「暗い部屋」の補足とその前からの続きとあとナニカ。

 コレはオーバン殿に教わったやり方じゃ。

「おい、何してる?」


 まだ日が昇らないうちに、木の実やら果物やらを採りに行っていたヨシノブが、戻ってきた。


 ヨシノブはオークの魔人だ。ゴリラ大猩猩のような体躯に猪のような顔。しかし、人の言語を話す。どうやらそれにも慣れてきたようで、かなりりゅうちょうに、話せるようになった。よりも。

 われがゴブリンの魔人として覚醒したのは赤子の時だったので、言語と折り合いをつけるのに苦労したものだが、ヨシノブは人の言葉を覚えていたらしい。この世界での記憶の濃さが、そのような違いになっている。


「血抜きに決まっておろうが」

 

 われはわれで先ほど狩って来た、山羊のようにも牛のようにも見えるその獲物を、木に逆さで吊るし、首を裂いて血を棄てていた。名は知らない。だんだんと息が、弱々しくなってきている。


「そんなもの、子供に見せるな」

「おヌシこそ何を言っておる? が来る村までおヌシとニナ、は、この森でしばらく、われと共に行くのじゃ。慣れて貰わんと困るし、肉が食えないのは、もっと困る」


 ヨシノブとの立ち合いから三日経った。本来ならば致命傷ともいうべき傷も、さすがは魔人といったところだ。ゆっくりと、ではあるが、移動しながらでのこの短い刻での回復は、にはできない芸当だろう。まあ互いに腹に優しい物しか食えなかったワケだがの。

 つまり、三日ぶりの肉である。


「アタシべつにダイジョーブだよー。おとーさんがまえに、みせてくれたもん」


 この幼な子——ニナは、まだ歳が三つであるそうだが、中々とした娘である。違法であったとはいえ、狩猟と酒造で生計を立てていた村で育ったのだ。きっと早くから、そういう教育をされてきたのだろう。体も三つにしては、そこそこ大きい。朝が早いことを子供らしいと言われたならば、そうであろうが。


「獣のよりも、ニナのほうがたくましいな! カカカカッ」

「お前のその姿でそーゆー事されると、なんかコエーんだよ。せめて水辺でやってくんねえかな? 血溜まりもこええ」

「おヌシの豚ヅラよりはマシであろう? というか『惚れた』と言ってくれたのは、嘘じゃったのか?」


 ゴブリンは確かに、醜い。鼻は顔面ごと前方に大きく尖り、口も大きく裂けてギザギザとした牙が並んでいる。鏡でこの姿を見た時はショックだった受了打击

 まぁ化けた人間の姿は前世のままだったので、今ではあまり気にしていない。というか、愛嬌があって逆に可愛い。


「嘘じゃねーって。けど、俺はその見た目に惚れたわけじゃねえ。女としてのお前の中身に惚れたんだ」

「……そんな堂々と言われると、恥ずかしくもなんともないのう」

「別に恥ずかしい事じゃねぇし、俺の気持ちに乗るかは、お前次第さ」

「そんなものか?」


 実を言うとわれは、男を知らない。前世ではの練習ばかりして来たし、こっちに来てからもまだ三年と少し。男との交流自体はアチラでもコチラでもあったが「良い男のほうが一緒にいて心地良い」程度のものだった。

 男女のも母から聞いたりはしたが、好きだとか嫌いだとかは、正直わからん。


「んじゃ、グロいのはもう目をつぶるとして、これからソイツをどうすんだ?」

「シシシ、ではコッチでの友人に教わったやり方を見せてやろう」


 われは吊るしてある獲物に手をかざす。


ハッ


 われのてのひらから垂直に、小さな火柱が上がった。それで、毛皮ごと焼く。

 火の魔素の扱いは大地と比べると得意、というワケではないが、苦手でもない。水や木や天空よりは、はるかに簡単だ。むろん、魔素の扱いに慣れた今では、全ての魔素を闘いに応用することができる。


「腹ん中のもんは出さねえのか?」

「それは火が通ってからじゃ。変わっておるじゃろう? 毛皮を利用した包み焼き包着烤じゃ。『スモーキー』と呼ぶらしい」

「ホゥジェカォ? あ、いや、何でもねえ。それより……俺にもできるかな? ソレ」

「おヌシも魔人じゃ。できない事はないであろうが、属性が合わなければ難しいぞ?」

「ちょっと、やらせてくれよ」


 われは大雑把に、われなりのコツを教えた。

 ヨシノブは「なるほど」と言い、獲物に掌をかざす。


「ふっ! ——おお!?」


 大きな火が出た。

 どうやらヨシノブの天性の魔素は、火であるらしい。


「カカカ。コレは楽ができそうじゃ。ただ、もう少し火力を弱くできるかのう? このままでは木まで燃えてしまう」

「あ、やべ。でも雨で湿ってるし大丈夫じゃね?」

「万が一もある。必要な時に、必要なだけを使うのが肝要じゃぞ?」

「へいへい。いや、ハオハオっつーんだっけか?」


 ……賊を相手にしていた時は、もっと真面目な奴だと思っておったが、こやつ、余り育ちが良くないようじゃ。



 



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