3.運命の相棒

目が覚める。私は通勤電車の座席に座っていた。電車はちょうど駅を出発する時だった。私が飛び込んだ時刻の電車だ。私は今轢かれる予定だった電車に乗っている。

車内を見渡すといつもと同じ風景だった。車内は梅雨特有の湿気に加えてぎゅうぎゅう詰めの乗客で息苦しい。酸素濃度も少し低いかもしれない、少し乗り物酔いのような気持ち悪さを感じる。

いったいどういうことだろうか。実は飛び込んだのは夢でさっきまで眠っていたとか。それはないだろう。線路に飛び込み意識が途切れる、ほんの一瞬だけとてつもない激痛を感じた気がする。何か太いものが引きちぎれるような感覚。そんな痛み感じたらそこで目が覚めているはずだ。

ならば今が夢か?実はまだベットの上で眠っているとか。もう実は死んでいて今は人生のハイライト的な。プロ野球ニュース的なやつ。

私は頬をつねってみる。痛い。

今度は思いっきり叩いてみる。痛い。

頬も痛いが、周りの乗客の視線がもっと痛い。隣のサラリーマンなんてドン引きしている。これは確実に夢じゃないな。

となるとさっきまで見ていた走馬灯に出てきた、ヤツの仕業かもしれない。

「運命の相棒」。ヤツは私のことをそう呼んだ。ヤツが何らかの方法で私が死なないルートに変えたのかもしれない。

あの時ヤツは私に助けを求めてきた。私に助けてもらうために私が選択してしまった「死」という選択肢をキャンセルしたのだとしたら、何となく納得できる。そんなゲームみたいなことできるのかわからないが。できるとしたら結構まめなやつなのかもしれない。こまめにセーブするような。選択肢出てきたらとりあえずクイックセーブしとくタイプ。

正直助かったと思った。線路に飛び込んだのは完全な選択ミスだろう。轢かれ後あれだけ後悔していたのだから。

いや選択ミスはあの時だけではないのかもしれない。過去にいくつも選択ミスをしてしまったがために結果としてバッドエンドを迎えてしまったのだと思う。それほどまでに、死を選択してしまうほどに私は追い込まれているのだと気づいた。夢も忘れ、やりたいこともなく、毎日同じことの繰り返し。このまま心を以前と同様にすり減らしていたらまた同じルートに入ってしまう。ここで何かを変えないといけない。

「よし、決めた」

ヤツを願い通り助ける。それで私を変える。それにもし本当にヤツが存在して、本当に私を救ってくれたならば私はその恩を返すために助けにいかねばならない。そんなところもあって私は今のところのミッションを「ヤツを助けること」とした。いつも果てしなく長く感じていた通勤時間が今日は何となく短く感じた。


後日、私は仕事を休職した。あれだけ追い詰められていたのだ、何かしらメンタルに問題を抱えているに違いないと精神科医で診察してもらい、診断書をもらった。それを休職届とともに職場に提出した。

私はこの休職期間を利用して私は相棒を探しに地元へ戻った。医者には、メンタルがかなり弱っているから休職期間は何もせず休息に努めるように言われていたが、それほど体にしんどさもないし大丈夫だろう。

夢の中で彼は居場所の詳細を語ってくれた。

『君の故郷、県道沿いにあるバイク屋”イセザキ輪業”という店で待っています。』

なんとも大雑把な説明だ。さっき自分で詳細とか言ったが全然詳細じゃない。

まず県道沿いって。国道ならまだしも、県道て私の実家がある地域で絞っても相当な量だ。そしてもう一つのヒント、バイク屋”イセザキ輪業”。私の地元、三重県鈴鹿市は際レーシングコースがあり、モータースポーツの聖地といわれている。毎年夏には二輪の世界耐久レースが行われ、全国のライダーが集まる。ライダーが集まる場所には必然的にバイクが集まり、バイク屋やパーツショップができる。そういうわけで私の地元にはディーラーやチェーン店だけでなく個人経営のショップが点在している。そういう個人経営のショップはたいてい店舗名が一目ではわからないことが多く、店に入ってみないとわからないことが多い。これは私では探しようがないので、近所のバイク屋によく通っている父に聞いてみた。

「イセザキ輪業って名前は知らないけど、ショッピングモールに向かう道中にあるバイク屋はまだ行ったことないなぁ。あの変なバイクがたくさん置いてあるところ」

「ああ、あそこか。昔からあるよね。」

ショッピングモールに出かけるといつも前を通るバイク屋。晴れているときはいつもバイクが店前に並んでいて小さいころから「バイク屋があるなぁ」ぐらいには覚えていた。

「最近また変わったバイクが置かれてたし、面白そうだからちょっと偵察にでも行ってくれば?」

行って来れば?、というのは行ってこいということだろうか。私は我が家の斥候ではないのだが。しかしそのバイク屋自体は確かに気になる。私は早速そのバイク屋に向けて、自転車を走らせた。


ショッピングモールへ向かういつもの道を自転車でこぎ、目的の店へ到着した。面影は小さい時からほとんど変わっていないように感じる。

店は古びた倉庫を利用したような建物で、店舗名は書かれていない。その代わりなのか、入口の上にはスズキのロゴが掲げられている。そのスズキの看板も所々さび付いていて、それがまた店の古さを強調している。

今日は晴れていたこともあって、店前にはバイクが数台並んでいた。バイクは一台一台みんな磨かれていて、丁寧に管理されていることが素人目からも分かる。

少し立て付けの悪いアルミサッシの引き戸を開き、店の中に入る。中は薄暗く、古いタンスのような香りがする。狭い店内にも所狭しとバイクが並んでいる。

そういえば、店の人間を見かけない。店の奥にでもいるのだろうか。

「すいませーん…――」

奥の通路に向けて店の人間を呼びかけようとしたとき、後ろから声をかけられる。

「うちの店に何か用かしら」

声の聞こえた方向に目をやると、店の隅っこに人影が見える。

「冷やかしなら帰ってくれる?」

そこには赤い瞳の女性が壁に背を預け佇んでいた――。


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