4
その夜。
黒髪の少女はいつも通り天上を眺めていた。
ただ、違うのは泣いていないと言うことだろうか。
「隣、良いかな?」
「……昨日は言わなかったのだけれど」
「ん?」
「レディの部屋に入る時はノックをするものよ」
そう、少女がからかうように言いながら振り返る先にはこれまた黒髪の少年が立っている。
「おっと、それは失礼。君はまだあまりにも幼いから、レディと言う意識はしていなかった」
「まぁ、失礼しちゃう」
「ははは。でも君は同い年の子供と比べると随分と大人びてると思うよ」
なんてことを言いながら、少年は少女の横へ近づいて手に持っていた椅子に座り込む。
「あら、今日は椅子を持参したのね」
「昨日も別に立ちっぱで話すつもりはなかったよ。まさか何もない室内だったとは思ってもいなくて」
と、腕を広げて少年は室内を見渡す。
壁も床も真っ白な部屋。
天上でさえ一切の濁りのないホワイトボックス。
その中心で少年は続ける。
「本当はここに黒板でも持ってこようと思ったんだけど。生憎そこまで大きな物は持ち運べそうになくてね」
「要らないわよ黒板なんて。あっても困るだけだわ」
「いやいや。君、昨日説明受けている時あんまり理解しているように思えなかったからさ。もしかしたら文字が分からないんじゃないかと思って」
「わかるわよ。少しなら」
と、少女はバツが悪そうに頬を膨らませながら言う。
事故にあって、両親が死んでしまったあの日から今まで少女はずっとホワイトボックスに閉じ込められていた。だから、少女は勉強をしたことがない。
少女が形として知っているのは、五歳までに学んだ数少ない単語だけで、あとは全て言葉でしか知らなくて、昨日彼が書いていた文字も、読めてはいなかったのだ。幸いにも、少年が話しながら書いていたおかげで理解出来ているだけで、もし彼がただ板書する教師だった場合は少女は一切理解が出来なかっただろう。
「まず義足が完成したら言葉を覚えよう。今はたぶん自由行動が許されていないだろうからさ」
――だから。と少年は腰に差していた花束を取り出して、少女の膝の上に置いた。
「綺麗な花ね」
「うん、知り合いの花屋で買ってきたんだ。アマリリスって花なんだけど、この辺りでは珍しいみたい」
淡い色の洋紙に包まれた、真っ赤な六枚の花弁。
ユリのような形の花は美しく同時に儚げさを内包しているようだと思いながら、少女はその花束を抱き締めた。
嬉しかったのだ。誰からもプレゼントなんてものは貰ったことが無かったから。
この施設に入ってから既に五年。
誕生日は何度か過ごしているが一度もお祝いをされたことは無く、いつも彼女は一人で過ごしていたのだ。
だが、今日は誕生日ですらなかった。だから少女は少年の意図など理解できない。何故、特別な日でもないのに花をくれたのかなんてことは考えつかない。
「でね、この花なんだけど――」
少女は、少年が話す花の説明を聞きながら香りを嗅いでみてふとあることに気が付いて説明を遮ってしまう。
「この花、香りがない……のね?」
「うん、無いやつ選んだ。ほら、入り込んでるのがバレたらあれかなって思って」
「ありがとね。色々、考えてくれているみたいで」
なるほど。と少女は思いながら自然に緩む頬を、そのままに感謝を述べる。
「いえいえ。技師である僕には、出来ることが少ないからね」
すると少年は、無表情のまま。
しかし、柔らかな声音を少女に向けて話していた。
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