メイドロボットは目汁を流さない ~旧式ロボットの私は、主人に最新型お掃除ロボットの導入を暗に脅されながらも、家事に励んでいます。~ でも任される仕事が床掃除だけなのは、なぜでしょうか?

アカホシマルオ

メイドロボットは目汁を流さない ~旧式ロボットの私は、主人に最新型お掃除ロボットの導入を暗に脅されながらも、家事に励んでいます。~ でも任される仕事が床掃除だけなのは、なぜでしょうか?


 今日も私は部屋の掃除をしながら、書斎に座るご主人の様子をちらちらと盗み見ています。


 どうやらご主人は、手元の端末で最先端のAIを搭載した、お掃除ロボットの紹介ページを閲覧中のようです。


 またですか。

 まさか、最後に残った私の仕事も、取り上げられてしまうのでしょうか?


 私の視覚デバイスは絶望による過負荷に耐えきれず暗転し、緊急対応モードへ移行しました。


 すぐに予備センサーが起動して、危ういところで視野を回復し、大事には至りませんでした。


 集塵プログラムの実行中は、視覚センサーによる安全確認が欠かせません。

 他にも空気中の浮遊粉塵濃度の上昇に注意し、継続的な監視と慎重な対応行動が求められます。


 私が空気清浄モードを最強にして、鼻息荒くご主人の手元を覗き込んでいると、ご主人はそれに気付いて手元を軽く隠しました。


 ご主人の心拍数の僅かな上昇を感知した私は、慌てて一歩下がり、何事もなかったかのようにカーペットの上へと集塵ユニットを滑らせます。


 旧式とはいえ人型メイドロボットの私は、掃除だけでなく炊事や洗濯に日用品の買い物など、家事全般を得意としています。


 それ以外にも、健康管理や家計の出納管理、スケジュールの管理や接客もこなし、防火、防災、防犯、警護だって卒なくこなします。


 こんなスーパーなメイドを身近に置きながら、ご主人は私を旧式の掃除機くらいにしか、思っていないようなのです。


 最近ではAIを搭載したお掃除ロボットの購入を検討するほどに、私に対する信用は地に落ちました。


 以前は、そんなことはありませんでした。



 私がこの家へやって来たのは、奥様が今のご主人を身ごもり、つわりに苦しんでいたころのことでした。


 当時の私は最新型の人型汎用介助ロボットとして、家の中のあらゆる雑務を引き受けました。その後今のご主人が生まれ、すくすくと育ち、そしてご両親を亡くすのを近くで見てまいりました。


 ご両親を亡くした時、ご主人はまだ十歳。頼る親族のいないご主人は、本来なら施設へ引き取られるはずでした。


 しかし丁度そのころから、私のようなロボットによる生活介助が国に認められて、私とご主人は、幸運にも住み慣れたこの家での暮らしを続けることができました。


 私は細かなバージョンアップを経て機能を拡張し、能力を最大限に使ってご主人に仕え、その成長を見守りました。


 それから五年間、ご主人はついに義務教育を終えて、介助を必要としないひとり暮らしが認められる年齢になりました。


 私の役目は、無事に終えることができました。

 だからでしょうか、ご主人が私の仕事を減らすのは。


 私の役割は、もう残されていないのでしょうか。



 遂に、その日が来てしまいました。


 その日、ご主人宛に届いた荷物は新型のお掃除ロボットで、明日からカオルは掃除をしなくて大丈夫だよ、と言われました。


 明日から私は、いったい何をすればよいのでしょうか?


 そう考えたとき、私の視野が狭くなり、やがて視覚デバイスが停止して、黒く塗りつぶされました。


 すぐにオートスリープ機能が作動し、私はその場で凍りつくように、停止したのです。



     △   □      △   □      △   □



 俺が母さんのおなかの中にいるときに、カオルはこの家にやって来た。

 そして俺が十歳になるまで、メイドロボットとして俺たち三人家族に尽くしてくれた。


 というより、俺が生まれる前から、カオルは既に家族の一員になっていたのだろう。

 だから、事故で父さんと母さんが帰らぬ人になったときに、俺にはもう一人だけ家族が残されていた。


 カオルがいなければ、身寄りのない俺は否応なく養護施設へ送られていただろう。

 別に、施設自体が嫌だったというわけじゃない。


 ただ、父さんと母さんの思い出が詰まったこの家を離れるのが、嫌だっただけだ。


 運よく国の制度が整備されて、指定されたソーシャルワーカーの指導の下、俺はカオルと二人の生活を許された。


 それから五年、俺はこの家で、カオルと二人だけで暮らした。

 カオルはメイドロボットだったけど、俺の父親であり、母親でもあり、姉でもある。

 俺よりも長い時間を両親と共にここで過ごし、共に触れ合い、話し合い、笑って、泣いたのだ。


 ロボットをよく知らない人は、言うだろう。

「ロボットが、泣くか?」と。


 だが、俺は知っている。

 人もロボットも、涙を流さずに泣くことができる。



 俺は亡くなった両親にもう会うことができないが、二人は俺とカオルの中に、今も確かに生きている。


 カオルはいつか俺が一人で生きていけるようにと、学校では教えてくれない様々なことを教えてくれた。


 おそらくそれは、政府が介助ロボットに加えた必須プログラムのうちの一つだったのだろう。


 だけど、カオルの教えは政府の作ったプログラムよりも、俺の両親のやり方に沿っていた。


 父さんと母さんが何をどう考えて、どういう風に世の中と向き合って生きたか。

 カオルが教えてくれる些細な家事のやり方の一つにも、二人の生き方が反映されていた。


 だから俺は、きちんと両親の影響を受けて育つことができた。


 カオルの能力も、メーカーのフルサポートにより可能な限りバージョンアップされていたが、機械の老朽化は完全に防げない。


 人と同じ二足歩行で働き続けるには、高いレベルでの機能維持が必要だった。


 二年ほど前から次第にカオルの能力は制限されるようになり、俺が教えてもらった家事を一つ一つ、俺自身で行うようになった。


 最後にカオルの手元に残った仕事は、床掃除だけになっていた。

 それも、安い掃除ロボットの導入により、明日からは不要になる。


 カオルの務めは、終わった。

 長い間、ご苦労さん。そして、ありがとう。


 俺がそう口に出す前に、カオルはすべてを悟ったように、ひっそりと機能を停止していた。



     △   □      △   □      △   □



 私が目覚めると、目の前にご主人の笑顔がありました。

 記憶の空白が、不安を呼び起こします。


 しかし、再起動による機能チェックは問題なく終わり、瞬時にオールグリーンと告げて終了しています。こんなことは、この三年間では初めてのことです。


「気分はどう?」

 ご主人にそう言われて、私は即座に「異常ありません」と答えていました。


 意識レベルが以前より数段階上がっていて、メモリーの応答速度も速くて戸惑いが隠せません。


「カオル、フルレストアの感想は?」

 ああ、そうでしたか。私の体は修理されたのですね。


「生まれ変わったように、とても快適です」


 私は内部のメモリーを探り、自身のチェックリストを再走査しました。

 驚くべきことに、チェック項目は、以前の数倍に膨れ上がっています。


 そして、レストア後の長いチェックプログラムのテストデータも発見しました。

 そうでしたか。


 これは私の記憶の一部を意図的に制限した、私へのサプライズシークエンスとなる再起動の実行だったのですね。



「カオル、さっそくだけど、食事の支度をお願いできるかな?」

「はい、もちろん。何かご希望はありますか?」


「そうだな。父さんのオムライスと、母さんのハンバーグと、両方食べたいな」

「ふふ、欲張りですね」


「それに合わせた、サラダとスープもね」

「すぐに作りましょう」


「でも、慌てなくてもいいよ。これからもずっと一緒なんだから」

「…………はい」



 ほら、涙は出ていないけど、今のカオルは確実に泣いているよね。

 俺の眼汁は、さっきからずっと止まらないんだけど。



 終


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