身内に恐れ抱かれる者ほど恐ろしい。

「では、順序よくいきましょう。先ずはおさらいです。この森林の北の海に出る海賊は神出鬼没です——」


 出発すると、すぐさまギーが説明に入った。余った肉は大きな葉で包み、更に布で包んでヨシノブが担いでいる。骨や皮は埋めて来た。


「待てよ?『らしい』ってどういう事だ?」

 

 ヨシノブが口を挟む。


「はぁ、考えなくてもわかるでしょう? わざわざ海賊を名乗る海賊がいますか? 何処の国でも取り締られているのに。輸送船などに偽装するんですよ。だから我々騎士団も表立って取り締まれない。外交問題になりますから。だから、リージュンさんが任務に就き、表に出ないように皆殺しにする。オーケーですか?」

「む」

「ヨシノブ気にするな。こういう奴じゃ」

「コホン、続けます。その神出鬼没の海賊は、大型のデュラーゴを飼っているそうです。デュラーゴの説明は要りますか?」

「いらぬ。この大陸の西の海にいるのが鳥類の祖である『タントゥース ドラゴン』という蛇。東の海にいるのが魚類の王である『天海デュラーゴ•モール』という蛇であろう? 両方とも空を飛びドラゴンには翼があるがデュラーゴにはない。しかし、龍を飼っているとなると、やはり魔の国の息のかかった者たちか?」

「もしかしたらジパングも関わっているかも、とモロー卿はお考えです。ま、憶測はさておいて、その龍、首が八つあると、たまたま目撃した漁師の証言がありました」

「そんな龍、聞いたこともないぞ?」

「実は大昔の記録に『ヒュドラ』という魔物の話があります。ところで東の海にはもう一種厄介な魔物があることをご存じでしたか?」

「馬鹿にするでない。『クラーケン』じゃろう」

「ええそうです。クラーケンを魔物たらしめるのはその知能の高さと凶暴さだといわれていますが、注目すべきはその繁殖方法です」

「それは知らぬな」

「クラーケンの精子は、カプセルのような生殖器官を海にばら撒きます。それが他の生物に触れると槍のように変化し、突き刺さり、精子を注入します。相手がオスであればそれは毒となり絶命させますが、メスであったならば、強制的に身体を作り変え、クラーケンを産ませます」

「げげ。キモいのう……。しかし、天海龍は飛んでるのじゃぞ? クラーケンとなんの関係が?」

「天海龍は子を産む時、深海へと潜ります」

「なるほどのう? クラーケンにはらまされた龍がヒュドラ、か」

「いいえ。確かにクラーケンに孕まされた生物は異形ですが、首が増える、などのような変化まではできないそうです。完全に変化し切る前に、クラーケンを産み、やはり絶命する。しかし、孕まされるのが、まだ生殖能力のない『幼体』だったならば——」


 ギーは、嫌味を言うのも忘れ、ごくり、と唾をのんだ。


「その幼体は、クラーケンとの『キメラ』となります」


 それが、ヒュドラ……!! しかし——。


「それを従えているとなると、その海賊は何者じゃ?」

「これも、モロー卿の憶測ですが——ヒュドラのほうが、海賊を従えているとしたら?」

「まさか、魔人!?」

「わかりません、が、場合によっては討伐ではなく、偵察に、任務を切り替える必要があるかもしれません。『倒せない』と判断したならば、無理はしないで情報を集める事に専念して下さい」


 確かに、そうであれば、独りでは荷が重いかもしれん。だが、並大抵の者でも効果が薄そうじゃ。せめて騎士団長クラスか、序列上位の魔導師クラスでなければ。


「おい。そんな危ねえトコに、リージュンを一人で行かせんのか? 俺も行く」

「何を言っておる! 覚醒したてのおヌシを連れて行くワケにはいかぬ! というか、おヌシはまだこの国に認められたわけでもない! それに、それに……! それにニナはどうなる!? おヌシが守ってやるのではないのか!?」

「そうだ。だから、俺は死なねえ。ニナはもちろん、俺が守る。だが、お前も、俺が護る。ニナ、難しい話でわかんなかったろーけど、俺は俺の女を護りてえ。だから少しの間、俺がいなくても平気か?」


 ばっ——! 


「だ、誰がおヌシの女じゃッッ!!」

「お前だよ。俺が決めた」

「アタシはダイジョーブ! ヨシノブ! あいするリージュンをまもりなさい!」


 ニナも何を言っておる!?


 われが戸惑っていると、ギーが口を挟んだ。


「心意気だけは、頼もしいですね。ですが、貴方には恐らく、無理かと」

「あ? わかんねーだろうがよ?」

「いいえ。貴方は、私にすら勝てないでしょう。私が剣を使わなかったとしても」

「……試してみるか?」

「や、やめろヨシノブ! こやつは手心を加えるような男ではない!」


 ギーは、自身が使えない、と思った者には、容赦しない。ましてや魔人相手ならば殺すこともいとわないであろう。

 そして、強い。

 槍と剣の闘いならば、われのほうがうわだが、素手同士、となるとその限りではない。斥候兵でありながら、その体術で騎士ナイトまでし上がったこの男を、騎士団の者達は〝らいていのギー〟と呼ぶ。


「私は、ですね? 能力もないくせにお節介をする人、嫌いなんですよ。なんの根拠もなく、自信満々な人も、ね。殺したくなる」

「俺はアンタ、嫌いじゃねーけどな。取り敢えず、そこまで言うなら俺と闘ってみろよ。認めさせてやる。リージュン、止めるなよ。俺の本気、お前にも認めさせてやる」

「良いでしょう。此処をもう少し進んだ所に、開けた場所があります。そこで貴方の全力、見せて下さい」

「へっ! 望む所だ」


 複雑な気持ちだ。

 ヨシノブを危険には遭わせたくない。

 しかし。

 共に行きたい気持ちもある。

 しかし。

 不安だ。

 しかし————。



 嬉しかった。

 



 

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