかった!」



星は、優しく笑う。


「ありがとう。・・・僕もだよ。・・・いつも見えない美しいもの・・・君と・・・会えて、よかった」


そうして少年は、空へと上って行った・・・


「人が流れ星になること・・・それを人は・・・

晴れ舞台って・・・呼ぶと思うわ!」



・・・私は、空に向かってそう叫んだ。

・・・ねぇ・・・これは・・・



夢じゃないのかしら。

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