第3話 一宮

 もうマジ無理、学校辞めたい。

 本格的に授業が開始してからわずか一週間で、俺の心は既に擦り切れていた。

 現在俺たちは、才能の授業として、あのババ抜きをやっている。もう一度言う。ババ抜きをやっている。榊先生曰く、直感や観察力、判断力等を磨く訓練らしい。言いたいことはわかるんだが……いや、やっぱりわかんねぇや。

 ただ、昨日も一昨日もその前も似たような授業内容だったので、そこまで衝撃的というわけでもない。というか、むしろ授業内容自体は楽しかった。生まれてこの方、カードゲームなるものに触れたことがなかったので、毎日がエブリディで新鮮!

 俺がここまで精神的に削られ、ぼろ雑巾のようになったのは、大抵の授業にて、隣同士でペアを組まされること、そして、隣の席がこいつであることが原因だ。


「ねぇ夢乃君、今日食事会を開こうと計画しているんだけど、よかったらどう?」

「今日は友達と水族館に行く予定があるからパス」

「なら明日はどう?」

「明日は動物園に行くからパス」

「それなら明後日は?」


 正直言って、気が狂いそうだった。

 この一宮奏という女子は、俺がメールをガン無視したことに大層お怒りらしく、あの日から事あるごとに声をかけてくる。ここまで来ると、洗脳やマインドコントロールの類を受けているのではないかと思えてしまう。本当に辛い。学校辞めたい。せめて席替えしたい。


「……夢乃君、嘘は辞めて。この島に動物園はないはずよ。水族館はあるけど」

「じゃあ二日とも水族館だったんだな、勘違いしてたわ」

「…………」

「…………あ、揃った」


 頬が痙攣している彼女をスルーして、カードを引いた。一宮の圧で忘れそうになるが、今は授業中、ババ抜きの最中だ。ちなみに、どうやら俺にはババ抜きの才能があるらしい。今のところ、全戦全勝だ。……マジでいらない才能。

 そういえば、この学校に入学できた生徒は、皆一つだけ才能を持っていると、入学試験の時に説明を受けた。なんでも、特技レベルの能力が複数あることはあっても、この学校が才能と認めるレベルの能力は、一人一つしかないらしい。つまり、俺の才能がババ抜きだった場合、終わり……ってコト⁉

 俺が絶望感に襲われているうちにも、ババ抜きは続く。俺の手札は、ジョーカーとスペードの3の二枚。一宮は残り一枚なので、ここでスペ3を引かれたら負けだ。ただ、それは多分ない。何故なら、一宮は運が悪いからだ。というよりも、ここぞという選択で、必ず裏目を引く、と表現した方が正しいか。


「……っ」


 はい外した。シャッフルされる前に、もう一枚の方を掠め取る。当然アガリだ。


「あぁっ、もう!」


 ついに限界が来たらしい。一宮は、ジョーカーを思いっきり床に叩きつけた。とても美しいフォームだ。もしかしたら彼女には、メンコの才能があるのかも知れない。


「一宮さん、授業中ですよ」

「あっ、すみません……」


 榊先生に怒られ、すごすごと座り直す一宮。


「……貴方のせいよ」

「いや、自分のせいだろ」


 この子、どうかしてるのかしら……心配だわ。いや、そうでもないか。

 どうかしてるといえば、何故一宮は、これほどまでに俺をクラスの輪に入れることにこだわるのだろうか。厳密には、このクラスを皆が仲のいいクラスにしたいのか。俺とは思考回路が違い過ぎて、これっぽっちも考えつかない。

 どんな理由であれ、俺がクラスの輪に入ることはない。ただ、彼女の考え次第では、他の道を提案することはできる。それが、俺の邪魔にならないのなら、喜んで力を貸そう。そうすれば、この苦しみからも解放される。

 そんなことを考えていると、先生にファイルで頭を叩かれた。


「リア君も、集中しなさい」

「……はい」


 昨日から疑問だったのだが、なんでこの人、俺のこと名前で呼ぶんだろう。現時点で聞いた限りではあるが、他の生徒は全員苗字で呼んでいるのに、だ。なにか、俺に特別な思い入れがなければ説明がつかないが、そうなる理由に心当たりはない。


「…………貴方、先生とは仲いいのね」

「いいか一宮、仲がいいっていうのは、双方から好意があって初めて成立するんだよ。ちなみにこれ、今のお前に必要な言葉な」

「私たちはこれから、仲良くなっていくのよ」

「あ、そう……」


 こんな妄言に付き合えるほど、精神的なキャパシティがあるわけでもないので、適当に受け流す。対一宮の極意を会得したかも知れない。


「ところで、本当に友達いないの? 一人も?」

「いるわけないだろ。作ってないんだから」

「夢咲さんは? 昔馴染みなんでしょ」

「俺は覚えてないから友達じゃない……って、なんでそんなこと聞くんだよ」


 なんで律義に答えてるんだ、俺も。


「もし友達がいたら、そこからクラスの輪に引き込めるかも……って思ったけど、やっぱり聞くだけ無駄だったわね」

「聞いておいてその態度は仁義にもとるだろ……」


 俺が感情を乱されていると、授業終了のチャイムが鳴った。

 休み時間は、俺にとって安寧の時間だ。授業中、ペアを組んでいる時はむやみやたらと話しかけてくる一宮も、休み時間中は他の友達と駄弁っていた。冗談抜きで俺以外のクラスメイト全員と友達になっているようで、いつ見ても話し相手が違う。

 まぁ、一宮に人を惹きつける力があるのは認めよう。俗にいう、カリスマ性というやつだろうか。少なくとも、俺が今まで会った誰よりも、それを持っている。

チームのリーダーとか向いてるよ、間違いなく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る