第41話 いらないもの

「ほう。この野菜はずいぶんと味がいい。

 焼いただけなのに味が濃くて…うまいな。」


大きな口を開けてオープンサンドを食べている宰相に褒められて、

思わず庭の野菜たちを紹介したくなる。

小さめのオープンサンドには、

ハムと庭で採れた野菜を焼いたものがこんもりと乗せられていた。


「ふふふ。宰相は野菜の味の違いがわかるのですね!

 このトマトは焼きトマトにした時に一番おいしくなる品種なのです!

 ズッキーニもです。

 ようやく一年かけてちゃんと収穫できるようになったんです。」


「あぁ、そういえば。

 新婚の頃にジークフリート隊長が言ってたなぁ。

 ローゼリア様が畑を作ろうとしてるとか何とか。

 なるほどなるほど。」


「リアは勉強熱心だから真剣に取り組んでましたよ。

 土の改良やらなにやら皆と相談して頑張ってて。」


「最終的には小麦を育てて、パスタを作ってもらう予定です!」


「それも美味そうだ。」


広い畑を見渡せる屋敷の中庭で三人で昼食を取っていると、

村の住民たちが遠くで作業しているのも見える。

ここでは私がいても寄ってくることも無いし、話しかけて恐縮されることもない。

貴族だという認識もあまりないし、かといって冷たくされているわけではない。

必要なことがあれば相談もしてくれる。


この村に来て二か月…とてものんびりと過ごせていた。

先日宰相が来たことで、この村での生活はますます楽しいものになった。




「ローゼリア様は気にならないのか?」


「何をですか?」


「あの国の行く末を。

 二人がいなくなった後のことも聞かれるかと思っていたのだが…。」


「そうですねぇ。気になると言えば気になりますが…。

 私にできることは全部してから出てきましたから。」


「できること?」


「はい。とりあえず商業ギルドには5年分の魔術式を保管してありました。

 急に無くなってしまうと生活が困難になりそうでしたから。

 私がいなくなったら、保管してある魔術式が無くなる前に対処できるようにと。

 商業ギルドには前から相談してあったんです。

 いつか私がいなくなっても困らないようにしておいてくださいと。

 治癒や回復の魔術式に頼って医術の発展をおろそかにしないように、とか。

 防御や結界の魔術だけで人が守れることは無いのだと伝えてきました。

 私が作り出した魔術式は、他の人では作り出せません。

 だからいつか無くなるもの、頼ってはいけないものだと思ってほしいと。」


「それは、私も陛下に言っていたことだ。

 ローゼリア様一人だけに頼る国づくりは失敗しますと。

 だが、聞いてはくださらなかった。」


「そういう意味では商業ギルドは話が通じましたので。

 王族や国名が変わったとしても、平民の暮らしは変わりません。

 ただ毎日、死なないように精一杯生きるだけです。

 私がいなくなって困っているのは…王宮だけでしょう。

 王宮の魔術式、魔術具は私が国から離れたら使えなくなります。

 最初からそういう制約で作られているものでしたから。」


「…そういうことだったのか。

 陛下がローゼリア様を捜索させようとして騎士団に命じた時に、

 魔術具が全部使えなくなっていると報告されて、また崩れ落ちていたよ。

 私はローゼリア様が壊して行ったのかと思っていたのだが。」


「私の能力は、本来は無くてもいいものなんです。

 だけど、それに頼って、無くてはならないものにしてしまったのは陛下です。

 私にできることは、なるべく効果の弱いものにすることくらいでした。

 強いものを作ってしまえば依存されるのはわかっていましたので。


 …まさか、あの程度のもので、

 あそこまで執着されるとは思いませんでしたが。」


「陛下と公爵は、ローゼリア様の子が欲しかったようだ。

 ローゼリア様の能力が一代限りで終わるのが嫌だったのだろう。

 王族と結婚させて、その子孫に能力を継がせることができれば、

 あの国は永久に魔術式に頼って生きられるとでも思ったのではないかな。」


「…そうでしたか。

 それを聞いて、あの一件が理解できた気がします。」



とても気持ちのいい風が通り抜けていく。

柔らかな日差しの下で、美味しい食事をとって、夜はリト様に抱きしめられて眠る。

理想通りの生活が送れていることに、何一つ後悔はない。


たとえ、あの国が地図から消えようとも、

あの王族の血が絶えてしまうとわかっていたとしても。


一度無くしたものは、もう戻らないのだから。

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【電子書籍化】誓約魔術に誓ってもらってもいいでしょうか? gacchi @gacchi_two

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