嫌味な奴は嫌われるぞ?

 樹葉が雨除けになっていない場所の雨も和らいできた頃合い。——朝メシを摂るには少し遅い時間だ。この森に、芳ばしい香りが漂っている。

 われはと焼けた皮革の上に、切り分けた肉を並べていた。レバー以外の臓物は、血抜きでできた血溜まりごと、その場所の土に埋めてある。この調理法、腸詰ができないのが難点だ。ちなみに肝はヨシノブに食わせた。「臭え」とか言いながらも旨そうに食っておったな。


「ほれヨシノブ、その赤茶の実をとってくれ」

「? ほい。なあ果物はともかくとして、その実、食えんのか? 他のオークヤツらがそれを食ってたトコ、見たことねーんだけどよ? もちろん俺も食ったことねえし」

 

 われはヨシノブに投げられた木の実を受け取り軽く握る。われの手にも収まる大きさの木の実だ。

 ヨシノブが眉根をのも無理はない。鼻が利くわれらにとって、刺激物を予感させる匂いをこの木の実は発している。酸味と、辛味と、渋味を、思わせる匂い。このままでは、食えたものではない。


いか? 魔素を使えば、こんな事もできる。今使うのは水の魔素、じゃ。水をび集める使い方が普通じゃが——」


 言いながらわれは、水の魔素を使う。

 木の実を握るわれの指の隙間から、水滴が、したたり落ちる。


「こうして水を、吸い出すこともできる。更に火の魔素を使い、少しだけ手の中でる。——すると、どうじゃ。完全に乾いたじゃろう? それを握力で砕き、りょうてのひらですり潰しながら、肉にまぶし、り込む」


 肉の旨そうな匂いにまだわずかに混じっていた臭みが、隠された。


「へえ? スパイスか」

「これならおヌシも文句はないじゃろう? というか、味覚は人なんじゃな?」

「ああ、蛇ならギリいけそうだけど、虫はもう、食えそうにねえ。グルメだった前世の俺を恨むぜ」

「塩気は無くても大丈夫かの?」


 他人に食わせるために調理するのは久しぶりだ。少しだけ緊張している。独りでいる時にはそんなこと、気にしないというのに。


「そこまで贅沢は言わねえさ。じゅうぶん、旨そうだ」

よし! ならば頂くとしよう!」


 なんせ、途中で果物をつまみ食いしたとはいえ、もう、我慢の限界じゃ。

 われらはしばらく、無心に肉を頬ばる。

 う、美味い! このために生きてるようなもんじゃな!


「うわぁ! スゴイおいしー!」

 

 ニナも満足そうだ。彼女はわれらと違って尖った歯を持っていないので、ニナ用に柔らかな部位を、一口の大きさに切り分けてある。


「ヨシノブはどうじゃ?」

「ん? うめーよ? 何つーか、うん。凄え旨え」

「はっ! グルメが聞いて呆れるのう?」

「違えって! ホントに旨えもん食ってるときはが少なくなるっていうだろ?」

「そんなことは知らん」

「マジマジ! 感動してるって!」


 まったく。テキトーな态度轻薄奴じゃのう。だが、懐かしい。この世界にも、友と呼べる者達はいるが、そのどれとも違う感覚じゃ。これが家族、という感じか。久しく忘れておった。

 

 われがそんなおもいを持った時————。

 

「いやぁ、優雅なものですねえ?」 


 男の声が鳴る。

 われは、すぐさま、槍を手に取る。


「ちょっと待って! 私です! リージュンさん!」


 兜が開いた状態で、われの背後から歩いて来たその男の顔は、確かに見覚えのある顔だった。鼻筋が細長く、目も細く、顎も細い。色は白く、全体的に線の細い男。


「なんじゃ、ギーではないか。脅かすでない。人の食事中に気配を絶って近づくなど、悪趣味じゃぞ?」

「やだなぁ。ホラ私、もともと影が薄いじゃないですか。それに、お二人の警戒心の薄さのせいでもあります」

「ふん」


 ギーとは、こういう男だ。

 自分を卑下した後に、相手の落ち度を突く。悪気はないのだろうが、少々嫌味な言い回しをする。


「誰だ? 影だけでなく、匂いも薄いようだが」


 一瞬手を止めたヨシノブだったが、ギーがわれの知り合いだとわかって食事を再開している。


「おおスルドい! あなたが話に聞いたオークの魔人さんですね? 実は私、近々偵察の任務がありまして、匂いが強い食べ物を禁じてるんですよ。だからどんな敵が出てくるかもわからないこんな森で、優雅に、のんびりと、お肉を食べていられるお二人が非常に羨ましいです」


 モロー殿にはゴーレムを使って「幼な子を連れたオークの魔人に出会った。悪い奴ではない」とだけ伝えてある。


「こやつはギー。この地域を守る騎士団員じゃ。おヌシらを引き渡す相手は、どうやらこやつのようじゃのう? じゃがギー、何故おヌシがここにいる? この姿のわれと会うのはタブーであろう?」


 われは表向き、国から追われる危険な獣。それと騎士団員が密会するのを誰かに見られたならば、良くない所では済まされない。


「大丈夫ですよ。私、誰かにつけられるような目立つ人間でもないですし、貴女達のように油断もしません」

「質問に答えてくれんかのう?」

「クセが強えヤツだな?」


 ヨシノブは初めてギーに会ったにも関わらず、その態度を気にも留めていないようだ。われなど会うたびにイライラするというのに。


「いやいや、その幼女はともかくとして、彼を引き取るとなると、人間に化けて貰わないと困ります。ので、村に入る前に採寸をと思いましてね。それと——」


 あーそうじゃった。人間への化け方も教えてやらぬと。


「それとです。海賊の詳しい情報が入ったので、それを伝えろとモロー卿からお達しがありましたもので」

「モロー殿が? 急ぎか?」

「いえいえ、そういうわけじゃないんですが、私も忙しい身でしてね? こんな雑務、さっさと済ませたいだけですよ。ですので移動しながら話します。早く食事を終えて下さい」


 うーむ。やはりこやつは好きにはなれん。

 

 


 

 


 


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る