第2講 探索してみよう!
俗に言う
「どうした、かかってこないのか?」
「グルルルルルルルルルルル」
小さい両扉だが、その気になればドラゴンはいともたやすく壁を破壊してこの広間に侵入できるはずだ。その時、砂龍の壁画が燦然と輝いているの気付いた。次第にその輝きはこの広間全体を、光の糸で紡ぎ、そして包み込む。
「入ってこなかったというより、入ってこれなかったのか」
ただの壁画だと思っていたが、高度に偽装された魔法陣の結界であったとは。このおかげで我は真正面から黒炎を受けてもほとんど火傷の一つも負わずに済んだのか。なんにせよ助かった。
それにしても全く体が思うように動けていない。体中に熱した金属を流し込まれて固められたかのようだ。くっそ。絶好調であれば五龍の従属種でしかないあんな
「グルオオオオオアアアアアアア」
結界の光を嫌ったか、ドラゴンはもう一度咆哮するやいなや、そのまま両扉から見える大廊下の奥の闇へと走り去っていった。すると魔法陣の光は次第に弱まり、そして完全に沈黙する。
「どうしたものか」
危機が去り、我は広間の床に座り込む。ここが安全地帯であるという事が分かってひとまずは安心だ。しかし安全だからとここに留まったところで、未来はない。この場所にドラゴンが生息していたという事は遠くない場所にドラゴンの餌になる下位のモンスターも複数いると考えるべきだ。そもそも食料も水もないので外に出なければ餓死か枯渇死がいいところだろう。危険を冒してでも探索に出るべきである。というよりこの外の危険地帯を抜けられるのなら、さっさと脱出するのが最善手だ。そうと決まればもたもたしてはいられない。時間が経てば経つほど体力も気力も低下してくる。
「雷獅子の如く事を起こすべし...か」
参謀のキヌマイェルが事あるごとに口にしていた言葉だ。我がこんな危険な場所で目覚めるとは、部下の身にも何かあったに違いない。神算鬼謀で我が帝国軍を導いてきた彼は果たして大丈夫であろうか。彼ならその頭脳と魔術で自身の身ぐらいは守れるとは思うがやはり心配だ。他の者達の顔も次々と浮かび、焦りそうになる。が、このような時こそ冷静に迅速に行動すべきだ。まさしくあの誇り高き雷獅子のように。
「〈全てを悟らせるな〉」
両扉の前で呼吸を整えた後、第一類魔法【隠密】を唱える。魔力の膜が全身を包みこむのを感じた。これである程度のモンスターに気づかれずに移動することが出来る。ドラゴン相手に通用するかは微妙な所だが、使わない手はない魔法だ。
「〈常闇を見通せ〉」
同時に第二類魔法【暗視】も発動させる。先程は【灯火】を用いたが、それを使いながらの探索となると、せっかくの【隠密】が無意味になる。【暗視】は魔力消費がかなり激しいのが難点だが、これも使わない手はない。
素早く、しかし静かに歩み始める。まだ皇帝でもなんでもない、ただのガキの冒険者だったあの頃、初めてダンジョンに潜ったあの時の記憶が甦る。当時は魔法の一つも使えなかったし、足取りも馬鹿みたいに震えていたが、この緊張感だけは今と一緒だ。未知への一歩、死への恐怖、そして心の底でくすぶる興奮。
両扉から続く大廊下を慎重に、大胆に進んで行く。文字通りドラゴンも通れる広さだ。荘厳な柱が両脇に並び立っており、まるで権力を誇示しているかのように見える。しかし廊下の床は摩耗で見るに耐えない惨状になっており、つまりはこの場所をドラゴンが頻繁に通っているということになる。しかしその理由が分からない。あの広間に侵入していた形跡は見られなかったし、何より魔法陣がある。何が目的でこの大廊下を徘徊していたのか。また気になる点がもう一つ。両脇にある柱の更に脇に壁があるが、窓が一つもない。歩いても、歩いても、無い。大広間やこの大廊下の異様な暗さ、そして窓が一つもない点からして、もしかするとここは我を幽閉するための空間かも知れない。または地下型のダンジョンか。まずいな。窓から外へ抜けて帝都へ戻る算段だったが、このまま一本道の大廊下を歩き続ければドラゴンとまた遭遇する可能性が非常に高い。
そうなると、我の体が絶不調なのが非常に問題になってくる。まるで何年も体を動かしていないように鈍りきっているのだ。この状態だとドラゴンはもちろんのこと、それより下位のモンスターと出会った時でも、かなり厳しい戦闘を強いられるだろう。武器はないし、防具もヘルメットだけだ。
しばらくの間、魔法で身を隠しながら大廊下の探索を続けているとようやく風景が変わる。上へと昇る階段一つ。これまたドラゴンが通れる程の巨大な昇り階段だ。
「(素晴らしい装飾の数々と魔法陣に彩られた帝国宮殿風の建造物。あまりにも広々とした間取りで解放感を味わえる素晴らしい物件。この巨大で長すぎる階段で毎日の運動不足ともおさらば。今ならドラゴンも無料でついてくる。室内飼いで全く寂しさを感じないだろう...)」
帝都の家商人の売り文句を真似した、小粋な皇帝ジョークを思いついてしまった。またもや喜劇界を震撼させてしまう未来しかない。我の才能が怖すぎる。そんな未来を勝ち取るため、我は素早く静かに階段を上り始める。あまりに広く、そして大きい階段だが、一段一段は人間サイズなので容易に昇れる。
と思っていたのだが、ドラゴンが日常的に行き来していたせいか、階段が一部崩れており、なかなか思うように進めない。無理に上れば階段がさらに崩壊し、ドラゴンに察知される危険性がある。ひとつひとつ確実に安全な場所を選んで踏破していく。
・
・
・
はぁはぁ。階段を上るだけでここまで疲れるとは。【隠密】と【暗視】の併用もかなりの負担になってきている。しかし、ようやく上階部へ辿り着いた。またもや同じような広間へ来たみたいだ。
そこでまず目にしたのは湧き出る巨大な噴水であった。砂龍をモチーフにしたオブジェの口から渾々と水が流れ出ている。おい、これでは大地を司る砂龍ではなくて、水を司る清龍ではないかっ!とツッコみたくなったが、これ以上我が面白くなってしまったら、世の喜劇役者の仕事を奪ってしまうため自重する。それにしても室内に噴水を設けるとはなかなかの趣味人じゃないか。噴水を見て、我は喉の渇きが急激に加速するのを感じた。
一口くらい...飲んでもバレへんか...。
少し水を飲んでからまた探索を続行しようと思い、噴水の
仕方なく我は、噴水に顔をつっこんで水を飲む。ごくり。ごくりごくりごくり。美味い...。水がこれほど美味いと感じたのはいつぶりだろうか。
水を飲んでとりあえずは満足したが、神経を使って歩いたせいか、我は今恐ろしく汗をかいている。頭ごと水に浸かったので、水浴びもしたくなってきてしまった。
ちょっとくらい...水浴びしてもバレへんか...。
これは汗の匂いでモンスターに悟られないためなのだ。万全には万全を期する必要があるのだ。そう我は納得し、噴水の中へ身を躍らせるのだった。
あはははは。水遊びは楽しいなあ。
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