復活した皇帝と学ぶ!上手な覇道の進み方

雲貌

第1講 復活してみよう!

 冥府海の水一滴、無限砂漠の砂一粒、世界樹の葉一枚。それらは全て巨大なものの構成物の一部ではあるが、それらが全体に及ぼす影響というものはたかが知れている。一滴の海水で冥府海が荒れる事はない。一粒の砂で無限砂漠に砂嵐が起こる事もない。一枚の葉で世界樹が枯れたりする事などあり得ない。


 だが、人の群れはどうだろうか。たった一人の人間が、幾千万もの人の群れの命運を変えることは?


 この世界では起こり得る。圧倒的な『個』の前では幾千万も、幾億も、等しく無力となる。人というありようが、これほどまで理不尽で、不平等で、残酷で、そして美しいのはなぜだろうか。答えは分からないし、無いのかもしれない。しかし、もしくは。あの帝国を築いた皇帝ならば、知っているのだろうか。




 ここはネルティア地下大墳墓。千年前、ネルティア帝国の首都として栄華を極めたこの地の地中深くから、なんとも不気味で恐ろしく、苦悶に満ちた唸り声が千年ぶりに木霊した。


「――――んん....我はもうニンジィーンは食べたくないぞ...ニンジィーンは嫌いだ...」


「...我は肉が食べたい...なんでニンジィーンしかないのだ...」


「...巨大な、巨大なニンジィーンが、我を喰らおうとしている...」 


「うわあああああ!!!...はっ、夢か....」


 驚いた拍子で上体が起き上がり、我は目を覚ました。なんとも恐ろしく、長い夢を見ていたような気がする。あのぎらつく夕陽のような色の野菜が脳から離れられない。いや、そんなことはどうでもよい。


「......我は、確かに死んだはずだ......」


 我は先の王国との戦争に打ち勝ち、その凱旋中、近衛兵にふんした暗殺者に槍で深く心臓を突き刺されたはず。あの痛みは確かに本物だったし、胸から飛び散る大量の血を眺めながら自身の死を確信したのだが、これはどういうことだ。


「なんという暗さだ」


胸部がどうなっているのかを確かめたかったのだがあまりの暗さで何も見えない。そもそもここはどこなのだ。


「〈灯火よ我が元を照らせ〉」


 しばらくの間使っていなかった第七類魔術【灯火】を詠唱した。すると空中に光の球が現れ周囲を煌々と照らし出す。そして眼前に映し出されたのは、巨大な黄色い龍の壁画であった。


「なんとも見事な砂龍だ」


我が帝国の象徴たる砂龍が力強く、流麗に描かれているではないか。惜しむべきは、色がかすれているように見える事ぐらいか。


 次いで顔を下ろし、身体を確認する。胸の部分に全く傷は無く、さらにかつての戦場で負った数々の傷跡すらも消え失せていた。

うむ。我はすっぽんぽんだ。一糸纏わぬ姿で産まれた時の状態だ。いや、なんで?


「しかもなんか申し訳程度に我の大事な部分にヘルムが置かれておるし」


恐らく幻金オリハルコンを用いたであろう輝きを持つその防具は、砂龍の角を模した装飾がなされている。手にとると、その異常なまでの軽さが感じ取れる。


「これだけでも一応身に付けるとするか」


そう独りごちながらヘルムをかぶってみる。うむ。この装着感、金属なのに肌に吸い付くように優しい。そしてこの軽さ。付けているのを忘れてしまいそうになる。しかしヘルムを手で小突いてみれば、その堅牢けんろうさがよく分かる。これは天級武具に優るとも劣らないものだ。我、大満足。


満足したことだし脱ぐとするか。あれ。肌に吸い付きすぎてぬぬね脱げないんだががが。


「うおおおおおあああぁぁぁっっっ」


渾身の力でヘルムを頭から外そうとするが、びくともしない。しばらく粘ってみたが無駄に時間と体力を消費するだけで終わった。

うむ。このヘルム、呪われてね?このままだとつの付きヘルムを被った露出魔の変態ではないか。この真実に気づいた瞬間、我は戦慄した。はやく着るものを見つけなければ。主に下半身を隠すものを。


 魔法の灯火を用いて周囲を探索した結果、衣服を見つける事が出来なかったが、次のようなことが分かった。


 まず、この場所は巨大な広間であるということ。砂龍の壁画に加え、我が帝国の紋章もいくつか見つけたのでネルティアのどこかではあるのだろう。しかし我はこの場所を知らない。次に、我が眠っていたのは棺であった。白い棺。謎の刻印が棺の底に刻まれている。最後に、この巨大な広間に似合わない小さな両扉が一つだけある。他に扉や窓もなく、外に出るにはここしかないようだ。


 この広間の造りからして、墓地なのだろう。ということは、我はやはり一度死んだのだろうか。だが一度死んだ人間が生き返るなど、おとぎ話の中でしか聞いたことがない。復活魔法も蘇生薬も空想の産物だ。だが、我は今生きている。これはどういうことか。いや、今そのような事を考えても仕方がない。



「この扉を開けねば、何も始まらんな」



 ヘルムを脱ごうと必死にもがいたので、腹は空くし喉も渇いてしまった。何か食べたいし、飲みたい。冷えた赤麦酒を喉に流し込み、ビッグヘッドボアの丸焼きにかじりつきたい。それに、服もだ。こんなところ誰かに見られたら、変態皇帝の汚名を着せられる。汚名ではなく服が着たい。


 焦る気持ちを抑えつつ、外にいるかもしれない者たちにばれないようにそっと左右の扉にそれぞれ手をかけ、押し開く。


ギイイイイィィ。


「グルルルルルル」


バタン。


 ...うむ。扉を開けたらドラゴンがいたぞ。目が合っちゃったぞ。思わずそっ閉じしちゃったぞ。おいおいこれは何かの冗談だろう?こんな場所にドラゴンなんぞいる訳がないのだ。そ、そうだ。きっとこれは『ドッキ=リィ』という人を驚かして面白がる最近流行りの遊興に違いない。つまり、あのドラゴンは幻惑魔法の一種であろう。ははは。我の部下も面白いことをするものだな。あとでまじで覚えてろよ。ビビりすぎて死ぬかと思ったぞ。いや一回死んでるかもしれんけど。

 これが悪質な『ドッキ=リィ』だと気付いた我は沸々と怒りが込み上げてきた。もうこの時点で我は自分が真っ裸なのも忘れ、今度は勢いよく両扉をぶち開け、ドラゴンの幻覚に叫んでいた。


「我にそんな『ドッキ=リィ』など通用せんわぁ!!!」


「グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


「うおああああああああああああああああ!?!?!?」


 耳を裂くような咆哮と共に、勢いよくドラゴンの口から黒い炎が吐き出される。我はその黒炎の勢いそのまま、元いた広間の中央までぶっ飛ばされた。


 一つ分かったことがある。こいつは『ドッキ=リィ』じゃない!!














 



 


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