綻び


四水side



ザクザクと踏みしめる足音に聞きつつ、二人で並んで歩く。

人が全然存在しない廊下とは、ここまで静かだったか、と思わず感嘆する。



橘「お前と一緒とは…。なんだこの安心感は。」


「…そんな背中預けられても肉壁にはならねえよ。」


橘「大丈夫、期待してないから。」


「はぁぁぁ。まぁ、武術に関してはお前の上を行くやつなんてほぼいないだろうな……。」



対リビアングラスの国からの出動要請に応じる我々玉響班は、暁学園学徒隊の中でも前線である、ゼータ・ヴォランティス地方に出兵する。


寮へ向かう廊下の途中、窓から漏れる眩しいほどの太陽の光に目を細めながら、彼女に問う。




「私達…生きて帰って来れるかな?」




そう言えば彼女は間髪入れずに、


橘「ああ。必ず、全員で帰れる。」



そう答えた。

何故ここまできっぱり言い切れるのかは全くわからなかったけれど、橘が言うんだから…という妙な納得感で自分を落ち着かせた。


私は座学の成績が最下位だったが、戦闘成績は3位の成績でここに入ってきた。

ある意味、2位で軍事総帥の橘と私が組むことは他から見たらアベンジャーズにも見えるかもしれない。


個人的にも戦闘相性は良くて、彼女は大剣を振り回す剣士だが、私は両手に小型銃を持って飛び回るガンナーである。

お互い近接ではあるが、作業効率は他班に比べてダントツでトップだ。


それ故、いつも何かと付けて前の方に行くことが多かったのだが……今回は彼女の方が手を挙げなかった。

理由は全く見当もつかなかったが、彼女の意志を尊重し、私もここは引き下がった。


…それに、戦争はあまりして嬉しいものとも感じられない。

私は朔間とは違って、平凡な人だから。


両者静寂なる廊下を歩きながら物思いに耽れば、もう既に私達の部屋の前に着いていた。



(相変わらずボロくさいな。)



暁学園は由緒正しい伝統校であると同時に軍事学校ということもあり、校舎の綺麗さや立派さとは全くもってかけ離れた古臭い宿舎に我々学生は住んでいる。


ドアなど、正直玉響班のメンバーなら本気を出せば一瞬で壊れてしまいそうなほど見るからに脆弱なものだ。




橘「…っ。」


「?橘?何かあった?」


ドアを開けようとした橘が、突然口元を抑えて立ち止まる。




橘「い、いや…なんでもない。」


「また寝不足か?…ったく、また会長に睡眠薬盛られても知らないからな!」


橘「ははは…そう、かもしれないね。」



 何かを隠すように、先程口を抑えていた手をポケットにしまい込み、もう片方の手でドアノブを回す。

いつも白目の肌をしている彼女の肌が、妙に青白く見えたのは恐らく寝不足のせいだろう。


部屋に入るとついさっきなんでもない、と抜かしていた相棒がベッドにすぐ溶け落ちた。




「はぁ…少しは私を見習え。相当顔色悪いのに気づけよ?自分は何とも無くとも、他人が心配するんだから。」


橘「顔色…悪い?」


「ああ、もう雪のようにな。季節外れの雪うさぎ程度には真っ白だぞ。」


橘「ふふ、ありがとう。」


「あー、もう、褒めてねえから。」



少し自分の表現に恥ずかしくなって背けてしまった目を再び橘の方にやると、既に彼女は目を閉じていた。



「…珍しいね。」


いつもなら、私を寝させんとばかりにずーっと夜遅くまで隣で喋っているのだが…。

あの睡眠薬を飲ませたくらいか……いやそれよりも少し前くらいから、なぜだか不健康の代名詞とも言える橘が、すぐに布団に収まるようになった。


人は変わるもんだな、とあまり心配もせずにシャワーを浴びる準備をする。




未だにこの学園に来たときのまんま、私はスーツケースで全ての服を管理している。

クローゼットも勿論あるのだが、正直使い心地が悪くてあまり使おうと言う気もしない。


そんなこんなで結局この古びた紫色のスーツケースを使っているわけだが、着替えを探しているとある一枚の写真を見つけた。




(…?なんだこれ、こんなもの入れたっけか?)




その写真には見覚えのない大人二人と小さな頃の私が映されていた。


(…これは、私…?うーん、父さんと母さんにしては身長が高いな…。)


誰かの両親だろうか、だがそうだとしてもこんなに小さな私がこのような赤の他人の大人二人と笑顔で写真を撮るだろうか?



もう暫く…恐らく5年は会っていない両親の顔を忘れたというのか?

ありえなくはないが、ここまで顔も身長も違うとなると私の脳内の異常が疑われる。




「…あ、裏に小さく文字が…。」




手の感触でなんだか少しざらついている箇所を見つけると、そこには小さく文字が書かれていた。






「”Η πραγματική μου οικογένεια”…?なんて読むんだこれ。」






母国語でさえ危うい私が、こんな未知不可解の言語など解けるはずもなく。

このよくわからない一枚は、先程見つけた服の山の底にしまった。

でも、どうしてか見落としている部分があるような気がしてもう一度取り出してくまなく見てみるが、やはり何一つわかることはなかった。



(…あの二人は一体…。それに、私はなんであんなに嬉しそうに笑って…。)


すっかり記憶が抜け落ちてしまったのか、今の私にこの事実に抗う術など何一つ持ち合わせていなかった。




 頭から流れ落ちていく水しぶきに乗せてわだかまりを全て流して、また部屋に戻ったらいつもの私でいられるように、そう鏡の向こうの自分と共に願った。






佐戸side



蔭「…と、いうことだそうだ。」


「…へぇ、随分とナメられたものだね、私達も。」



いつもの校舎裏で落ち合った私達は、今日の情報交換を行う。


蔭「…そこまでして紫苑国が欲しいのか?」


「んまぁ、ここは資源の宝庫だし、何しろ国民の所得が周辺諸国に比べて遥かに高い。そういう事を考えれば…地も民も我が物にしたいとは考えるようになるだろうね。」


蔭「…そうか。………ただ、それでも俺はやっぱりここへ来てから父上の考えがますます理解できなくなった。」




そうへこたれながら夜空に浮かぶ月を眺める彼女は、どことなく手を少し震わせながらそう呟く。




(…気持ちはわかるよ。)



特に玉響班に配属されたときから、恐らく彼女も私も、色々な価値観を覆されている。






 約1200年前、ここには元々日本国という約3000年続いた大国家があった。

人々の生活も豊かで、文化も伝統も大切に重んじているこの国は、周辺諸国とも関係は良好で、勿論__リビアングラスとも協力関係にあった。


しかし、ある日を境に突然この国はある国によって滅ぼされる。




その国こそがここ……”紫苑国”だ。




 この国は元々、国として認められていなかった、所謂地方の自治集団のようなものだった。

秘密裏に力を蓄え、下に位置していた日本国を一夜にして滅亡させるほどの強すぎる軍事力と結託力で、紫苑国は他国に恐れられた。


しかし、恐怖とともに憎悪の度合いも上がっていき、それが頂点まで達したのが、約200年前に起きたダステーニュ戦争。

流石の軍事国家である紫苑国も、複数の国家相手には話にならず大敗を喫す。


それから国土は4分の1まで縮小され、今ではリビアングラスやシャンディガフに少し遅れを取っているくらいだ。


なのに何故国が豊かなのか。それは皇家の存在と、揺るがぬ軍事力のおかげであろう。

医療系では後進国であるが、軍事においての兵力は圧倒的に紫苑国が勝っている。





(故に、今まで手を出すことが出来なかった……。)


だから今、この時がチャンスなのだ。

恐らく……これは、全て皇帝が企んだものだろう。皇室離脱をしていながら、未だに重要な立ち位置にいる華族たちが邪魔だったのかもしれない。




(…それにしてもあの紫苑国が内部紛争とは…流石、三菜だ。)






__________人にはやりたくなくても、やらなくてはいけないことがある。


そう言ってくれたのは、紛れもなく三菜だった。



人を欺くことになるかもしれない、私達は皆に嫌われるかもしれない…。それでも、この国が無くなればこの世界の循環は再び良くなり……日本国の再興も、叶うかもしれない。


それだっていうのに、私とコイツは未だにこの深い深い紫苑の揺らめきに体を委ねている。

思ったよりも……否、確実に私達はここの居心地の良さに気づいてしまったのだ。


それは避けたい現実でもあり、これからの悪夢を見る覚悟を揺らす甘い蜜でもあった。





蔭「俺は…この月を見ると、あの日…日本国が滅びた日の事を思い出すよ。」


「あぁ。あの時もこんな風に並んで夜空を見上げたね……。あの時と違うのは、陽がいないのと、街が燃えていないってことだ。」



二人で馬鹿みたいな顔を夜空に向ける。

不気味なひんやりとした風が髪の毛を煽った。



蔭「…なぁ、俺は間違っていると思うか?」



彼女は私にどう答えてほしいのだろうか。

もうこんな事はやめよう?もう帰ろう?



いずれにしろ、我々は任務を遂行するまでは帰ることは出来ない、それは三菜も知っているはず。




……であれば。


「……人には、やりたくなくても、やらなくてはいけないことがあるんだよ。」




私がこの言葉を口にした途端、三菜はハッとした表情を見せた。




蔭「!…はは、やられたな。佐戸ちゃんに一本取られるとは。」


「もう既にこの状況になったのだから、三菜は大きな役目を果たしているとも言える。…同時に、もう後には引き返せない状況だということも……理解して欲しい。」


蔭「…承知しているよ。」



ギリッと音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばった三菜は、徐に息を吸い込んではっきりと言った。





蔭「俺は…………『皆』を信じる。」






(……あぁ、同じだ。あの時と、全く。)


今度は私達の番が回ってきただけ、そう言い残して私は部屋へと足を動かした。





           ー現在公開可能な情報ー



紫苑しおん


約1200年前、大国家日本国を一夜にして滅亡させた強力な国家。故に周辺諸国からは煙たがられ、文化が一歩遅れてはいるものの、軍事力だけは世界でもトップクラスを誇る。

そして約200年前、隣国リビアングラス率いる8カ国連合軍に大敗し、旧日本国領土の4分の3の土地面積を失った。

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紫苑の嘘 アカギメラン @akagi-811sarah

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