第34話  これからもずっと

 仕事が順調で心配事も何もなかった絶好調の馬さんの人生に、陰りが見え出してからもう十年以上がたちました。その間には、生来の負けん気と一生懸命さで、幾多の苦境を乗り越えてきた馬さんでしたが、刀折れ矢尽きで、「とうとうとうさんは倒産しました」と洒落てる場合じゃありませんが、五十年も続いた会社も幕を閉じる羽目になりました。


馬さんの父親が興した家業を、馬さんは少年時代から手伝い、事業の全てを受け継いでからは、盆も正月も日曜も祭日も関係なく、夏の猛暑にも冬の木枯らしにも負けず、早朝も深夜も厭わずに、馬さんはすごい馬力で頑張って、ここまでやって来たのでありました。


バブル期には念願の家も建て、そこには沢山の人が集いました。研究会が出来て少したった、まだ皆がろくに話も出来ない頃に、テレビ局のある番組で、不況の中で頑張っている町内のグループを紹介するというコーナーがあり、そこでわれ等の仲間達が紹介されたことがありました。着物が出来て喜んでいた頃だったでしょうか。


 テレビのカメラや集音マイクなどの、機材を持ったスタッフが大勢やって来て、馬さんちの居間は撮影現場の物々しさに包まれ、皆も緊張感いっぱいで即席寄席を行いました。 その頃はバブルがはじけて、苦しい時代が始まった大変な時でありましたが、仲間達はみんな持ち前の明るさと根っからの仕事熱心さで、一生懸命立ち向かっておりました。


 そんな皆の姿はテレビを通して、本当によく現われておりました。司会者もコメンテーターも口を揃えて、不況日本にもこんな人達がいる限り大丈夫、力強い! と絶賛してくれました。確かにわれ等の他にも苦境をものともせずに、ダンスや音楽バンドや色々な趣味で楽しんでいるグループを見ると、どの人達もいい顔をして輝いておりました。本当にそれらの趣味がどれほど人生に活力を与えているかが、よくわかるようでありました。



 そんな華やかな撮影の日もあったし、皆で飲んで騒いで愉快な日々もあったこの家でしたが、とうとう手放して越さなければならなくなりました。広く世間に知らしめたいという皆の自慢の東米谷から、引越し先はどこになるか未だ決まってはいませんが、どこに住んでもこの自称噺家馬さんは落語をこよなく愛して、元気に明るく頑張っていくことでしょう。


 どんなに奈落の底につき落とされても、これほどの底力を発揮して、また這い上がろうとする馬さんです。どこからそんな力が沸いてくるのか不思議です。でもこれはきっと神様が、馬さんに落語という素晴らしい贈り物を与えてくれたお陰に違いありません。


 落語に出て来る人物は貧乏をものともせず、むしろ楽しんだり気楽でいいさ、とまで思える力を持っています。威勢のいい職人さん、気風のいい親方や棟梁、博識のご隠居さんに親切な大家さん、人情味溢れる長屋の住人たち・・ああ、神様はこんなに沢山の登場人物を、馬さんの応援団として与えてくれているのですから、これからもずっと元気を貰って、楽しく頑張っていけることでしょう。


 私も二十年近く住み慣れた家ですから、悲しくない、悔しくないといったら全く嘘になりますが、でも思った程は落ち込んではいません。それはやはり、馬さんを支えてくれる沢山の仲間達と、大笑い出来る落語の魅力にとりつかれているお陰だと思います。

 

 そして最近知った創作の楽しみ。この空想の世界ではどんなことも可能で、あの私の駄作の最終章に登場した貴子の兄だって、実はもう十年も前に亡くなっている私の長兄のことですから、そんな人と作品の中ではいつでも会えるのです。それからこんな私だって、美人になったり大金持ちになったり、何でも出来るのですから、想像の世界で成りきって遊べば楽しいことばかりでしょう。


 馬さん達みんなは噺家ごっこをし、私は作家ごっこをしながら、これからの残りの人生を楽しく遊んで、機嫌よく過ごして行こうと思っております。


 それでは長らくのお付き合いを心より御礼申し上げまして、この拙い私の物語をおひらきとさせて頂きます。 誠にありがとうございました。            




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噺家ごっこ  @88chama

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