小説なんて寄席・止せ・よせ 3

 越後平野の広がる田んぼの中に「ホーム福寿草」は建っていた。

大きな建物の前は広場となっていて、リフト付きバスや大きなワゴン車が何台も止まっていた。足腰の元気なお年寄りが、仲間の車椅子を押して迎えに出てくれている。爽やかな薄紫色の制服の若い男女が三人笑顔で挨拶をすると、奥から貴子の兄も小走りでやって来た。


 案内されて広間へ行くと、午後からの寄席の準備がすっかり出来ていた。控え室で少し休憩を取り各々が口慣らしをし、出囃子のテープの点検をして、用意を整えてから広間へ行くと、入所者の家族やボランティアの人達で満員となっていた。


 先ず榎木さんが「疝気の虫」で皆を笑わせると、武田さんは小噺の「桃太郎」をアレンジしたものだったので、もっとお年寄り達は喜んだ。そして「思わずブイーッと」と言う所では、会場は割れんばかりの大爆笑になった。

 


 園には沢山の小動物が、お年寄りの心の安らぎやリハビリの為にと飼われていた。子供のいない園長は、犬の次郎を我が子のように可愛がっていたので、いつの間にか園長室に毎日出勤するようになっていた。臆病で人見知りをする犬だったから、いつも園長室の窓から外を窺うだけで、余り部屋から出ないのだが、鬼頭さんを見るといきなり走り寄って行った。

 

「賢い犬ですね。僕の事が良く分かるのねえ、おりこうちゃん」

 おりこうちゃんなんて誉められると兄は急にデレッとし、

「次郎って言うんですよ」

 と、どれほど可愛い子であるかと訴えるように話す。


「そうでしょうとも。貴子さんからお聞きしてますよ。お子さんが小さい時、いとこの次郎ちゃんにって、いつも年賀状を送ってたってこと」

「はい、うちの息子ですからねえ、ジーや」

「今度うちのレナちゃんからもお手紙お出ししましょうねえ」

 と鬼頭さんは犬の話で上機嫌になっているので、皆にもとても都合が良かった。



 次郎になつかれてすっかりご機嫌になってしまった鬼頭さんは、自分の出番になるとつい自作の創作落語のまくらの所で犬の事について喋った。すると、犬は可愛いものと言う事から次第にいつもの小言にエスカレートして行き、

「全く面倒の見方がなっとらん。運動もろくにさせんし無駄吠えはさせるし。可愛い時だけ可愛がって後は知らん顔をする。」


「病気にでもなってごらんなさいよ、医者にも見せないし。 金がかかるって言うんなら飼うんじゃないよ君イ。 そしてひどくなると捨てるんだよ。えええ?年を取ったの大きくなり過ぎたのって、捨てちゃう奴もいるんですよ。」

「あなた、考えてもごらんなさいな。ブクブク太ったからって年寄りになったからって、人間を捨てたりしますかってんだよ、ベラボウメが。そんな事をしていいと思っとるのかね君イ」

 

「そうだその通り」

 と会場の中ほどのお爺さんが言った。

「大体、今の世の中、悪い奴ばっかりだとは思わんかね諸君。人を騙して金を取って、何十億も使って平気な奴がおる。コギャルだ孫ギャルだっていい気になりおって。」

「弱い奴を徹底的にいじめる奴とか、親を粗末にして知らん顔する奴。」

「何を考えとるんだね君イ。生意気なガキどもが、クソババアなんて平気で言える世の中だよ、そんなガキには文句の一つも言ってやれ!」

「そうだそうだ。クソババアなんて言うな。クソしねえババァなんていねえってんだ」

 

 と弦巻さんが言うと会場は大笑いだったが、鬼頭さんには

「そんなふざけた事を言う奴はなおイカン」

 とグッと睨み付けられてしまった。

「そうだ、親不孝すんな、なめんじゃねえ」

 と鬼頭さんに猛然と相槌を打つお爺さんは、病気の後遺症のせいか、右手が震えている。少々言語に障害があってはっきり聞き取れないが、鬼頭さんの話がとても気に入っている様子だ。


 鬼頭さんのお説教じみた話に「うちの死んだ爺さんにそっくりの怒りんぼだわね」とか  「お爺ちゃんに怒られとるみたいだがね」とか言う声も聞こえる。」 

「いっぺぇこと苦労して可愛そうに。 ホンナコテ気の毒になあ。こんげな切ねえ話ってねえこってさ」


 話が佳境に入ると急に、前の方に座っていたお婆さんが声を出して泣き出した。鬼頭さんは散々言いたい事を言った後に、自作の辛く悲しい物語で会場をしんみりとさせた。 すると一人二人とつられてシクシク泣き出す人が出て、演ずる鬼頭さんにもグッと力が入った。



 前半の落語が終わると、園の福福楽団が演奏した。なかなか見事なもので、お年寄り達の顔も輝いていた。その様子にわれ等仲間達は大きな拍手を送っていたが、ふと貴子は佐川さんの姿が見えないことに気が付いた。お年寄りに親切な佐川さんは、さっきまで「お婆ちゃん、何て名前なの。年いくつ」等と聞いて親睦を深めていたがその顔が見えない。しかし何処かで喋っているのだろうと、皆も別に気にも止めていなかった。


 武田さんが楽団の演奏が終わると

「とってもお上手でしたわねえ。まだ他に色んな曲が出来るんですか」

 と尋ねると

「あんたさん、歌好きなんかね」と手を取り

「歌、歌ってみなされや」と言うお婆さんがいて、

「えー?アラ、嫌だ。いいの?本当?ウソ。まさかァ」

 と、武田さんは満更でもなさそうな顔をして、ボランティアのリーダーが用意してくれたカラオケで、本気になって「ひばりの佐渡情話」を歌った。

 

 榎木さんと貴子が「ひばりちゃーん」と声をかけると、会場には大きくひばりコールが起きた。武田さんが可愛いのでお年寄りが大喜びをし、ひばりのワンマンショーとなったが、貴子がソッとリーダーの所へ行き耳元で囁くと、彼はニッコリ笑って頷いた。


そして武田さんが歌い終わるとマイクを貰い、

「皆さん、東京から参りましたガラパゴス進一が『おふくろさん』を歌います。どーぞ」

 と浦辺さんにマイクを渡すと、浦辺さんは一瞬キョトンとしたが、前奏が鳴り出すとあの変なガラパゴスのトカゲ顔をして見せた。その姿に次郎がすっかり怯えると、鬼頭さんがかばうようにしっかりと抱き、

「ケッ、プライドも何もあったもんじゃあない」

 と吐き捨てるように言った。お年寄り達はビックリしていたが他の皆には大受けで、歌謡ショーのお陰で浦辺さん、広原さんの出番は割愛されてしまった。




 玄関には大勢の人が見送りに出てくれた。車イスに乗ったり手を引かれたりして、一生懸命に玄関まで出て、握手をしてくれる人もいた。

「又すぐ、来なせえや」と口々に言うと、「ひばりちゃん又ね」と武田さんに抱き付く人もいた。

「ヨネさん元気でね。美里さんもね。ガジロウさんって言ったよね、お爺ちゃん。身体大事にしてよ」

 と、何時の間にか佐川さんが戻って来て帰りの挨拶をしている。

 

 

 別れの挨拶を終えるとマイクロバスは広い田んぼ道を走り出した。後部の窓ガラスからは沢山の手を振る人達が見え、それはやがて越後の遅い春の風景の中に、豆粒となりやがて点となって消えて行った。


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