才能的見地ノ学ビ舎デ

Kurone

第1話 困惑

 教室で、ボーっとしながら、外を眺めていた。水平線の向こうに、二時間前まで足を付けていた地面があると思うと、なんとも言えない寂寥感に襲われる。地に足付かない、ふわふわとした感覚も同時に襲ってくるが、これはただの眠気だ。春の陽気が悪い。

 耳を澄ますと、ざざーん、と波の音が聞こえてくる。こんな孤島に学校を作ろう、と考えた人間は、老朽化のことを考えなかったのだろうか。潮風の影響が凄まじそう。まぁ、建築にはあまり詳しくないから、実際どうかは知らないんだけども。

ここ『才能育成特別学校』は、そんな立地の学校だ。


「——————」


 才能を育成する学校とは何ぞや、と聞きたくなるだろう。それについての回答は『俺もよくわからない』である。いや、本当にそうなのだ。今日は入学式だったのだが、未だに学校についての詳しい説明を一切されていない。公式ホームページにも、才能を育成する学校である、という前提以外の情報が全くない。意図的に隠しているのだろう。


「————次の人! 早く自己紹介をしてください!」


 突然の大声にびくっ! としながら顔を上げると、クラスメイト全員の視線がこちらに集まっていた。いつの間にか、自己紹介の番が自分まで回ってきていたらしい。申し訳ないと先生に一礼して、皆に向き合って起立する。


「夢乃リアです、よろしくお願いします」


 特に話すこともないので、さっさと座る。ちなみに、最初の自己紹介でこれをした奴は確実にぼっちになる。俺が九年間実践した結果だから間違いない。もし、ぼっちになりたくないのなら、趣味や特技、好きな食べ物を言うのがベター。

 なんてことを考えながら、再び外を眺めて楽しんでいると、いきなり机の上にゴミクズが飛んできた。え、なに……入学初日で嫌がらせ? 今までの人生で、様々な嫌がらせは経験してきたが、流石に初日から被害に遭うのは初めてだ。

 ややトラウマを刺激されながら、後ろにあるごみ箱にシュート。偶然にも、席が窓際一番後ろで助かった。ゴミの処理には困らなさそうだ。

 一仕事終えて悦に入っていると、再びゴミクズが飛んできた。基本的には温厚で温暖で湿潤な性格の俺でも、流石に我慢の限界だ。こうなったら、これを放り投げてきた舐め腐った輩を探し出して、目にもの見せてやろう。

 ということで、辺りを見渡してみる。すると、斜め前にこちらを見つめながら微笑んでいる女子を発見した。淡い青髪を腰辺りまで伸ばしているその女子が、恐らくこのゴミを投げた犯人だろう。許せねぇ……二度と陽の光を浴びられないようにしてやる……。

 俺が様々な手口を思案していると、件の女子がジェスチャーをし始めた。手の先をワチャワチャやっている。このゴミクズを開け、というニュアンスが汲み取れなくもない、なんとも絶妙なジェスチャーだった。

 ……まぁ、仕方ないので、ゴミクズを開いてみる。


『私のこと、覚えていますか?』


 この文章を素直に読むと、彼女と俺は会ったことがある、ということになる。既に俺の自己紹介が終わっている以上、容姿だけで他の誰かと勘違いしている線も薄い。ただ、彼女に一言送るなら「誰だよお前」だ。

 これは自慢だが、俺は一度会った人の顔は絶対に忘れない。名前や関係性を忘れることは結構あるけれど。なので、俺が忘れているだけで過去に彼女と会っている、ということはあり得ないのだ。いや、マジで誰だよ。

 どうしたものかと悩んでいると、件の彼女が自己紹介を始めていた。まぁ、万が一、いや億が一にもないとは思うが、俺が忘れているだけなのかもしれない。判断するのは、自己紹介を聞いてからでも遅くはないだろう。


「初めまして、夢咲胡桃と申します。愛知県から来ました。皆さんと、この一年で色々な思い出を作りたいと思っています。何卒、よろしくお願い致します」


 うーん、覚えがない。やはり、俺が夢咲というらしい女子と会ったことがないのは、まず間違いないだろう。となると、夢咲は『初対面の異性にいきなり顔馴染みのような態度で接してくる頭のヤベー奴』になってしまう。怖すぎる。なにが怖いって、入学初日でそのターゲットになってしまう自分の運のなさが怖すぎる。

 今までの人生で、本当に色々な経験をしていると自負する俺だが、流石にこんな奴の対応をするのは初めてだ。確か、昔読んだ本に、こういう妄想をしている人の言葉は、頭ごなしに否定せずに、のらりくらりと受け流すのがベターだと書いてあった気がする。

 となると……どう返すのが正解なのん? あーあ……こんなことになるなら、もっと精神医学について学んでおくべきだった。いや、そんなことはないか。

 というか、なんだか腹が立ってきた。どうして、会ったこともない奴に、ここまで頭を悩まされなければいけないのか。あほらし。

 再び手紙をゴミ箱に放り投げ、意識を担任である榊先生に戻した。こんなよくわからん手紙より、担任の連絡を聞いている方が何億倍も有意義だ。


「さて、今からインカムを配布します。これから、始業時間の九時から、就業時間の十七時までの間、必ずこれをつけてもらいます。もし外した場合、ペナルティが課されます」


 インカム外した程度で課されるペナルティって何だよ、と困惑していると、前の席からインカムが回ってくる。俺はこういうデバイスには疎いが、そんな俺でもわかるほどに高級なものだ。下手をすれば、一般には出回っていないレベルかも知れない。

 右耳につけて、電源を入れた。軽快な電子音が走る。


「そのインカムは、入学時に皆さんに配った端末と連動しています。通話する際は、ぜひ活用してください。きっと、役に立つ時が来ます」


 インカムが役に立つ学校生活ってなんだよ……毎日文化祭でもやるのか?

 とまぁ、アホらしいことを考えていると、突然インカムが鳴り始めた。周囲の人にはそんな素振りはない。つまり、俺個人に電話がかかってきている、ということになる。誰だよこんなタイミングに……っていうか、誰にも番号教えてねぇぞ。

 少し悩んで、切った。だって、普通に授業中だし……。


「皆さんつけたようですね。では次に、明日以降の日程と、時間割を配布します。これらについては具体的な説明はしませんので、各自で確認してください」


 前から回ってきた二枚のプリントに目を通す。

 日程は、まぁいい。夏休みに特別講習があったり、体育祭と文化祭が何故か合わせて二週間あったりと、気になる点はなくはないが、校風で納得できる範囲だろう。しかし、時間割の方は、俺が理解できる範疇を越えていた。国語や数学といった、一般的な科目は全体の三分の一程度、他は『才能』と書かれている。なんだよこれ、舐めてんのか? 


「以上で、HRを終了します。今日は、これで解散になりますが、インカムは十七時までは外さないでくださいね」


 そう言い残して、榊先生は教室を出て行った。

 ————さて、帰るか。今日はこれから、やらなければいけないことが山ほどある。今晩からの食糧の買い込みや、インテリアの物色、後は寮の掃除に、それから……。

 脳内でタスクを整理していると、また電話がかかってきた。正直切ってしまっても全く問題ないのだが、どうしたものか。

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