第50話 【静かな怪人】ゾンビ(O Zumbi)

 カリブ海ハイチのゾンビは、この世によみがえった死者がさまよい歩くものとされ、我々はゾンビといえばハイチのゾンビを連想するが、ブラジルのゾンビは、このイメージとはいくらか異なるものである。


 ブラジルのゾンビは、夜更けに現われては路上を歩きまわる。時には家の中に忍び込んでくるといわれている。しかし、何か悪さをするわけではなく、物静かな黒人の姿をした妖怪であるとされている。黒人であるがゆえに、アフリカ起源の妖怪とみなす者もいるようだが、本当のところは定かではない。この妖怪は、主にバイーア州、セルジッペ州、リオ・デ・ジャネイロ州、ミナス・ジェライス州に現れたという。


 ゾンビが何も悪さをしないからといって、不用意に近づくと驚かされることとなる。ゾンビは、近づけば近づくほどに徐々に体が大きくなっていき、その大きさは手を伸ばしても届かない高さにまでなるという。日本の「のびあがり」や「見越し入道」のようである。またゾンビは、夕暮れになると、人気ひとけのない場所で、鳥や火の玉に変身するといわれている。それらは人の言葉を理解するという。


 ゾンビから逃れるにはタバコを吸うとよい。南米インディオの古い考えでは、聖なるタバコの煙で悪魔や悪霊あくりょう撃退げきたいできるとされているからだ。


 タバコ以外にもゾンビから逃れる方法があり、それは馬の力を借りることである。人間がゾンビの存在に気がつかなくても、馬はいち早くその存在に気づいて逃げようとする。つまり、何もない状況で急に馬がおびえ始めたら、ゾンビが近づいてきた合図だということだ。


 ところで、ブラジルでは、17世紀にアラゴアス州のパウマレス・デ・キロンボ (Palmares de Quilombo) という地域で、ゾンビという名の黒人奴隷こくじんどれいが指導者となって反乱を起こしたという歴史がある。そのため、ブラジルではゾンビといえば怪物ではなく、奴隷どれいの英雄を連想する人も少なからずいる。

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ブラジル怪異集 スグホリコ編 @carranca

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