第5話 逢引

 今更だが、この学校は全寮制だ。まぁ、三年間この島から出られないのだから、当然ではあるんだけども。……というか、長期休暇でも帰省が許されないのは、一体どういうことなのだろうか。俺はどうでもいいけど、他の奴は鬱憤溜まりそう。

 寮は各クラスにつき一棟が割り振られており、俺たち一年三組が住む寮は、学校から徒歩十五分の位置にある『紫陽花荘』だ。どうして寮なのに、学校から微妙に遠い位置なのかは夢乃リア式七不思議の一つに数えられている。本当に何故なのでしょうか。

 そんなことを考えながら、ベッドに寝転んでボーっとしていた。平日を五日も頑張った俺にもたらされる、一時の憩いだ。またの名を土日と言う。マジで最高。今まで、一切の心労もない休日を過ごせた日なんてなかったから、脳が急速に回復していくのを感じる。

 昨日の帰りに、二日分の食事やお菓子、ジュースを買い込み、堕落しきった生活を送る用意は完了している。リアの宴が始まる。

 さて、まずはポテチと最もフィットするドリンクを探す旅に……と体を起こした時、端末から着信音が鳴った。画面を見ると『夢咲胡桃』と書かれている。


————さて、無視するか。俺はこの時間、ぐっすりと寝ていました、以上。

 ホムセンで買ってきたカラーボックスに詰め込まれたお菓子たちから、様々な味のポテチを取り出す。いやぁ、人の金で買うお菓子は最高だねぇ!

 というのも、俺たち生徒は、生活費として毎月十万円を学校から支給されている。金銭的援助はそれだけに留まらない。学費や行事にかかる諸費用も、全て奨学金として、学校側が負担してくれている。俺がこの学校への進学を決めたのも、これが理由として大きい。

 この学校と出会えたこれまでの全てに感謝しているうちに、机の上はポテチの袋と数多の二リットルペットボトルで覆い尽くされていた。

 準備は整った。いざ、出陣————というところで、部屋の呼び鈴が鳴った。当たり前のことだが、誰かが来る予定はない。今後一生ない。

 ドアホンを確認すると、何故か夢咲がいた。いや、本当になんで?


「……なに」


 無視したって全く構わなかったが、そうした場合いつまでも玄関前に突っ立っていそうなので、仕方なく声をかけてみた。


『夢乃さん、こんにちは。よければこれからお茶しませんか?』

「え、しないけど」


 夢咲は、なにか勘違いをしているのかも知れない。なので、ここではっきりと事実を明らかにしておく必要がある。俺とお前は、休日に一緒にお茶するほど仲良くはない。そもそもお喋りするような仲ですらない。そこをしっかりと直視して欲しい。


『まぁまぁ、そう言わずに』

「いや、行かないって」

『まぁまぁ、そう言わずに』

「だから……」

『まぁまぁ、そう言わずに』


 こいつ無敵か?


「……一応聞くけど、行ったらなにかいいことあるのか?」

『いいこと、ですか……そうですね……奢ります、ではだめですか?』

「え、マジで?」


 正直、割と揺らいだ。

 今日は四月十五日。それに対して、現在の所持金は三万円と小銭がちょっと。まだ半月しか経っていないのに、残金が三分の一を切っているのは不味いと思っていた。

 これは自慢だが、俺には自炊能力がない。この部屋には無駄に最新式のキッチンが備え付けられているが、使ったことは一度もない。なんなら、蛇口を捻ったことすらない。飲み物は全てペットボトルで買ってるし。

 今後の金の使い方を見直さなければ、と思っていたところにこの提案だ。夢咲とのお茶にはこれっぽっちも魅力を感じないが、金の魔力だけで、まぁ行ってもいいかな……嫌だけど行こうかな……くらいには思わされる。お金って怖い。

 数秒悩んで、俺が出した結論は————。


「……ちょっと待ってて」


 行くことにした。やっぱり、金って最強なんだわ。

 俺は制服以外の服は持っていないので、こういう時に一々悩まなくていい。まぁ、こんな時が来るなんて微塵も想定してなかったけどね!

 ものの数分で準備は終わり、後はドアを開けるだけとなった。

 俺の記憶が正しければ、プライベートで誰かと遊ぶのはこれが初めてになる。初めてを金で買われた男、どうも夢乃リアです。

 ドアを開けると、当然だが一宮が立っていた。ドアホン越しでは見えなかったが、真っ白なワンピースを身に纏っており、普段の制服姿とはまるで別人のような印象を受ける。俺が普通の人生を送っていたら、即座に告白していたかも知れない。それで振られる。


「別にいいのですが、どうして休日なのに制服なのですか?」

「制服以外持ってないからだけど」


 素直に答えると、夢咲はえぇ……と漏らしながら結構引いていた。なんでだよ、別にいいだろ制服しか持ってなくても。


「それで、どこ行くの」

「商業エリアに、とてもいい雰囲気のカフェを見つけまして。ぜひ、夢乃さんと一緒に行きたかったんです」

「なんで俺なんだよ」

「私、夢乃さん以外とはあまりお話しませんので」

「え、そうなの」


 普段、夢咲をずっと見ているわけでもないし、彼女の交友関係を把握しているわけでもないから知らなかった。言われてみれば、授業が終わる度にこちらに寄ってくるし、帰りもいつの間にか隣にいる。他の生徒とゆっくり喋る暇なんてなかった。


「もっと他の人と話しておいた方がいいんじゃないのか」

「それ、夢乃さんが言うんですか?」

「……確かに」


 人のことを言えるほど、俺も上等な人間ではなかった。


「そういえば……夢乃さん、最近一宮さんによく話しかけられてますけど、お友達になったんですか?」

「そんなわけないだろ」

「それなら、どうして?」


 そう聞かれて、少し悩む。あのメールについて、勝手に教えてもいいのだろうか。一宮に気を遣う必要なんて微塵もないのだが、俺の中に残る道徳心の残り火が、流石にそれは仁義にもとると訴えかけている。

 そうして、俺は結論を出した。

 あほらし。一宮に筋を通す理由がどこにあるってんだ。


「一宮は、どうにかして俺をクラスの輪に取り込みたいんだとよ。だから、ことあるごとに飯とか遊びとかに誘ってくる」

「なるほど……それにしても、こだわりが過ぎるのでは?」

「いや本当にその通りだと思うわ」


 はっきり言って、一宮のこだわり方は常軌を逸している。似非ぼっちのような、実は仲良くしたがっている奴らを相手にしているのならともかく、徹底的に拒否の姿勢を示している俺相手に、あそこまでするのは普通じゃない。

 なにか特別な理由が彼女の中にあるのだろうが、興味もなければ、それに付き合ってやる道理もない。勝手にやってくれって感じ。


「一宮さんに、教えてあげてもいいですか?」

「え、なにを」

「夢乃さん、お金にとっても弱いですよ、って」

「マジで止めてくれ」


 金貰えるなら、多分ほいほい付いて行っちゃうから本当にマズイ。こう文字に起こしてみると、完全に事案のそれなんだよなぁ……。

 そんなくだらない話をしながら、歩き続けること十五分。カラオケ、映画館、スーパーにショッピングモールと、なんでもござれの商業エリアに到着した。ちなみに植物園と動物園はない。水族館はあるけど。


「そういえば、クラスの皆さんも今日はお出かけしているそうですよ」

「あぁ、そういえば一宮が言ってたな……」


 俺を誘うための適当なでっち上げかと思っていたが、どうやら本当だったらしい。


「あんまり会いたくねぇな……」

「そうですね、私もです」


 この子、実は俺に負けずとも劣らない陰キャなのかしら。人は見た目によらない、なんて言葉を思い出したわ。


「そういえば、今から行くカフェってどの辺にあるんだ?」

「もうすぐですよ。……ほら、あそこです」


 夢咲の示した店は、白を基調とした中々に小洒落たカフェだった。今からあそこに行くのかと思うと、己とのギャップで頭が壊れてしまいそうになる。俺みたいな陰キャにはコンビニとジャンクフード店がお似合いなんだ……。


「どうしたんですか? 行きましょう?」

「あぁ、うん……行くか」

「なんでそんなに気負っているんですか……?」

「いや、なんでもない」


 普段行かないタイプの店に入る時は、ちょっとした覚悟がいる。あると思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る