【藁人形の想いと霊感少女の願い】

七海いのり

xxx犯人は誰だ

 この物語はフィクションです。






 薄暗い部屋でキーボードを叩く音が響く。彼の名前は淀川透よどがわとおる。滝川南中学校に通っていた中学二年生だ。真夏だというのにエアコンをつけない部屋は暑い。

 淀川は中学校で卑劣ひれつな虐めにって不登校になりずっと自室にこもっている。淀川の目には負の感情が宿っている。

 そう、彼は自分を苦しめた人物達に復讐するための計画をっている。

 淀川は母子家庭だ。父は四ヶ月前に他界していないが三階建ての家を作り一階ではパン屋を経営していた。二階は喫茶店になっていた。父は父の両親と兄弟と自営業にいそしんでいた。

 淀川は家族に囲まれ家では楽しく暮らしていた。しかし三ヶ月前に経営が急に傾いた。いじめがエスカレートし、魔の手は学校生活だけではなく淀川透の私生活や家族までに及んだ。

 赤字が増えて家のローンが払えなくなる寸前に父は自殺した。自分に多額の生命保険をかけていた。父は自殺とバレないように用意周到よういしゅうとうで病死扱いになり淀川と母を救った。自らの命をつことで父は家族を守った。

 その際にパン屋も喫茶店も畳んだ。父の両親や兄弟は『父』が死んだことで心を痛め自営業をすることを恐れた。

 せっかく苦労して建てた家だったが維持費もかかり母の手には余った。家を売却して引っ越す目処めどが立つ。二週間後に淀川と母は母の両親が住む田舎に引っ越す予定だ。

 淀川透は思った。自分から幸せを奪ったアイツらを絶対にゆるさないと。引っ越すまでにアイツらに絶望を与えてやると。自分と同じ苦しみを味わわせてやると誓い悪魔に魂を売った。

 【藁人形わらにんぎょうと結婚をする】と復讐したい相手を不幸にすることができる。淀川はネットの奥深くにあるアンダーグラウンドで【あなたを幸せにする藁人形】を注文した。淀川は藁人形と契約結婚をした。

 藁人形と結婚することで淀川には不思議な力が宿る。【サイコキネシス】を使えるようになった。念力とも言われるし【ネメシスのご加護】とも呼ばれる。


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 長い黒髪に漆黒しっこくの目。それが小宮小百合こみやさゆり。彼女は霊感体質で小さな頃から気まぐれに人助けをする。彼女は猫をこよなく愛す。成瀬ヶ丘私立中学校に通う中学三年生。彼女は【猫神様の生まれ変わり】で精霊や妖精に愛されて育った。神様からまもられているので邪悪なモノに害されずに普通に生きている。

 小宮小百合こみやさゆりは【一卵性双生児いちらんせいそうせいじ】だった。小百合は無事に出産されたが相方は残念ながら死産となった。その相方は肉体を失ったがずっと小宮小百合こみやさゆりの魂の中で生きている。小百合の清いエネルギーをかてに【相方】は個人の魂を持ち続けている。相方は人の姿ではなく時折【猫】の姿で実在することが出来るようになった。

 小百合の霊力が年々増加しているのだ。清い行いを重ねる度に小宮小百合の魂レベルが上がる。一部の生き物から【猫神巫女ねこがみみこ】と呼ばれている。

 相方の名前は小宮涼太こみやりょうた。普通に生きていたなら小百合の双子の弟だった。涼太は黒いキジ猫だ。小百合の霊力には及ばないが涼太も不思議な力が使える。

 涼太は時々ふらりといなくなる。そんな時に帰ってくると【依頼】を持ってくる。今回の依頼は滝川南中学校での【連続自殺事件】だった。小百合は新幹線に乗り九州から本州へと渡った。


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 都市の東西南北にある県立中学校。その南の位置にあるのが滝川南中学校。全校生徒三百人弱一学年八十人程で各学年三クラスある。問題があったクラスは【二年生のAクラス】で成績優秀者が集うクラス。

 今年の梅雨時期に淀川透が不登校になる。夏休み明けから【淀川透】が登校を再開してから【連続自殺事件】が起き始めた。クラス全員が淀川透が犯人だと言っていた。しかし殺害の痕跡こんせきは全く無く警察は【自殺扱い】をし、この事件から手を引いた。

 依頼主は一年生の【相原亜弓あいはらあゆみ】で一週間前に実の兄の相原秋人あいはらあきとが自殺したことに疑問を浮かべた。【事件の真実の追求と兄が殺害された理由】を求めて涼太に依頼した。依頼を遂行したあかつきには【相原亜弓】の中にある『相原秋人との思い出』を貰うことになっている。それは亜弓にとって大事な記憶。亜弓は家族以上に秋人のことを想っていた。

 亜弓が真実を知った際に『秋人への愛』を残していては復讐に走ってしまう可能性がある。生き霊として世界を不幸にするかもしれない。だから報酬ほうしゅうに『亜弓の想い』を消してしまうのだ。

 小宮小百合こみやさゆりは涼太と一緒に誰もいなくなった滝川南中学校の敷地の中をくまなく調べる。小百合と涼太は校内のある場所にやってきた。

 【二年生のAクラス】には普通の人間には見えることも感じることも出来ない【呪詛じゅそ】がかけられていた。教室中に蜘蛛くもの糸が張りめぐらされている。自殺ではなく痕跡が消える蜘蛛の猛毒もうどくによって殺害されたのだ。

 【女郎蜘蛛じょろうぐも】。自然界にいるジョロウグモに猛毒はない。すなわち霊的なナニカが関与して事件は起きた。【淀川透】と【女郎蜘蛛】を結ぶナニカが存在する筈だ。その【ナニカ】を浄化すれば淀川と女郎蜘蛛の契約は解消され、この教室内を取り巻く【呪詛】も消える。

 小百合と涼太は相談する。淀川を成敗するのは簡単なことだ。しかしそれでは【負の連鎖】を絶ち切ることは出来ない。【根源こんげん】を取り除かなければ再び事件は起きる。

 【うらみ】とはカルマのようにまわってくる。加害者と被害者を変えて【苦しみの輪廻りんね】は未来永劫にの世に漂い世界を不幸にする。

 小百合と涼太は『淀川透』の浄化をするべく聞き込み調査を始めた。


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 あれから三日が過ぎた。小百合と涼太は淀川の家にやってきた。時間は深夜二時。最も霊的なナニカの力が増す時間だ。淀川が【ナニカ】とコンタクトを取るなら恐らくこの時間に違いない。

 小百合は『鍵の妖精』に協力をしてもらい、音を立てずに玄関の鍵を開け侵入する。一度敵の懐に入り込めば後は糸を辿るだけ。霊気の糸が一番強いものを選んで進めばその先に【ナニカ】がいる。


 意を決して小百合が淀川の部屋に入る!

 そこには奇妙きみょうな光景があった。


 真っ白な灰のように衰弱すいじゃくした淀川透が幸せそうにはにかみながら大きな女郎蜘蛛に口づけをしていた。女郎蜘蛛は口から淀川の生命エネルギーを吸い取る。淀川の白い髪がはらはらと抜け落ちる。白い歯がぼろぼろとがれ落ちる。

 中学二年生の淀川が目の前でしわしわのおじいさんへと変貌へんぼうした。淀川の首から下げた紐には【藁人形】が結ばれていた。


 小百合が動く! 藁人形と淀川透との【えにし】をってしまえば助かるかもしれない!

 消えそうな命の燈火ともしびが目の前にある。黒いキジ猫の涼太が女郎蜘蛛に飛びかかる! ほんの一瞬意識が他に向けば小百合の霊力で藁人形を火の玉で燃やすことが出来る!

 しかし! 涼太が女郎蜘蛛の糸に捕まる! 小百合は自分の額から大量の御札を取り出しそれをつらねり一本の刀にする!


 御札で強化された刀で強靭きょうじんな蜘蛛の糸を斬り裂く! 涼太はその場に倒れる! 蜘蛛の猛毒におかされている! 小百合は胸元から赤い勾玉のついた真っ白い真珠のネックレスを掴み涼太へと投げた!

 すると黒いキジ猫の涼太は浄化され元気を取り戻す! 勾玉も真珠も真っ黒に変わり果てちりとなって消える。

 予想外に女郎蜘蛛が強い! 小百合は刀で薙ぎながら女郎蜘蛛に迫る! 蜘蛛の足は八本ある。しかし女郎蜘蛛には人の形をした腕が左右に二本ずつついている! 手が二本しかない小百合が手足が十二本ある巨大な蜘蛛と戦うのは無理がある!


 とその時! 助太刀に現る影!

 それは人型になった涼太だ!


 涼太は梵字ぼんじ経文きょうぶんの書かれた塔婆とうばたずさえている! 塔婆とは先祖・故人の供養が目的で立てられる木の板だ。小百合と涼太はアイコンタクトを取る! 阿吽の呼吸で女郎蜘蛛に立ち向かう!

 涼太が塔婆を刺突しとつする。一直線に伸びる木の板を女郎蜘蛛は蜘蛛の糸で絡め取ろうとするが接触する直前に糸は燃え落ちる! 涼太の塔婆はただの木の板ではない! 【風神雷神のご加護】を賜った神聖な塔婆なのだ!

 塔婆とうばから疾風迅雷しっぷうじんらいが放たれ女郎蜘蛛の手足を端微塵ぱみじんき尽くす! 手足を失った女郎蜘蛛の口と腹とお尻を疾風のロープで縛り上げる! これでもう糸や猛毒を吐くことは出来ない!


 畳み掛けるように小百合が宙を舞う! 女郎蜘蛛の頭上から真っ逆さまに刀を振り下ろす! 女郎蜘蛛は真っ二つになる! 斬り口から火の手が上がる! 女郎蜘蛛が燃え盛る!

 涼太は火の粉が他を焼かないように風と水の結界を張る! その隙に小百合は淀川に近付き【縁で結ばれた藁人形】を清めようとする!


 しかし突如として状態は変わる!

 淀川の血肉が急にけてゾンビになる! 藁人形が淀川透の中に溶けていく! もう助からない! 淀川透の魂に藁人形が融合したのだ! 藁人形はゾンビと化した淀川透を操り外へ飛び出す! 暗闇に紛れて逃げた!

 小百合と涼太は顔面蒼白しながら追いかける! このままではさらなる悲劇が生まれる! 一刻も早く浄化しなければならない!


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 霊力を使って藁人形の溶けたゾンビの足跡を辿たどる! 藁人形が目指す場所はなんと【相原亜弓】の家だった。相原亜弓の部屋と思われる場所に窓から突入する! 目に入ったのは【真新しい藁人形】を左手に握ったままで淀川透のゾンビに羽交い絞めにされている相原亜弓の姿だった!

 どうして亜弓の左手に【藁人形】があるのか。それはきっと淀川透と似たような経緯だろう。亜弓も大好きな兄の敵を討ちをしたくて、わらにもすがる思いで【藁人形】に行き着いたのだろう。

 【藁人形の出処でどころ】を抹消しなければいたちごっこだ。蜥蜴とかげ尻尾切しっぽぎりにならないように慎重に事を運ばなければならない。


 小百合は怒り狂った。

 小百合の長い黒髪と漆黒の目が一気に真っ赤に染まる! まるで火山が噴火するかのように小百合の霊力が爆発する!

 小百合は御札で出来た刀を消す。左右それぞれの掌に真っ赤な勾玉を生み出す。そして苦無くないのように投げ刺す! ターゲットは亜弓の藁人形とゾンビに溶けた藁人形だ! 二体の藁人形は断末魔を上げて灰になる!

 淀川透は消えた。相原亜弓はそのまま気を失う。丁度良いので亜弓の頭に触れて報酬である『相原秋人との思い出』を抜き取る。亜弓は実の兄の存在を忘れてしまう。でも仕方ない。今の亜弓の心はまだ幼過ぎて【罪の重さ】を抱えきれない。また呪詛に躍らされる心配がある。だから記憶を奪うことでしか亜弓を救えないのだ。


 小百合は一言だけ残す。『ごめんね』と。

 小百合は涼太を見る。涼太はうなずく。まだ終わってない。【藁人形】を作った犯人を裁かなければならない。小百合と涼太は深夜営業をしている漫画喫茶にやってきた。涼太はまだ人型のままだ。

 小百合の髪と瞳はまだ赤いままだ。小百合は個室のパソコンを操る。涼太は側で小百合を見守る。暫く調べていると欲しい情報にヒットする。パソコン画面に映し出されたのは【あなたの怨みを成就させます。奇跡の藁人形】と書かれた闇サイトだった。

 小百合は涼太の右手を自分の左手で強く握る。小百合の右手はそっとパソコン画面に触れる。小百合が緊張した面持ちで『行くよ』と涼太に声をかける。涼太は悲しい声で『姉ちゃん、行こう』と返した。


 小百合はパソコンを通して【藁人形を作った犯人】のパソコンへと空間移動をした。『時の精霊』と『光の精霊』と『電子の妖精』の力を借りて出来たことだ。


 そのパソコンは見慣れたものだった。

 着いた場所は【小宮小百合】の部屋でそのパソコンは【小宮涼太専用】のパソコンだった。小百合のパソコンはデスクトップだが涼太はノートだ。

 涼太はたまにノートパソコンを持ち出すことがあった。小百合は涼太もお年頃の男子だから……なんて思っていたのだが。


 小百合は【これは涼太の悪戯いたずら】と決めつけた。

 小百合は苦笑する。『なんか失敗しちゃった。ごめんね』と涼太に言った。


 涼太は涙を流した。

 それから『姉ちゃん、最初から気付いてたよね。もう僕をかばわなくていいよ』と呟いた。


 小百合は顔をぐしゃぐしゃにした。『姉ちゃんが嫌いになったの? 私の悪いとこを直すから、だからお願い! また仲良くして?』と言いながら涼太の両手を掴む。

 涼太はそっと握り返す。小百合を見詰めながら言葉を紡いだ。『僕は【生き霊】なんだ。神様に近い存在の姉ちゃんの側にはいられないんだよ。僕はもう限界なんだ。姉ちゃんの眩しい光に灼き尽くされそうで毎日脅えているんだ』そう零した涼太の両手は震えていた。


 小百合が何かしゃべる前に涼太が言葉を重ねる。

『僕は姉ちゃんが猫神様に近付く度に凄く嬉しかった。姉ちゃんが神様みたいになるのが僕の夢だった。ずっと側で姉ちゃんを支えたかった。だけど僕はただの生き霊だった。今の僕はもう【怨霊おんりょう】になってしまった。姉ちゃん……僕を浄化してよ。僕さ……大好きな姉ちゃんに殺されるなら本望なんだ。姉ちゃん、僕を忘れないでね』

 涼太は涙で滲んだ顔で精一杯に微笑んだ。


『嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。……嫌だ、嫌だ!!!』と小百合が叫ぶ! 大粒の涙がいくつも床に落ちる。顔を左右に激しく振って小百合は拒絶する!

『姉ちゃん、お願いだ。今やらなきゃ……僕が姉ちゃんを殺してしまうんだ。神様みたいに霊力が高い姉ちゃんが僕の中の【憎悪】に気付かないはずがないよ。もう見ないふりは出来ないんだ。僕はもう逃げないから。姉ちゃん、僕を救ってよ。僕の良心が僅かに残っているうちに消してくれよ! 僕は怨霊になって姉ちゃんを不幸にしたくないんだ!!!』

 涼太が怒鳴る!

 涼太は黒いキジ猫の姿に戻る! それから丸腰のままで小百合に体当たりをした!


 小百合は何度も『止めて!』と叫ぶ!

 しかし涼太は全力で何度も小百合にぶつかってくる! 小百合が避ければ黒いキジ猫の涼太はそのまま壁に激突した!

 何度も何度も頭突きをしてくる涼太の身体はぼろぼろになった。速度も威力も無くなった涼太がふらふらと小百合に体当たりをした。それを小百合は避けない。

 涼太の口から血が溢れる。目は半分閉じて開かない。涼太は苦しみながら小百合に攻撃を続ける。

 小百合は涼太を治療しようと思った。黒いキジ猫の小さな涼太に手を伸ばそうとすると鋭い爪で斬りつけられた。小百合の左右の腕から血が滴る。

 涼太は小百合の新鮮な血の匂いをいでおかしくなる! 涼太の自我が保てなくなる!


 『こ、ロシ、て、ねえ……チャン』と懇願してくる! 涼太の身体がいびつに脈打つ! 涼太が【怨霊】になる手前だ!


 涼太が壊れていく……。

 小百合は涼太との軌跡きせきを頭の中で思い浮かべた。

 胸の中には涼太と過ごした時間がいっぱい詰まっている! 胸が張り裂けそうだ!


 『涼太、涼太、涼太……涼太! 涼太!!!』


 小百合は泣き叫びながら額から大量の御札を出し二本の刀に変える!






  ――――――――そして、


 小百合は涼太の胸を十字に斬り裂く!!!


 涼太は怨霊になる前に死んだ。

 涼太は幸せそうに笑った。

『姉、ちゃん……ありがと、う』と小さな声をのこして。




 小百合は涼太の魂を抱きしめて、絶対に生き抜こうと胸に刻み込んだ。






xxx終


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