雷蹄のギー。
「剣を使わなくて良いのか?」
「言ったでしょう? 貴方を相手に剣は必要ありません。鎧も。
脛当てと
「舐めてると死ぬぜ?」
「舐めてるのは貴方のほうですよ。誰かが合図でもしなければ私のような細い男は殴れませんか? つべこべ言わずに掛かってきなさい」
「それは失礼——!」
ヨシノブが踏み出す。
先日、われと闘った時よりも、速い。
だが。
「シィッ」
ヨシノブがギーの腹に向け突き出した、速さだけを意識したような打拳を、ギーの右の
ヨシノブは、即座に離れる。
止められたから離れたわけではなく、
「はぁ、呆れます。闘いに於いて
「ぐっ」
ヨシノブの左拳の毛が抜け、
どうやらヨシノブには、初めに相手を測ろうとするくせがある。素手同士であるならば、それも有効かもしれない。しかし、魔素や武器を使う相手に対しては、別だ。一瞬の間違いが、自らの武器を失うきっかけになり得る。
「我々人間が魔素を扱うには、才能と努力が不可欠。ましてや貴方達魔人のように、全ての魔素を扱える者など、一握りです。私には才能がなかったようでして、この、雷の魔素しか、扱えません。ですが、貴方は、そんな私にすら、勝てない」
「はっ。様子見は悪手? 今、そのお陰で、お前の戦法を知れたぜ?」
「本当に頭が悪い。貴方のその腕が、まだ使い物でいられるのは私が優しいお陰です。それに、わざわざ鉄靴が武器である事がわかるように見せてあげていたでしょう? 洞察力不足。減点です——」
今度はギーが前へ出た。
ギーが湿った土を踏むたびに、パリッとした音が微かに聞こえる。その足跡は湯気によって、できていた。
その足捌きの一部であるかのように、自然に、ギーの右脚が、右足で、弧を描く——。
「ぎっ」
当たってはいない。上体を後ろに逸らしながら、下がって避けていた。
だが、ヨシノブの身体が一瞬、硬直する。
ギーは振り下ろした右足を往路と同じような
ヨシノブは下がらずに、前に、頭を下げる。ギーの右踵は空を切った。
上手い……!
避けるたびに後ろに下がっていては、常に相手に攻撃を許すことになる。しかし、前に出て避けたなら、あの
それに、なるほど。ヨシノブは身体の内で火の魔素を使っておるようだ。あの体躯で素早く動けるのは、そのせいであろう。
しかし——。
「がっ」
またしても、身体が、固まる。
ギーの足は触れていない。
「プシィッッ!」
「!」
ギーは先ほどのヨシノブと同様、後ろに身体を逸らしながら、下がった。
ヨシノブの左拳が伸びたからだ。
虚空を突いたその拳は素早く縮み、既に下がっていたヨシノブの顎の位置に戻る。
「速さは中々ですね。加点しましょう」
「はぁはぁ、どういう事だ? 触れてねえのに、身体が痺れる」
「はぁ、減点です。それも言ったじゃないですか。雷の魔素を使うって。雷はこの世のどんなものにでも含まれます。雷の魔素とは、雷を生み出し使役するもの。命令は実行よりも、先であるのが常。つまり、何よりも早いものなのです」
「わざわざ解りにくい言い回ししやがって」
「今の反論で加点分はナシです。マイナスしか残ってませんよ?」
ギーの使う
誰よりも雷を極め、誰よりも「早く」、戦う男。扱う雷は、自身のものだけでなく、他者や、その陣までに及ぶ。更に、相手の威力をも利用する。
奴の攻撃の、その全てが、
だがしかし、ギーが闘いの中でこうして話をするなどとは。二年前に任務を共にした時などは、有無を言わさず相手を無力化しておった。
どういう気まぐれじゃ?
「くっく、くっくっく——」
ヨシノブが突然、笑い出した。
「なんです? 気持ち悪い」
「いやぁ、ちょっと良い事、思いついたもんで」
ヨシノブは横に移動し始めた。
小刻みに肩を前に後ろに揺らし、左拳を下ろしてゆらゆら揺らす。
ヨシノブの移動に合わせて、ギーもヨシノブに向き続ける。
ヨシノブは前脚を出す、が、また戻す。
ギーは観察を続けながらも動じない。
ヨシノブから、湯気が、昇っていた。
昇りながらも、
————二人の闘いに、合図を出す者は、いない。
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