義足の少女は夢を見る

川端 誄歌

崩壊と再建と崩壊

1

 この物語は、とある病室の中から始まった。

 もっと正確に言えば、その遥か地下に存在する隠された一室。

 時間と言う概念を忘れさせるほど真っ白な空間。

 『四角い箱ホワイトボックス』。

 その空間を作った大人たちからは、そう呼ばれる場所。

 四隅の角。壁や床の境目が分からないほど白い部屋に一点の黒があった。

 名前はなくただその形を表現するだけの名前の空間に存在する、車椅子に乗った小さな少女。

 彼女もまた、名前がなく。表情が読めないことからただ『人形ドール』と彼らからは呼ばれていた。

 少女は、脚が悪く、瘦せ細っている。

 両の脚を幼い頃から失ってから既に五年。

「さぁ、立ってみてくれ」

 そう、少女を囲うように群がる大人が口々に言った。

 みんなどこか祈るような顔で車椅子に座っている一人の少女を見守っており、少女はその期待に応えようと必死に立とうとしている。

「……っ。……っ……!!」

 だが、少女は立つことが出来ない。

 立ち上がるために力は込めていた。

 仮に立てなかったとしても、身体を支えられるように肘置きから手を離さない自信も少女にはあった。

 けれど。

 どんなに呼吸が荒くなっても。息を呑み込んでも。覚悟を決めても。

 立ち上がることが出来ない。

 それはずっと少女に脚が無かったからに他ならなかった。

 事故に巻き込まれ、気が付いた時には少女の華奢な両脚はなくベッドの上で横になっていた少女は、一〇歳になるその年までの五年間。両脚が無かった。

 今までの様に歩くことも、走ることも出来なくなった少女は絶望し心に負を宿してしまって。

 そのせいで『立つ』と言うことへの底知れぬ恐怖心が勝るようになってしまったのだ。

「……どうしたんだい? 大丈夫だ。きっとこの脚は動くよ。もし倒れそうだったら僕たちが受け止めるから。だから、立ってみてくれないか」

 白衣を着た大人は皆必死だった。少女が立ち上がってくれないと、この計画がおわってしまうから。

 両脚のない少女、ドールはそんな彼らの思惑なんて知らない。だが、少女にとって彼らは救世主なのだ。脚のない自分に脚をくれたのだから。

 だから、彼らの期待に応えようと少女は無い胸筋に力を籠める。雪の様に白く、熱のない手で、車椅子の肘置きをこれでもかと言う力で掴む。

「っ! っ! うぅ……!」

 だが、少女は立つことが出来なかった。

 どんなに息を深く吸っても。

 どんなに力んでも。

 どんなに、願っても。

 身体が言うことを聞かないのだ。

「…………だめか。くそ、失敗だ」

 白衣の大人の誰かが言った。

「すみません」

 少女はその言葉に反論もせず、ただ受け入れた。

 そして、大人たちは少女の脚を外すと皆次々に離れて行って。

「……ごめんなさい」

 少女の周りには、既に誰も居なかった。

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