小説なんて寄席・止せ・よせ 2

 最終章  (抜粋)

 上越新幹線。東京と新潟の間を貴子は何度往復した事だろう。学生時代には学割を利用して何処かへ旅行する事もせず、学校が休みに入ると早々に帰省して親元でのんびりと過ごし、結婚後は子供達を連れて毎年里帰りをした。


 若い頃は楽しい旅であったが、次第に年を重ねていく内に、それは親兄弟の看病や葬儀等で出かける悲しいものになっていった。

 貴子は窓からの景色を眺めながら、こんなに気持ちの良い旅は本当に何年ぶりの事だろうと考えていた。



 貴子の兄からの誘いは皆を大喜びさせ、その日から特訓の日々が続いた。貴子の兄が園長を勤める老人ホーム慰問の為の練習である。

 園ではリハビリの為に楽団を作っていて、最初は打楽器で簡単な拍子を取ることから始まって、今では太鼓や木琴、ハーモニカ、大正琴等で立派に演奏会を開けるようになったそうだ。


 それで園を訪れる沢山の慰問グループと活発に交流が行われていて、三年前には大学の落研も来たと言う。上手い下手は二の次で、園の楽団のお年寄りと交流する事に意義がある、多くは期待しないからお前達でも大丈夫と、変な念の入れ方で迎えられたのだった。



 皆は新幹線に乗る時から大はしゃぎだった。座席に座るとすぐに、ちょっとだけ前祝と言ってカップ酒を飲んだりしている。指定席の都合で鬼頭さんと貴子の席は、皆から離れてしまい貴子には少し不満であったが、鬼頭さんは気分が良いのかしきりと話し掛けてくるので、貴子もそれに合わせている。


「ええ、兄には随分可愛がって貰いました。兄とは十九も年が違いますから、子供のように思ってくれたようで。」

「よく寝る時に話をして貰ったんですよ。それがいっつも同じ話でね。『昔々ある所に一人の若者がいて、天を仰いでいると何か白いものがフワフワと下りてくる。何だろうと思って見ていると、長があい長いフンドシでした』と。」


「毎回それでね。もういい加減に分かってしまって話の先回りをしようとすると、スルッと交わして違う話になっちゃって。それで期待して聞いていると、成る程違う話なんですよね。でも結局最後には男は天から、長あい長いフンドシを貰った、っていう話になるんですよ」

「よっぽどフンドシが好きだったのかね、お兄さんは」

「いえ、違いますけどっ。」

 兄には随分世話になってね、学生の時も病気の親の代わりだったし、子供が生まれると孫のように可愛がってくれて。」

「今も不景気でしょう、とっても心配してくれてるんですよ。大変だろうけどお前にはいい仲間がいっぱいいて幸せだぞって。」

「そうなんですよね。うち今、会社大変でしょう。でも皆と騒いでいると、すごく元気が出て来るんですよね。ストレス発散して頑張って行こうって気になれるんですよ」

「大丈夫だよ貴女、今にすごくいい事ありますよ。笑う角には福来るって、言いますからな」


 いつ近付いて来たのか弦巻さんが、

「フグに当たったんですかぁ鬼頭さん」

 と言ってビールと柿の種をくれた。鬼頭さんはシッシッというような手付きをして、彼を追い払い貴子と話を続けようとしたが、貴子はコーヒーを買う振りをして席を立った。


 皆のいる席に行くと、大喜利の台本を出して練習をしている。

「オーイ、五月みどりさん、何読んでんの」「イワン、バカン」

「何それ」

 そこへ貴子が口を出す。

「浦辺さん、昔子供の時に本で読んだと思うんだけど『イワンのバカ』って話、知りません?」

「さあ、知らないなあ。そんなのあったの」

「私だけか、そんなの知ってんの」

「じゃ、次いくよ。おーい与太。何読んでんだ」

「我輩はバカである」

 と榎木さんが元気な声で言った。」


 続いて広原さんが

「おーい、エロちゃん。蛙の胸突っつきながら何読んでんの」

「チチカエル(父帰る=菊池寛の作品)」

「おいおい田舎のおっさん。 ビクビクしながら何読んでんの」

「オドオド(弟=幸田文の作品)」

 と貴子の作った粗末な台本を、皆は下手だと思いながらも、我慢して付き合ってくれている。もう列車の中は賑やかさだけは寄席のようであるが、内容はやはりいつもと変わらずばかばかしさでいっぱいだった。



 

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