第40話 国を捨てて(宰相)
「あぁ、宰相も今日が終わりの日でしたか。」
「お前たちもか。二人はどこに行くんだった?」
最後の謁見を終えて、王宮から出るところで近衛騎士の二人に会った。
正確には、元近衛騎士の二人か…。
「俺は辺境伯の所にお世話になる予定です。
前から何かあれば来いと言っていただいていたので。
明日から家族全員で移動します。」
「俺は隣国に行きます。
妹が嫁いでいるので、向こうで一緒に暮らすことにしました。
農家だから働き手は歓迎だと言われましたよ。
幸い結婚もしてませんでしたからね、気楽なものです。」
「そうか…二人とも頑張れよ。」
「宰相もお元気で。」
「いつか、戻ってくることがあったら辺境に寄ってください。」
「ああ、ではまたな。」
この国を出る前に、どうしても行きたい場所があった。
一人で荷馬車を動かして、他国へと行く旅の途中。
妻を亡くし、子どももいない私は、どこへ行くのも自由だった。
あの日、一週間ほどの他国出張から王宮へと戻ると、
謁見室では力尽きたように倒れている陛下と、眠り続けている公爵がいた。
補佐官から何があったのかを聞いて、私も脱力してしまった。
もうこの国は終わりだ。
なんていうことをしたんだ。
陛下と公爵を責める言葉すら出なかった。
もう何を言っても無駄で、文句を言う労力すら無駄に思えた。
ジークフリート隊長の屋敷があった場所は、何もない地面が広がっている。
こうなる数時間前までここには屋敷が間違いなくあった。
屋敷にはローゼリア様がいて、近衛騎士の二人は話をしたという。
もう一度屋敷に戻った時にはこのありさまだったそうだ。
屋敷の建物だけでなく、敷地、周りの草木まですべて持って出て行ったのだ。
二度と…この国に帰ってくるわけがない。
その何もない土地に、跪いて話しかける。
誰も聞いていないとわかっていても。
「ジークフリート隊長、ローゼリア様。
今はどこかで落ち着いて生活できているのだろう。
…ローゼリア様、私の大事なものは…国への忠誠心だったようだ。
もうこれっぽっちも存在しない…。
国を大事だという気持ちも、陛下を支えようという思いも、すべて失った。
これから旅に出る…いつかどこかで会えるといいが…。」
言い終わると同時に、私のいた地面の下から魔術式が浮かび上がる。
囲まれて周る魔術式を呆然と見ていると、一瞬で景色が変わる。
気がついたら、荷馬車と私だけ、どこかに転移させられていた。
目の前にはどこまでも続く広い畑…。
どうしてこうなったのかわからず突っ立っていたら、後ろから声をかけられた。
「あ、宰相。来てくれたんですね!」
「宰相…本当に来たんだ。」
面白そうに笑っているローゼリア様と苦笑いのジークフリート隊長だった。
「え?え?
これはどういうことなんだ?
ローゼリア様!?ジークフリート隊長!?」
「ふふっ。国を出る時に屋敷を収納に入れた後、
ちょっとした仕掛けを置いてきました。
もし宰相が屋敷の跡に来て、
国を捨ててどこかに行く、私たちに会いたいって言ったら、
ここへ飛んでくるようにって。」
「リア…これは宰相も驚き過ぎて声が出ないよ。
もう少しゆっくり説明しようよ。
宰相は王宮に仕えるのを辞めて、自由になったってことですよね?」
「あ、ああ。
陛下が馬鹿なことをしたって聞いて、もう仕える気を無くしてな。」
「そうだと思いました。
リアも、宰相がリアのことを気にかけてくれていたのはわかっていて、
もし国に嫌気がして他国に出ようとするなら、
一度ここに呼んでみようって思ったらしいです。
ここは賢者の隠れ村です。どこの国にも属していません。
もちろん、誰にも見つからない場所です。
宰相が普通に他国を旅していたとしても、俺たちには会わなかったでしょう。
だからリアはここに宰相を呼んだんです。」
ジークフリート隊長の説明を聞いて、少しずつ落ち着きを取り戻す。
私があの場所で二人に会いたいと願ったから呼んでくれたというのか。
もう二度と関わりたくないと言われても仕方ないはずなのに、
いなくなった後の私のことまで考えてもらえていたとは。
「そうか。ここは賢者の隠れ村だったのか。
二人には謝りたかったから、呼んでくれて良かったよ。」
「謝る?宰相はあの時王宮にはいなかったでしょう?」
「ええ、あれは陛下とお父様が勝手に暴走した結果ですもの。
宰相がいたら止められると思って、いない間に決行したのでしょうね。
だから、宰相が謝ることなんて無いんですよ。」
「…謝る必要がない、か。俺の旅の理由が無くなってしまったな。
まぁ、二人に会えたからそれで満足すればいいのかもしれないが…。」
旅に出る前に、やりたかったことが叶えられてしまった。
さて、これからどうやって生きていけばいいのだろう。
「宰相…実は、この村には伝承がたっくさんあるんですけど、
一冊も書き留められていないんです。」
「は?」
「賢者の教えとか、魔女や魔術師の秘術も全部口頭で伝えられているんです。
今までの歴史も五百年分、そのまま放置してあるんですよ。
そんなのもったいないと思いません!?」
「あぁ、それはもったいないな。
誰か書き留めて本にしたらいいだろうに。」
「ですよね!で、宰相がその役目をしてくれません?」
「はぁ!?」
「もったいないですよね。でも歴史書って書くの難しいし、
簡単にまとめられるものじゃないですし…
宰相なら、どういうふうにまとめたらいいのかわかるでしょう?」
「…?」
俺にこの村の歴史書を作れと言っている?
もしかして…
「リアの説明だとわかりにくいでしょうけど…。
宰相が嫌じゃないなら、宰相もこの村で暮らさないかと言ってるんです。
新しい住民、募集中らしいので。どうですか?」
「はははっ。そうか…それで俺を呼んでくれたんだ。
…ありがとう。ぜひ、俺も住民にさせてくれ。」
「はい!」
残り僅かな人生かもしれない。
だけど、新しい目的と仲間ができた。
大事なものを失ったかもしれないが、
俺はそれよりももっと大事なものを手に入れたようだ。
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