第4話 宣言
次の授業は時間割では英語だが、今日はホームルームになっている。先生曰く、決めることがあるらしい。
「皆さん、席に戻ってください。六時間目を始めますよ」
噂をすれば、榊先生が教室に入ってきた。
「この時間では、クラス委員を決めてもらいます。委員長、副委員長、書記、会計の四種類ですね。ただその前に、クラスに関するシステムを説明します」
ちなみに、うちのシマでは委員長のことを室長と呼んでいた。めっちゃどうでもいい。
「この学校は、基本的に進級してもクラスの変更はありません。その代わりに、クラス同士で生徒をトレードするシステムがあります」
イマイチピンと来ない。クラスの変更がないというのはともかく、そのシステムにはどんな存在意義があるのだろうか。強いて言うなら、クラスの皆から蛇蝎の如く嫌われている奴を追い出すくらいか。ちなみに、この一年三組でこのシステムが使われることがこの先あるとしたら、ターゲットは多分俺。別にいいけど。
「このトレードは、双方のクラス委員が過半数同意すれば成立します。なので、クラス委員は慎重に決めてください」
一応しっかり聞いてはいるが、正直俺には関係ない話だと思っている。役員なんてやる気は毛頭ないし、追い出されたところで全く問題ないからだ。
「先生、質問いいですか?」
挙手し、声を上げたのは一宮だった。
「いいですよ」
「そのトレードは、どうすれば申請できるんですか?」
「いい質問ですね。皆さんは明日から『宣言』というシステムを利用できます。それを用いることで、申請が可能です」
宣言、という初耳の情報が、何故か俺のセンサーに引っかかった。意識して、思考回路のスイッチを入れる。この先数分の説明が、これからの三年間を大きく左右する、そんな予感がしていた。
「宣言とは、口頭で契約を結ぶためのシステムです。契約を結びたい二人が、インカムの赤いボタンを押して契約内容を宣言すると、学校が保証人となる形で契約が成立します」
状況次第では、とてつもない効力を発揮しそうではある。しかし、一般的な学校生活で契約を結ぶシーンなんてそうそうない。逆説的に、一般から逸脱したこの学校では、契約を結ばなければならない時がある、と考えられる。どんな時だよ。
「宣言で成立した契約を破った場合、ペナルティがあります。なので、守れない契約は結ばないことが大切ですよ」
ふぅん、ペナルティとな。反省文でも書かされるのかしら……。
「さて、話を戻しますが、今からクラス委員を決めてもらいます。決め方は皆さんにお任せしますが、じゃんけんやくじ引きはオススメしません。では、後はお願いします」
そう言って、先生は教室を出て行ってしまった。
さて、始まった。名付けて『抜き打ち自主性テスト』である。ただ、都合よくちょうど隣の席に、相応しい人材が転がっている。任せろ。
「おい一宮、前に出て司会しろよ。そういうの好きそうだろ」
「言われなくてもそうするわよ。……皆、私が司会するけど、大丈夫?」
反対する奴がいるはずもない。
「それじゃあ、委員長から決めていくわね。立候補でも、推薦でもいいから、なにか意見がある人は挙手してちょうだい。もちろん、近くの人と相談しても大丈夫よ」
その言葉を皮切りに、クラスメイト達がガヤガヤと相談を始める。
まぁ、多分委員長は一宮になるだろう。それほど、彼女のカリスマ性は圧倒的だ。委員長に収まっているのが、逆に自然ですらある。
「夢乃さん、誰が委員長に相応しいと思いますか?」
「そんなの一宮に決まって……って、なんでいんの」
俺が思案しているうちに、空いた一宮の席に夢咲が座っていた。
「ダメでしたか?」
「いや、ダメではないけど……一応授業中だぞ、席立つなよ」
「まぁまぁ、そんな固いこと言わずに。それで、どうして一宮さんなんですか?」
「……一番向いてそうだから」
なにが面白いのか知らないが、夢咲はほわほわと笑っている。彼女は昨日から、ずっとこんな調子だ。自分から声をかけてきておいて、そこまで自分は喋らず、むしろ俺に喋らせるように会話を展開している。
まぁ、無視するなり突き放すなり、強引に会話を終わらせることもできなくはない。ただそうすると、感情に身を任せて暴走する可能性がある。そうなった前例が、ちょうど前で司
会をやっている。俺は学ぶ人間なのだ。
「私は、夢乃さんもいいと思いますよ?」
「念のため聞いとくけど、なににだよ」
「話の流れから、委員長しかないですよ?」
うるせぇ、知ってるよそんなこと。お前がいきなり変なこと言い出すから、つい確認したくなっただけだよ。
「夢咲、お前人を見る目ないんだな……」
「むっ、失礼ですね。それなりに自信はある方なのですが?」
「……じゃあ、どの辺を見てそう思ったんだよ」
そう問いかけると、彼女は顎に手をやりうーんうーんと唸り始めた。この時点で、本心では向いているなんて欠片も思っていなかったことが確定している。嘘を吐くにしても、もう少し考えてからにして貰えませんかね……。
「そうですね……」
彼女が再び口を開くまで、三分もの時間を必要とした。
「————私を助けてくれたから、ですかね」
その言葉は、あまりにも予想外だった。
「は? いや、そんな覚え……」
「貴方が覚えていなくても、私にとっては大切なことなんです」
おかしい。そんなことはありえない。
夢咲曰く、俺と彼女に交流があったのは、小学校一年生から六年生の初めまで。六年生で途切れているのは、その時期に俺が施設を移されたからだ。逆に言えば、その事実を知っている時点で、彼女の言葉には信憑性があった。
しかし、夢咲を助けた、ということは絶対にない。
あの頃の俺は、人生の中で最も心身共に疲弊していたはずだ。あの状態で、他人を助ける気力なんて、逆立ちしたって捻出できるはずがない。
ただ、彼女が嘘を吐いているようには、どうしても見えなかった。世の中には不思議なこともあるものです。
……まぁ、この件については後々考えるとしよう。
「皆、そろそろ考えは纏まった?」
夢咲に気を取られて、全体での話し合いを全く聞いていなかったが、どうやらほとんど進捗はないらしい。ったく、最近の若いもんは……積極性が足らんのぅ……俺が若かった頃はそりゃあもう、ブイブイ言わせてたもんじゃ……。
「発言、いいか?」
俺の中の老害が目を覚ましていると、一人の男子が挙手をして立ち上がった。ほう、見所がある奴もいるじゃないか……。
「服部君、どうぞ」
「俺の個人的な考えではあるが、委員長には一宮が相応しいと思う」
「私はそれでもいいけど……とりあえず、理由を聞いてもいい?」
「今、自然と一宮がリーダーシップを発揮して、話を進めている時点で、自ずと答えは出ている、と考えただけだ」
服部というらしい、やたら背の高い男子は、それだけ言って座った。
俺は、服部の意見に全面同意する。クラス全体を見渡してみても、否定的な表情の生徒は一人もいない。
「それじゃあ、委員長は私がやらせてもらいます。よろしくね、皆」
かくして、黒板に書かれた委員長の文字の横に、一宮の名前が記された。
「それじゃあ、次は副委員長ね。誰かいない?」
「では、発言いいですか?」
突如、夢咲が手を挙げた。
「どうぞ、夢咲さん」
「副委員長に、夢乃さんを推薦します」
……いやまぁ、正直言って彼女が挙手した瞬間から、そんな予感はあった。しかし、推薦というのはあくまでも主観であり、それを通すには大衆の同意が必要となる。俺が副委員長になるなんて、誰が納得するってんだ。
俺のこの予想は見事に的中しており、周囲のクラスメイトは皆渋い顔をしていた。挙句の果てには『夢乃って誰?』と漏らしている奴までいる。うん……別にいいんだけど、一応ここに本人いるからね? いや、いいんだけども。
「私はいいと思うわ。彼、賢そうだし」
一宮がそう言い出すまでは、悠長に考えていた。
「私、彼と席が隣だからわかるのよ。誰も対抗案がないのなら、彼でいいんじゃない?」
「は? いやいや、ちょっと……」
これはまずい。非常によくない流れだ。
一宮が委員長になったことで、改めてこのクラスは一宮のクラスになった。彼女の決定がクラスの決定になるし、彼女の意見はクラスの意見を大きく左右する。
というかあいつ、ここ数日の仕返しのつもりなのだろうか。もしそうだとしたら、やはり奴には相応の報いを与えなければならない。俺が恨みを込めた視線を送ると、悪戯っぽく笑い返してきた。いつか泣かす。
「……まぁ、一宮ちゃんが言うなら、いいんじゃない?」
その声を皮切りに、やや肯定的なささやきがぽつぽつと聞こえてくる。
「いや、ダメだろ……もっとよく考えた方が……」
「俺はいいと思う。現時点で唯一、二人からの推薦を貰っているんだ。他よりは、遥かに妥当性があるだろう」
ぐうの音も出ない正論を、服部が突き付けてくる。いや確かに、推薦数だけを見ればそうなるだろう。しかし自慢じゃないが、俺には協調性が微塵もない。それが育まれるような人生じゃなかった。そんな奴に、副委員長の適正なんてあるはずがないのだ。
どうする、思考しろ。道はあるはずだ。どうすれば、この状況を打破できる。
「それじゃあ、副委員長は夢乃君で決定ね。よろしく、夢乃君」
あーあダーメだ、なんにも思いつかねぇ。
俺が自暴自棄になっているうちに、黒板に俺の名前が記されてしまった。流石にもう覆しようがないだろう。それこそ、半狂乱になって机を蹴り飛ばすくらいのことをすれば可能性があるかも知れないが、そこまでしたいとは思わない。
まぁ……クラス委員の中ではマシな方か。書記会計や委員長と比べて、特にやることもなさそうだし。というか、そう思わなければやってられない。
「後は、書記と会計だけど……」
「俺は服部と夢咲を推薦する。どっちがどっちでもいいけど」
こうなった以上、二人を道連れにしなければ気が済まない。
「私はいいですよ? できれば書記だと嬉しいです」
「俺も構わない。なら、俺は会計だな」
「決まりね。二人ともよろしく」
————なんだか負けた気分だ。辛い。
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