小説なんて寄席・止せ・よせ 4

 昔から貴子は帰りの新幹線には、いつも後ろ髪の引かれる思いで乗っていた。親が高齢になるにつれ、あと何回会いに行けるだろうかと思い、病みがちになって来るとこれが最後の別れとなるのかも知れないと考えながら、悲しい思いで東京に向かった。

今も沢山のお年寄り達が手を振ってくれたが、あの人達もホームを訪れる家族や友人達と別れる時には、どんな思いで手を振り合うのだろうかとふと思った。師匠の噺の如く「袖振り合うも多生の縁」であり、あのお年より達がもう懐かしく愛しくさえ思える貴子であった。


 親と別れ子供達を大きく育て上げた貴子は、もう自分の人生はほぼ終わってしまったと寂しく思えた時に、この落語研究会で仲間が出来、毎日が楽しく暮せるようになった。落語は年齢に関係なく、いやむしろ年を経る事によって、その人となりが噺に滲み出て良い味を出すものだ。


 年齢に限りなく楽しめるものであるから、これからの人生の折り返し道を、この町内の仲間達と楽しく旅して行ける。そんな自分を本当に幸福に思えるが、あのお年より達もどうかあのホームで、仲間達との生活が楽しいものであって欲しいものだと心から思った。


 皆には大いに愉快な寄席出演であった。何と言っても自分達の芸を人様に見せて、喜んで貰えたのである。あれほど未熟だった芸が練習によって、人を笑わせ涙を誘ったのであるから、皆は大感激をし大得意になり、帰りに兄が持たせてくれた幻の銘酒なんとやらを飲みながら、連日宴会が催されたのであった。


 後日、貴子は兄に電話をし立派な寄席が開けて、仲間達がどんなに喜んでいるかを伝えると、兄も大変満足してくれたようだった。貴子が又行くからねと言うと、次回には落語はまぁ別としても、武田さんと佐川さんに是非来て欲しいと皆が言っているという。


 貴子は武田さんが望まれるのは分かるがなぜ佐川さんなのかと尋ねると、あの日、ヨネさんやガジロウサン達が佐川さんに髪を切って貰ったのだと言う。暫らく姿が見えない間に佐川さんは、六人のお年寄りの床屋さんになっていたのだった。


 貴子はビックリしてしまったが更にもっと驚いたのは、鬼頭さんの噺に泣き出したお婆さんは、もと旅回りの役者だったそうで、自分が舞台に立った時に泣いてもらったりすると嬉しかったもので、涙を流す所を心得ていて、鬼頭さんの人情話をグッと盛り立ててくれたのだそうだ。隣の二人はお婆さんの演技につられて泣いたのだが、あとの一人は自分の昔の姿と重ねて泣けてしまったのだという。


 しかし兄は貴子に、この事はくれぐれも皆には内緒にしておくように、自分も絶対に口外しないから、と念を押してみせるのだった。何故かと聞けば折角、皆が噺家に成り切って町内で、噺家ごっこをして楽しんでいるのに、ばらしてしまったら悪いだろうという心遣いからだった。 


 だが、貴子はそんな落語みたいなオチのあるこの話を、誰にも言わずに秘密になんか出来る訳がないと思った。そこで是非これを小説に書いてみようと思い、兄には「ウン」とおとなしく返事をしておいて、五月の風の爽やかな日に、貴子の小説家ごっこはスタートしたのである。     

  完


 と、こんな風に書いて悦に言っている私でありまして。

でも残念ながら私の文章能力は、われ等仲間達と同じく自己満足の域を出ないものでありますから、読まされた人には迷惑千万なことでありましょう。ですからやはりこれも又、皆の寄席、止せ、よせ・・と同じということ、でありますね。





 

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