第3講 竜殺してみよう!

 噴水で水遊びに狂い、我は一時の幸福を味わっていた。が、幸福というものは一瞬で崩れ去るものである。今回は天井と共に崩れ去った。


ドゴォォォォオ。


天井をぶち抜いてドラゴンと少女が同時に降ってきたわけだが?うむ。これってどういう状況?


「グルオアアアア」


「はぁっ...はぁっ...」


 天井から落ちてきたあのドラゴンは、先程我にブレスを吐きつけた個体とは違うようだ。黒々とした鱗が【暗視】を通してはっきり分かる。黒い鱗は長寿の個体の印で、魔力を溜めこむことで灰色の鱗が徐々に黒色化していくらしい。少女に気を取られているのか、完全にこちらの様子には気付いていないようだ。


 相対するは年端もいかない少女だ。ぼさぼさの紫色の髪にボロ布を身につけ、肌は異常に青白い。満身創痍といった様子で肩で息をしている。このままではドラゴンの腹の中に収まる運命だろう。この、我がいなかったら、という仮定の話だがな。


 我は【隠密】をさっさと解除し、ドラゴンと少女の間に悠然と立ちはだかった。


「...?!に、逃げて...!」


 いきなり我が目の前に現れたように見えたのだろう。少女はひどく驚いた顔をしたが、我の身を案じたのか息も絶え絶えに逃げるよう訴えかけてきた。自分が絶対絶命だというのに他者を思いやるとは常人の精神では出来ぬ芸当だ。

 

「少女よ、何故我が皇帝となり、そして世界を征服せんと企むか知っているか?」


「こ、こうてい...?」


困惑した顔つきで少女はこちらを見ている。うむ。現在我は謎のヘルムを被った全裸の変態に見えるかも知れないが、確かに皇帝だぞ。


「それはな、我こそが最強でカッコよく、そして偉大な存在かを証明するためだ」


「.....」


あれ、もしかして凱旋パレード観てた?われが暗殺者にあっさり心臓ぶっ刺されたの知ってる感じ?だとしたら、かなり恥ずかしいんだが?


「つまりだ。子供がモンスターに襲われてそれを我が身可愛さに見捨てるなどまーったくもって最強じゃないしカッコよくないし偉大じゃない」


小女は茫然と押し黙ったままだ。


「だから、お前はそこで我が覇道の一幕を眺めていると良い。〈灯火よ我が元を照らせ〉」


 我は決めゼリフと共に、【灯火】を最大効率で発動させた。同時に【暗視】を解除する。


 瞬間、暗闇に満ちた噴水の広間を光が切り裂く。


「グルオオオオオオアアア???!!!」


 ドラゴンは驚きの叫び声を上げ、ふらふらと後ずさりした。【灯火】による目くらましは、魔法陣に助けられた時から考えていた対処法の一つだったが、どうやら有効のようだ。格好の隙を見逃す我ではない。そのまま地面を蹴り上げ、宙を舞う。急所である眼球めがけ、渾身の右拳を喰らわせる。


 しかし、直前でドラゴンは頭を捻り、右拳はドラゴンの上顎に直撃する。厚い鱗に覆われている箇所のため、ダメージはさほど無さそうだ。本来は避ける暇も無く奴の左眼を破壊するつもりだった。しかし結果はこれだ。完全に我の身体が弱体化しているという厳しい現実を見せつけられてしまう。


「(だったら、なんだというのだ)」


 ドラゴンを殴りつけた後、大きく右方向に距離を取る。そして今度は右手のひらに魔力を集め、魔法の武器を形成する。


「〈偉大なる砂龍よ、我が手に槍の一撃を〉」


 第五類魔法【槍撃・土】を詠唱。魔法の土で形成された槍が顕現する。怒り狂ったように迫りくるドラゴンの顔面に向かってそのまま投擲した。槍は奴に触れた瞬間、土に還り、粉々に霧散する。ドラゴンは全くの無傷だ。これは当然の結果。魔力を鱗に蓄積するドラゴンは、魔法攻撃に対して非常に高い耐性を備えている。ドラゴンに魔法で攻撃するな、はおとぎ話に出てくる有名なセリフとして大人も子供も知っている常識だ。


「だが、これも目くらましに使える」


 一瞬前まで槍の形をしていた魔法の土は細粒化し、霧散し、拡散し、ドラゴンの視界を奪う。その隙に真正面から奴の腹に潜り込む。見つけた。竜の逆鱗。そうそう晒す事はないドラゴンの一番の弱点。今度は外さないとばかりに全力の蹴りを入れる。やったか、と思う前に我は横から衝撃を受け、壁に叩きつけられていた。


「がはっ.....!!!」


 尻尾を鞭のように振りかざして攻撃したのだろう。腹の下から器用に尻尾をふるえるものなのだなと素直に感心する。おかげで左の肋骨はほとんど駄目になったし、左腕も使い物にならなくなった。我の体のあちこちから、少なくない量の血が滴り落ちる。こっちはかなりの重傷だが、奴はどうだろうか。


「グオオオオオオオオオオオオオ」


 ははは。元気そうでなにより。ドラゴンの動きは先ほどより鈍っているように思うが、我ほど傷ついている様子は皆無だ。しまったなあ。気絶ぐらいはしてもらわないと困る算段だったのだが。我の方を緩慢な動きではあるが、確実に捕えようとしている。喰うつもりなのだろう。火を吐いてこない理由はそれぐらいしかない。獲物は生が好みらしいな。つくづく我とは相性が合わん奴だ。肉はよく焼いて食うのが美味いだろうに。我は最終手段を使うため、あの魔法を詠唱しようとしたが、声が出ない。

代わりに口から出たのは血であった。壁に打ち付けられた衝撃で息が整えられぬ。

まずい。そう思ったその時。


「〈こっちを見ろっっっ!!!〉」


 張り裂けるような少女の声が噴水の広間に木霊する。強制的に我とドラゴンは、少女の方向を見る。詠唱ともいえぬただの言葉で第一類魔法【挑発】を発動させるとは。魔法も大した逸材だな。


 ドラゴンは本来の獲物を思い出したのか、ゆっくりと、そして狡猾そうな唸り声をあげながら、少女へ向かって歩いていく。少女はその様子に恐怖で震えていたが、口をきゅっと結び、ドラゴンをじっと睨んでいる。そして奴の牙が少女の肌に触れようとした瞬間。


「〈血湧け肉踊れ〉」


 我は右腕で少女を抱きかかえていた。あまりにも一瞬の出来事だったのか、少女は目を白黒させている。

 今我が使ったのは、第三類魔法【身体強化】だ。全身に魔力を直接流し込み一時的に身体能力を飛躍的に上昇させる魔法。時間制限は鼓動が百、脈打つまで。それを超えると肉体が魔力に耐えられず自己破壊する。一度使うとしばらくの間、反動でほぼ行動不能になる。まさに最終奥義というやつだ。出来るだけ使いたくなかったが、致し方ない。


「時間をつくってくれて、感謝する。ありがとう」


 そう我は少女に微笑みながら安全な端の方まで移動させ、黒い鱗を持つ竜と改めて対面する。さて、次は負けんぞ。


 そして次の瞬間、竜の死角である真後ろに回り込み、肉薄する。


 奴は先ほどの我と違うというのを感じ取ったのか、素早く態勢をこちらに向け、右前脚で横薙ぎしてきた。出来るだけ我と距離を置こうとしているのだろう。鋭い鉤爪が我を屠ろうとするが、それを右手で掴み、受け流す。うむ。このドラゴン、強すぎじゃね?本当に老いた個体かよ。もしまともに今の攻撃を受け止めていたら、【身体強化】込みでも我の右腕は砕けていただろう。だが今回はうまく攻撃をいなしたので、バランスを崩したドラゴンは前のめりに突っ伏す。その隙に先ほど狙った逆鱗を今度は右腕で殴りつける。少し傷がついたように見えるが致命傷とは程遠い。同じように尻尾で攻撃してきたが今度は難なく避ける。それからというもの、隙を作っては竜の瞼の上から両方の目玉を殴りつけてみたり、何度も逆鱗を蹴ったりしていたがあまりの固さに我は辟易していた。


「グルオァアアアアッッ」

「ガアッッッ」

「グッッ」


 急所の数々を攻撃して、悲鳴のような鳴き声を時折あげているものの、奴が死にそうな気配は全く無い。もうすぐ、終わりの時間がくる。それまでに倒せなければこちらの負けだ。伝説の剣でもそこらへんに落ちていたらとあらぬ妄想が浮かぶ。もしくは我が愛用していたあの槍さえあれば...。そうか、そういうことか。


 我は正面からドラゴンの頭に飛び乗り、まだ使える右腕でしっかりと竜の左角を抱き込んだ。


「武器が無ければ......防具で殴るのが道理であろう?」


 我は満面の笑みをヘルムの奥からのぞき込ませ、思いっきり奴の眉間めがけて頭をぶつけてやった。そう。頭突きだ。しかしただの頭突きではない。幻金オリハルコンで出来た角付き兜だ。いくら固い鱗で覆われていても、この我の立派な二本角には勝てまい。案の定、深々とヘルムの飾り角は奴の鱗を破壊し、皮膚を切り裂き、頭骨を折り、脳天を突き刺した。そしてそこからは大量の血が噴き出ていた。突き刺したヘルムをドラゴンの頭部から抜きとる。一瞬奴の体がびくっと跳ねたかと思うと、動きがようやく止まるのを感じた。なかなかの好敵手だったぞ。

 奴の目の色が無くなっていく直前、我はドラゴンの喉が膨らむのに気付く。


 それを見た瞬間我は少女を置いた方へ全力で走り、右腕で彼女を抱きかかえる。そして噴水へ飛び込んだ。次の瞬間。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 とてつもない爆発音と同時に、最初に喰らったブレスとは比較にならない大黒炎が空間をしばらく支配し、そして尽きる。.....あ、あぶねええええええええ。死ぬ間際に竜の息吹ドラゴンブレスするなんて聞いてないぞ。死なばもろともなんて考え方、我は古いと思うんだけど?

 

 炎が収まった後、我と少女は噴水の水面から顔を出す。


「ぷはあっ....けほっけほっ」


 少女はかなりせき込んでいた。いきなり水中に連れ込んだから、水が気管に入ってしまったのだろう。少し申し訳ない気持ちになったが、我は皇帝。謝りたくてもなかなか謝れない立場なのだ。彼女の咳が収まったので、代わりに一つだけ問うてみる。


「どうだ、我は最強でカッコよく、そして偉大だったか?」


 少女はしばし、こちらをじっと見つめ沈黙していたが、こくりと首を縦に振った。


 我、大満足。 

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復活した皇帝と学ぶ!上手な覇道の進み方 雲貌 @cloudface

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