第39話 俺の屋敷

いつも通りの屋敷の玄関前に着いて、どうしてここに転移したのかわからなかった。

何か大事なものを屋敷に置き忘れているのかもしれない。

グレッドたちに最後の挨拶がしたいという気持ちはわからないでもない。


だけど、追手が来たとしたら、もうすでに屋敷が包囲されていたとしたら、

グレッドたちを危険な目に遭わせてしまうことになりかねない。


「リア、だめだ。すぐにここから離れなければ。

 俺だって…グレッドたちに別れを言いたいが、そんな場合じゃない。」


「え?」


「もし王宮から追手が来ていれば、グレッドたちが危ない目に遭う。

 屋敷に近付くのは危険だ。」


「…あぁ、なるほど。

 リト様、後ろを見てください。」


「後ろ?」


「ええ。リト様の後ろです。」


こちらは焦っているのに、のんびりした口調のリアに困ってしまう。

後ろに何があると言うんだ?

振り向くと…どこまでも続くような平地と、

その奥は見たことも無い高い山で周囲をかこまれている。

平地には所々に家や畑が点在していて、とてものどかな風景だった。


「は?」


ここはどこだ。

俺の屋敷の玄関前は道路で、その向こうは森だったはず。

こんな広い土地があるわけない…どういうことだ?


「リト様。ここはどこの国にも属さない村です。」


「…もうすでに、あの国は出たってことか?」


「はい。ここは五百年ほど前に賢者が隠れ住んだ村です。

 その後も魔女や魔術師、勇者に…あとなんだったかしら。

 まぁ、そんな感じで、

 国から命令されたり追われたりするのに疲れたものがたどり着いた村です。

 その子孫たちが…今は三百人ほど住んでいます。」


「賢者の村…伝説じゃなかったんだ。」


聞いたことはあった。

世界のどこかに賢者が隠れている村があると。

その村に続いている道はなく、近づくことすら難しい村。


「学園に入学してから三年…休日の間は逃げる先を探していました。

 いろんな国を見ましたが、どこの王族も似たようなものでした。

 私は静かに利用されずに暮らしたかったのですが難しくて。

 そんな時に、この村から呼んでもらったのです。」


「呼んでもらった?」


「はい。この村を作った最初の賢者が亡くなる時に、

 同じように逃げている者がいたら迎えるようにと遺言を残したそうなんです。

 それで、私が逃げる先を探しているのに気がついて、

 村のほうから呼んでくれたのです。

 こういう場所ですから新しい住民がなかなか増えないそうで、

 私がリト様と一緒に移住したいと言ったら大歓迎されました。

 村の子どもたちに剣の指導をしてほしいそうですよ?」


「…そうか。

 で、この屋敷はどうしたんだ?これって、敷地ごと運んできてないか!?

 そのまま全部を持ってきちゃったら、

 グレッドたちが住むところがなくなってしまうだろう。」


「嫌ですわ、リト様。

 グレッドたちを置いてくるわけ無いじゃないですか。」


「はぁ?」


「全員に確認したら、一緒に移住するって言ってくれました!」


「…嘘だろう?」


「嘘じゃないですよぅ。

 それに、今日はトウモロコシを収穫する約束なんです。

 ジャンに美味しく料理してもらう約束なんですから!

 リト様と一緒に食べようとずっと前から楽しみにしてたんですよ!

 屋敷や私の畑を置いてくるなんて、ありえません!」


ぷんっと頬を膨らませて言い切るリアに、また完敗だと思う。


「リア…俺は、もうどうしていいかわからなかった。

 リアと別れたくなくて王命を断って、でも逃げ出すこともできなくて。」


「大丈夫です。リト様がどこにいても…迎えに行きますよ?

 私は離れたりしませんから。」


「あぁ、そうだな。

 リアは…頼もしくて優しくて、綺麗で可愛らしくて。

 俺の…俺のいとしい妻だよ。」


「…はいっ。」


ぎゅうぎゅうに抱きしめて、屋敷の前だというのにくちづけて止まらなくなる。

誰が見ていても構わなかった。

リアが俺の妻で、大好きで、どうしようもないくらい大事で。

それを大声で叫びたいくらいだった。


「ありがとう、リア。」


「帰りましょう?みんな待ってますよ。」


「ああ。…戻ったよ。」


玄関を開けると、そこには笑顔で待つ六人の姿があった。

いつもと変わらない風に出迎えてくれる。


「おかえりなさい、坊ちゃん。」


「あぁ、もう、帰りが遅くなる時は連絡してください。」


「そうですよ!ローゼリア様の睡眠時間が減ってしまったじゃないですか~。」


「ああ、悪い。もうそんなことないから。」


「ふふっ。そうですね!」




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