嫌味な奴は嫌われるぞ?
樹葉が雨除けになっていない場所の雨も和らいできた頃合い。——朝メシを摂るには少し遅い時間だ。この森に、芳ばしい香りが漂っている。
われはこんがりと焼けた皮革の上に、切り分けた肉を並べていた。
「ほれヨシノブ、その赤茶の実をとってくれ」
「? ほい。なあ果物はともかくとして、その実、食えんのか? 他の
われはヨシノブに投げられた木の実を受け取り軽く握る。われの手にも収まる大きさの木の実だ。
ヨシノブが眉根をよせるのも無理はない。鼻が利くわれらにとって、刺激物を予感させる匂いをこの木の実は発している。酸味と、辛味と、渋味を、思わせる匂い。このままでは、食えたものではない。
「
言いながらわれは、水の魔素を使う。
木の実を握るわれの指の隙間から、水滴が、
「こうして水を、吸い出すこともできる。更に火の魔素を使い、少しだけ手の中で
肉の旨そうな匂いにまだ
「へえ? スパイスか」
「これならおヌシも文句はないじゃろう? というか、味覚は人なんじゃな?」
「ああ、蛇ならギリいけそうだけど、虫はもう、食えそうにねえ。グルメだった前世の俺を恨むぜ」
「塩気は無くても大丈夫かの?」
他人に食わせるために調理するのは久しぶりだ。少しだけ緊張している。独りでいる時にはそんなこと、気にしないというのに。
「そこまで贅沢は言わねえさ。
「
なんせ、途中で果物をつまみ食いしたとはいえ、もう、我慢の限界じゃ。
われらはしばらく、無心に肉を頬ばる。
う、美味い! このために生きてるようなもんじゃな!
「うわぁ! スゴイおいしー!」
ニナも満足そうだ。彼女はわれらと違って尖った歯を持っていないので、ニナ用に柔らかな部位を、一口の大きさに切り分けてある。
「ヨシノブはどうじゃ?」
「ん? うめーよ? 何つーか、うん。凄え旨え」
「はっ! グルメが聞いて呆れるのう?」
「違えって! ホントに旨えもん食ってるときは
「そんなことは知らん」
「マジマジ! 感動してるって!」
まったく。
われがそんな
「いやぁ、優雅なものですねえ?」
男の声が鳴る。
われは、すぐさま、槍を手に取る。
「ちょっと待って! 私です! リージュンさん!」
兜が開いた状態で、われの背後から歩いて来たその男の顔は、確かに見覚えのある顔だった。鼻筋が細長く、目も細く、顎も細い。色は白く、全体的に線の細い男。
「なんじゃ、ギーではないか。脅かすでない。人の食事中に気配を絶って近づくなど、悪趣味じゃぞ?」
「やだなぁ。ホラ私、もともと影が薄いじゃないですか。それに、お二人の警戒心の薄さのせいでもあります」
「ふん」
ギーとは、こういう男だ。
自分を卑下した後に、相手の落ち度を突く。悪気はないのだろうが、少々嫌味な言い回しをする。
「誰だ? 影だけでなく、匂いも薄いようだが」
一瞬手を止めたヨシノブだったが、ギーがわれの知り合いだとわかって食事を再開している。
「おおスルドい! あなたが話に聞いたオークの魔人さんですね? 実は私、近々偵察の任務がありまして、匂いが強い食べ物を禁じてるんですよ。だからどんな敵が出てくるかもわからないこんな森で、優雅に、のんびりと、お肉を食べていられるお二人が非常に羨ましいです」
モロー殿にはゴーレムを使って「幼な子を連れたオークの魔人に出会った。悪い奴ではない」とだけ伝えてある。
「こやつはギー。この地域を守る騎士団員じゃ。おヌシらを引き渡す相手は、どうやらこやつのようじゃのう? じゃがギー、何故おヌシがここにいる? この姿のわれと会うのはタブーであろう?」
われは表向き、国から追われる危険な獣。それと騎士団員が密会するのを誰かに見られたならば、良くない所では済まされない。
「大丈夫ですよ。私、誰かにつけられるような目立つ人間でもないですし、貴女達のように油断もしません」
「質問に答えてくれんかのう?」
「クセが強えヤツだな?」
ヨシノブは初めてギーに会ったにも関わらず、その態度を気にも留めていないようだ。われなど会うたびにイライラするというのに。
「いやいや、その幼女はともかくとして、彼を引き取るとなると、人間に化けて貰わないと困ります。ので、村に入る前に採寸をと思いましてね。それと——」
あーそうじゃった。人間への化け方も教えてやらぬと。
「それとです。海賊の詳しい情報が入ったので、それを伝えろとモロー卿からお達しがありましたもので」
「モロー殿が? 急ぎか?」
「いえいえ、そういうわけじゃないんですが、私も忙しい身でしてね? こんな雑務、さっさと済ませたいだけですよ。ですので移動しながら話します。早く食事を終えて下さい」
うーむ。やはりこやつは好きにはなれん。
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