それにしてもニナ、こやつは本当に三つの子供か?

 ヨシノブの身体が、揺れる。その動きだけではなく、ヨシノブを包む熱気によるものだ。

 ギーの周りがバチバチと鳴る。ギーが周辺の雷を、奪っては与え、奪っては与えを繰り返す音だ。

 もうすぐ、レイチェンイーの、降る時刻。

 ヨシノブはそれを待っているのか?


「雨で私の雷が鈍ると思ってるのなら、それは見当違いですよ。雷への命令がより早く伝わるだけです。むしろ、貴方の熱のほうが鈍るのでは?」

「そんなコスイ真似はしねーよ」


 一瞬、木々の葉と葉の間から覗く天空が、光った。ピシャアッ、と空が鳴った時には、雫が既に落ち始めている。

 その音に合わせたかのように、ヨシノブが動いていた。

 真っ直ぐ突っ込むように向かうが、途中で軌道を変えて、前に出ているギーの左脚の外へ向かう。

 ギーは冷静に向きを調整する。

 が、またも軌道を変えた。

 が、ギーもまた、向きを調整する。

 ヨシノブが突っ込む。もう、ギーの間合いだ。

 ギーは右脚ではなく、前に出していた左脚を振る。

 ヨシノブは左拳を——出さない。その巨体でギーの脚を潜るように、背に回り込んだ。

 だが、拳を出していない。、上体が、固まっている。

 あの、すくい上げるような突きが、出ていない。

 ギーはヨシノブに背を向けたまま左脚を下ろし、それを軸にして、右踵を、振り上げた。まるでコマ陀螺のような掛け蹴りである。

 ギーの踵がヨシノブのに当たろうかという時——。


「バフォオッッッ!!」

 

 ヨシノブの口が、火を吹いた。

 炎がギーを包む。


やったか把他打倒了!?」

 

 そんな声が、口をいて出る。


「ふー、リージュンさん? その言葉の意味はわかりませんが、残念でしたね。私は無傷です」


 雨で炎が掻き消されると、少々だけの、ギーがいた。仕組みはわからないが、雷はそんな事もできるらしい。


「——ところで、今のが秘策ですか? ヨシノブさん。貴方も残念でした。もう、動けないでしょう。命があるだけ喜んで下さいね?」


 ヨシノブの身体が、ぎぎ、と僅かな動きだけを残して止まっていた。


「気落ちしないで下さい。私相手にここまでやるのは——」

「くっ、ふふ」

「————!?」


 ヨシノブが、笑っている。


「う、動けねえのは、おめえも、だろうが、よ」


 ————!! 炎はまやかし故弄玄虚か!

 ギーの体表面が、パキパキと、凍っていた。足下に至っては、完全に氷になっている。

 

「……私を見て、思いついたのですか?」

「へ、へへ。その前に、リージュン、アイツが見せてくれたさ。み、水を吸い出せるんなら、炎も、ってな。アンタが、俺ん中の電流を、操るのを見て、確信、した」


 われは、感動していた。

 われが魔素を扱える、と言えるまでになったのは、覚醒してから半年ほどだ。それでも人間と比べたならば早いらしい。それをこやつは、天性の魔素であるとはいえ、「思いつき」でやったのだ。元々この世界の獣である事も大きいのだろうが、類い稀なるセンス才能というに、他ならない。


「どうだい? 俺も動けねえが、アンタも無理に動こうとすれば、大怪我だ。ここは相打ちって事にしとかねえか?」

「ふむ。どうやら、ただのボンクラではないようですね。しかし、直ぐに調子に乗るのは頂けません」


 バチンッ——!

 

「かっ——!?」


 ヨシノブが、ばたりと倒れた。

 シュウウゥゥ、と、ギーの氷が溶けてゆく。


「リージュンさん、彼はこのまま連れて行きます。ああ、ニナちゃん、でしたっけ? 彼女も一緒に——」


 ギーが、コチラを向いた。


「この彼、中々使えそうです。ヤン先生——コホン。モロー卿の所で、鍛えてもらいましょう」

「一つ、聞きたい。おヌシが手を抜くのは初めて見た。どういう事じゃ?」

「初めてって、そんなに長い間柄でもないでしょう? 私は結構手を抜きますよ。……と、冗談は置いといて、彼、私に『嫌いじゃない』って言ったじゃないですか。私のこの態度に——」


 こやつ、自覚があったのか?


「貴女に出会うはるか昔、私には友人がいました。ある日彼は、私が拉致された、という偽の情報に踊らされて、そして、死にました。だから、私は嫌われるくらいがちょうど良いし、楽なんです」

「……そうか。それで——」


 昔の友を思い出した、といったところかの?


「ええ、そうです。つまり彼は、私が手を下さずとも、いずれ、勝手に情に流されたりして死んでしまうでしょう。私は無駄な事はしません。せいぜいそれまで国に、こき使われれば良いのです」


 ……こやつの悪態も、天性のものじゃのう?


「あははっ! おじさんツンデレ!」


 ニナが割って入った。今度は泣いてないようだ。


「ツンデレ? ニナちゃん、それは何ですか?」

「なんか、スナオじゃないってイミだって! ヨシノブがいってたよ! リージュンといっしょだね!」


 われは、目をつぶって眠るヨシノブを見た。ギーも静かに見つめている。

 まったく、ギーはともかくとして、われ程素直な娘もおらぬじゃろうに。


「……やはり彼、ここで始末しましょうか?」

「やめい!!」


 ————その後、甲冑を身に纏ったギーは、ヨシノブを担ぎ、ニナを抱え、雷鳴のような速さで駆けていった。雷の魔素には、まだまだ知らない使い方があるようじゃ。われも任務が終われば追究してみようかの?

 短い間だったがヨシノブ、あやつは中々に愉快な男愉快的男であった。また会う時、われのことを忘れてしまいはせぬだろうか。

 まぁ善い。われが覚えておれば済む話。きっとヨシノブも、同じことを言うハズじゃ。


 さて、われも、ひとっ走りするかのう?



 色々詰め込んだナニカ。 終わり。




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