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 それからしばらくして、新しい義足は完成した。

 真っ黒な義足は変わらず、しかし軽量化も兼ねてかなり細く新調されているようで少女自身に手渡されても、持ち上げられるくらいではあった。

 表面に走っているラインは色が変更されたようで今度は紫色。黒い表面に走らせるには見えにくい色で、やはり科学者が言うように技師のセンスはないようだ。

「今回は初めから僕も同行させてもらっているよ。質問とかある?」

 全身を黒い衣装でコーディネートしている少年は、目を輝かせながら少女の横で膝を着きながら言う。

「具体的な変化が知りたいわ」

「オーケー。まず、呼称一号機との違いはボディの軽さ。前回のは幼い君にしてはちょっと重たかった気がしてそれを改善した。あとは、意思の伝達しやすさの向上と――」

 と、少年は得意げに語る。

 周囲の科学者たちの顔色を伺うに、どうやら彼らには煙たがられていたようだ。

「――と、まぁこんなところかな。他に質問は?」

「前回取り付ける時、痛みがあるかもって言われたのだけれど、それはどう?」

 と、少女が聞くと少年はほんの一瞬目を細めて手に持っていたボードに視線を落として言う。

「あー、うん。たぶんある。なんせ神経を繋ぐから」

 何枚か紙を捲り、少年は該当するページを見つけたのか、それを少女に見せながら説明を始めた。

「これ、今の技術だと外部的に脳波を読み取って動かすことが出来ないから、直接神経から脳の命令を受け取る方法しかないんだよね。それが原因で、たぶん痛みは多少ある」

 見せられたページには、なにやら複雑なグラフと数値を示す数字が書かれていたが、少女には読むことの出来ない単語が多く、少年が語る以上の情報が入って来ない。だから、少女はそこに義足を構成する『血鉄けってつ』について書かれていることに気が付くことが出来なかった。

「痛覚を遮断する方法はないの?」

「ないこともないだろうけど……おすすめはしない」

「理由は?」

「人間はなにをするにも知覚って言うのが大事なんだ。例えば、そうだな。目を閉じて」

 言われるがまま目を閉じた少女に、技師は手を重ねる。

「僕は今君のなにに触れてる?」

「……手ね。私の左手に触れているわ」

「そう、この感覚が大事で慣れてきたら切っても良いかもしれないけど初めから遮断してしまうと君はその可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしちゃうくらい転ぶだろうね」

 と、少年は手を離しながら目を開けるように言うと立ち上がる。

「つまり、あくまでも脚は偽物でも普通の人間みたく歩けるようになるってこと。僕が足の裏で床を踏みしめるように、君も踏みしめられる。熱いなーとか冷たいなとか、感じられるってこと」

 ふむ、と少女は理解はしたが、どこか不満そうに頬を膨らませてそっぽを見た。

「私が言うのは、接続時の痛みに関してなのだけれど」

「あー、なるほど。次の義足からオンオフ切り替えられるよう努力します」

「お願いするわ、あれ結構痛いの」

 そう意地悪そうに。年相応な言葉を、少女は技術者にかける。

 するとそれを見ていた科学者たちがぽつりと呟いた。

「……ドールの表情が、少し明るくなったな」

「たしかに。技術者と関わってから無自覚かもしれないが、笑顔を見せるようになった」

「あぁ、ドールも。笑うようになったな」

 そんな会話が自分の関わらないところで行われていることも気づかぬうちに、少女は用意された義足を眺めていた。

 すらりと細い脚。

 真っ黒で強靭な素材で形成されたそれ。

 ちょっと自分の脚にしては細すぎるのでは? なんてことを思いながら、少女は眉間にシワを寄せた技術者を見る。

「よし、じゃあ取り付けは彼らに任せるから僕は立つときになったらまた来るよ」

「そんな不安そうな顔をして、離れていかないでほしいわ」

「……眉間のシワは緊張してるからだよ」

 と、言った技術者の彼と入れ替わるように義足を持った科学者が少女の横に立つ。

 そして男は厳つい顔で、言った。

「もう一度言う。すごい激痛がおそらくある」

「さっき彼は多少って言ってたのに」

「あれは君を怖がらせたらいけないと思って言った方便と言うものだろうさ……」

「そう。優しいのね。思ってたより」

 皮肉を言うと科学者は目を細め苦笑いを浮かべた。

「激痛があると言ったのにそれを優しいと言うか」

「えぇ。嘘で固めるよりは、優しさを感じるモノ。よ」

 と少女が言うと科学者は初めて表情を少し緩めた。

「我々は君を立たせると誓ってここで研究をしているんだ。君が立つことが叶うまで君の前では笑うまいと思っていたのだが。もう、頬が緩んでしまったな」

「……そう、笑ってくれた方が。何倍も生きた心地がするのだけれど」

 意外な言葉に今度は少女が目を丸くさせる番だった。

 しかし、照れ臭かったのか科学者は咳ばらいをわざとらしくすると作業に取り掛かろうとする。

「…………善処しよう。じゃあ、着けるぞ」

「えぇ。覚悟はしているわ」

 そう言った次の瞬間、少女を襲ったのは想像を絶する痛みだった。

 ズキ。

 全身をかける痛み。

 ズキズキ。

 無いはずの脚が千切れるような感覚と、骨を溶かすほどの熱。

「ぐ、うううぅぅぅぅ……!!!?」

 無意識に少女が握った拳が震えはじめ、少女の白い肌が赤く染まっていく。

「うぅぅぅぅううううううう!?」

 全身を痺れる感覚に、止めることの出来ない全身の震え。

 少女は、耐えがたい痛みに苦悶の声を押し殺しながら。

 立ち上がるための決意を、決めていた。

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